第12話 笑った方が、いい
バベッチにたどり着くと、街の雰囲気はいつも通りだった。
ここら辺は農作が盛んであり、それゆえなのか食材が大層美味しい。ここら辺では『美食の街』として観光地にもなっているくらいだ。
「なぁなぁ、何処に行くんだ?」
「……とりあえず、納品をしに行くわ」
まずはこの重たい荷物を手放さなくちゃならない。
そういう意味を込めてアデラールに視線を向ければ、彼はこくんと首を縦に振った。
……その後は、衣服でも買いに行こうかな。アデラールの服もいるだろうし、何よりも帽子が欲しい。
(少しでもアデラールの正体がバレないようにしなくちゃ……)
元辺境伯なのだ。帽子を目深にかぶるかフードを身につけないと、いろいろと大変だろう。
そう思ったので、私は頭の中で男物の衣服が売っている店を思い出す。ここら辺は『美食の街』というだけはあり、大体の店が飲食店だ。衣服はあんまり売っていないのよね。そういうのが欲しければ、隣町に行った方が早いし。
(だけど、アデラールがいる以上あんまり歩きたくないわ。……やっぱり、バベッチで済ませなくちゃ)
そこまで考えて、私はアデラールと並んで無言で歩く。彼は辺りをきょろきょろと見渡しており、ここら辺が珍しいのかもしれない。まぁ、ここら辺は伯爵領でもかなり田舎の方に入るし、当主も知らない街だとしても当然だ。
「……珍しい?」
アデラールに視線をちらりと向けて、そう問いかける。
すると、彼は頬を掻きながら頷いた。
「なんていうかさ、俺、こんなところまで来たことなかったから……」
彼が照れくさそうにそう言う。それは多分、後悔とかそういうことなのだろう。辺境伯なのだから、伯爵領のすべてを知っておきたい。彼はそう思っているのだろう。……全く、真面目ね。
「いいのよ」
「だけど……」
「どこの領主様も、すべての場所を見て回っているわけじゃないわ」
前に視線を戻して、私はそういう。実際、視察が多いのは大きな街だ。大きな街ということは、それだけトラブルが起きやすい。事件だって事故だって、そういう街で起こる方が圧倒的に多い。
「……そっか」
「えぇ、そんなものよ」
アデラールにそれだけを言って、また無言で歩く。
すると、彼は不意に私の肩を抱き寄せた。……驚いて目を見開けば、彼の瞬きが多くなっているのに気が付く。
(もしかして、やっぱり怖いのかしら……?)
一度本気で殺されかけたのだ。やはり、人目がある場所が怖いのかもしれない。むしろ、人が怖いのかも……。
そう思ったから、私は彼の肩に頭を預ける。……ただの恋人を装えば、そこまで怪しまれないだろう。
「……フルール」
「いいから、黙って合わせなさい」
私がそう言うと、アデラールはこくんと首を縦に振る。
「とりあえず、納品が終わったら衣服と帽子を買いに行くわよ」
「……え」
「アデラール、あんまり服ないじゃない」
今は私の着なくなった服をリメイクして無理やり着せているけれど、やっぱり男物の方が良いだろう。帽子は、先ほど述べた通り。
「だけど、俺、お金……」
「それくらいあるわ。納品したらお金もらえるし」
そのお金はほとんど食費や新しい調合の材料に消えるのだけれど、少し残るのだ。それくらい、出してあげられる。
「年上に甘えておきなさい」
あまりにも彼がしょぼくれるものだから、私はそう言っておく。……そう、私はアデラールよりも年上なの。彼は年下。
(弟、みたいなものなのかもなぁ……)
心の中でそう思っていれば、アデラールが「ごめん」と謝ってくる。……こういうときは、謝るんじゃなくてお礼を言ってほしいものだ。
「ごめんじゃなくて、ありがとうでしょ?」
「……うん、ありがとう」
バベッチに来て、アデラールが初めて笑ってくれた。その笑みは何処となく無邪気なのに男らしくて……私の胸が不意に高鳴った。
(って、何思っているの!? 単に男性に免疫がないだけでしょ!?)
私は二十代後半なのだ。こんな年下にときめいてどうする。
それに、アデラールは元とはいえ辺境伯。……私ごときが惹かれていい相手じゃない。
「フルール?」
不意にアデラールが私の顔を覗き込んでくる。その無邪気な目も、なんだか可愛らしく映ってしまう。
「な、何でもないわっ!」
だから、そう言って誤魔化すことしか出来なかった。顔が、熱いような気がする。
……こんなとき、自分の異性への免疫のなさが恨めしい。もう少し、男性に耐性をつけておくべきだった……とまで思って、あの森に住んでいる以上は無理だろうなと思い直す。
「フルール、なんだか可愛らしい」
「年上をからかわないのっ!」
アデラールのつぶやきに、私は慌ててそう返す。
ほんの少し肘で小突けば、彼は笑った。……そう、アデラールは笑っていたらいい。
笑顔の方が……かっこいいから。可愛いから。素敵だから。
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