第11話 人里へ
「ねぇ、本当についてくるの?」
人里に下りる準備をしながら、私はそばで納品する薬を箱詰めしているアデラールに視線を向けた。
そうすれば、彼は「うん、下りるよ」とにっこりと笑って言ってくる。
こんなことを言っては何だと思うけれど、彼は命を狙われていたのだ。そう易々と人里に行ってもいいものだとは思えない。
(でも、いつまでも安全なここにいるということも出来ないものね……)
どうやら、私はほんの少しの間彼と共同生活をしただけで、彼に情が移ってしまったらしい。
だけど、それもある意味正解なのかもしれない。彼のような不遇な人を助けたいという気持ちは、きっと誰にでもある。その心が私の中に在っただけ、よかったと思おう。うん。
「ねぇ、人里っていうけれど……何処に下りるんだ?」
きょんとした風に彼がそう問いかけてくる。そういえば、言っていなかったような気がする。
「私が普段よく下りるのはバベッチよ。というか、ほとんどそこにしか行かないわ」
「……そうなんだ」
「だって、行き来だけで相当時間を食うんだもの」
首を横に振りながら、私はそう言う。
ここ『魔の森』は結構人里から離れている。その所為で、人里に向かうだけで往復三時間もかかってしまうのだ。
だからこそ、ここから一番近い町であるバベッチに行くことしかない。師匠が生きていたころは、もう少し遠くまで行ったものだけれど。
「転移魔法が使えたら、何処へでも行くんだけれどねぇ……」
転移魔法は高度な魔法。しかも、多大なる魔力を使う。この間言った通り私は小さなものならば転移出来るけれど、人間や馬車などは無理なのだ。そんなものが出来るのは、化け物クラスの能力者くらいだと思う。
「……そっか」
私の愚痴に、アデラールが返事をくれる。その目は何処となく嬉しそうであり、もしかしたら私と会話をするのが楽しいのかも――と思ってしまった。そんなはず、ないのに。
(私は、少なくともアデラールとの生活をちょっとは、ほんのちょっとは楽しいって思っているけれどね)
心の中でそう零し、私は最後に帽子をかぶって小屋を出て行こうとする。
「ベリンダ! 行ってくるね!」
最後にそう叫んでまだ寝ているであろうベリンダに声をかける。すると、奥から小竜が飛んでくる。……あんた、寝てたんじゃないの?
「フルール、これ、忘れ物!」
「……あぁ」
ベリンダの口にくわえられているのは、私が捨てられていた時に一緒に入っていたというネームプレートだった。
……これは、私にとってお守りのようなものだ。だから、ここを出て行く際にはいつも持っていく。今日はアデラールに意識を取られていて、忘れていたわ。
「ありがと、ベリンダ」
ネームプレートを受け取って、私はポケットに入れる。魔法をかけて落とさないようにしているから、これでも安心だ。
「じゃあ、行ってくるわ」
「うん、いってらっしゃい、フルール。アデラールも」
「……うん」
ベリンダがそう言って見送ってくれるので、私たちは小屋を出て歩く。
小屋を出たらまず三十分森の中を歩く。その後は割と整備された道を一時間歩けばバベッチだ。
「……なぁ、フルール」
そんなことを考えていれば、不意にアデラールに声をかけられた。なのでそちらに視線を向ければ、彼は納品用の薬が入ったカバンを背負いながら、私のことをじっと見つめている。……何となく、変な空気だ。
「どうしたの?」
きょとんとしながら言葉を返せば、彼は「……フルールって、ずっとあそこにいるのか?」と問いかけてきた。……なんだ今更。
「前にも言ったけれど、私は生まれてこの方ずっとあそこにいるわ。私、捨て子だから」
肩をすくめながらそう言えば、彼は少し気まずそうに視線を逸らした。……なんだか、言いにくいことがあるらしい。
「何よ。言いたいことがあるんだったら、言いなさい。私、そういう風に隠し事されるの苦手だから」
彼の顔をしっかりと見つめてそう言うと、彼は首を縦に振る。そして、口を開いた。
「さっきの……その、プレートみたいなのに、『フルール・フライリヒラート』って書いてあったように見えたんだけれど……」
「……そうよ。あんまり人に見られちゃダメだって師匠にはきつく言われていたけれど……。それが、どうしたの?」
「……その、これ、言っていいものなのかわかんないんだよ」
少し困ったような顔をしながら、アデラールが私のことを見つめる。……言っていいものなのか、わからない。それって、どういう――。
「……何か、不確定なこと?」
そっと彼に問いかけると、彼はこくんと首を縦に振る。
「だったら、確証を持ってから言ってほしいわ」
「わかった」
私の言葉に、彼が安心したようにそんな返事をくれる。……何だろうか。先ほどのネームプレートに何か、あるのだろうか?
(……まさか、ね)
何かがあるのならば師匠が教えてくれているはずだ。そう、そうに――決まっている。
私は自分の心にそう言い聞かせて、歩を進めるのだった。
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