閑話2 ハジメテの気持ち(アデラール視点)
本当にちっぽけな小屋。
今まで住んでいた伯爵邸とは天と地ほどの差があるこの小屋だけれど、俺にとっては何よりも落ち着く場所になりつつあった。
俺がフルールに拾われて、早くも一週間が経った。
フルールは俺を邪険に扱うことはなく、一人の人間として扱ってくれる。……それが、とても幸せで嬉しくて。
心の中には何とも言えない感情が湧き上がってくる。
(……好きだなぁ)
薪割の最中。キッチンに立つフルールをぼうっと見つめる。彼女は料理が上手だ。洗濯や掃除もお手のもの。庭の手入れなんかもできるし、薬だって調合できる。
そんな彼女に、俺は今まで抱いたことがないような感情を抱いていた。
フルールはこれを「はき違えた感情」だという。これは恋なんかではないと。でも、俺は思うのだ。
――これは、間違いなく恋なのだと。
キッチンに立つフルールは、使い魔のベリンダと戯れながら料理をしている。俺も、いつかあの中に入りたいと思う。いつか、フルールの本当の家族になりたいと思う。……それが、叶うかどうかなど、これっぽっちも分からないが。
(それに、バージルは俺が生きていると知ったら、どういう行動を取るか)
散々甘やかされたあの異母弟がどういう行動を取るかが俺にはさっぱり予想が出来ない。だって、あいつは人とは違う思考回路をしているから。いわば、悪魔だから。
もしも、俺の側にフルールがいると知れば、奴はどんな行動を取るだろうか。
もしかしたら、邪魔だと言ってフルールを殺すのだろうか。
そんなことになったら――俺は、バージルを許せそうにない。
(そういう場合は、もう、いっそ――)
頭の中に思い浮かぶのは、やってはいけないこと。
ぎゅっと斧を握りしめる。
フルールといると、俺が俺じゃなくなるみたいだ。作り方を忘れていた笑顔は自然と浮かべられるし、味がしないと思っていた料理もとても美味しく感じられる。虚無だった毎日は、彩に溢れるようになった。……ずっと、俺はここにいたいのだ。
(俺は、フルールが好き。いっそ、フルールと結婚したいくらいには、好き)
この一週間で、俺は何度もフルールに夫にしてほしいとさりげなく言った。
だけど、フルールはぎこちない笑みを浮かべて躱すだけだ。迷惑だとは言わないから、脈なしだとは思えない。
でも、一方通行の気持ちは本当につらい。正直なところ、さっさと両想いになりたい。そして、結婚したい。結婚して、幸せな家庭を築きたい。
元婚約者のエレンとだったら思い描けなかった未来が、フルールとならば驚くほどあっさりと思い描ける。……好き、大好き、愛している。そういう感情を、人間に向けたのは初めてだった。
一人悶々と考え事をしていると、不意に小屋の扉が開き小竜――ベリンダが顔を見せた。
ベリンダは「おーい、アデラール!」と俺の名前を呼ぶ。
「……ベリンダ、どうかしたか?」
「うん、フルールが昼食にしようって! 今日は魚の香草焼きだってさ!」
宙を軽々と舞いながら、ベリンダはそう言う。
「フルールの作る香草焼きはとっても美味しんだよ! 期待していていいよ!」
嬉しそうにぴょこぴょこと動き回るベリンダに対し、俺は「フルールの作る料理は、何でも美味いと思うんだ」とはにかみながら答える。
すると、ベリンダは「今は、ね」と頬を引きつらせながら言う。……今は、ということは昔はそうではなかったのか。
「昔のフルールの料理は、そんなに美味しくなかったんだ」
「……そうなのか」
「うん。でも、今はとっても美味しいから別にいいけれどね! 行こ! 冷めちゃうよ!」
奴はそれだけを告げると嬉々として小屋の中に入っていく。
だからこそ、俺はそれに続くように薪割の道具をしまい込んで小屋の中に入っていった。
「あぁ、アデラール。今日は魚の香草焼きを作ってみたの。口に合うといいんだけれどね」
少し眉を下げて申し訳なさそうにするフルールは、とっても可愛らしくて、心臓がどくんと大きな音を鳴らす。……好きだなぁ、やっぱり。
「フルールの作る料理は何でも美味いから、期待してる」
「あら、おだてても何も出ないわよ」
俺の言葉を冗談だと受け取ったのか、フルールはそう言って魚の香草焼きが載った皿を差し出してくる。
配膳は俺とベリンダの仕事。テーブルの上に三人分の料理を並べ、バスケットに入ったパンを中央に置く。それからカップに水を注ぐ。
「そういえば、アデラール」
不意に何かを思い出したようにフルールが声を上げる。
きょとんとしながら言葉を返せば、彼女は「そろそろ、一度人里に降りようと思うのよ」と苦笑を浮かべながら言う。
「……え?」
「まぁ、なんていうか……食料の調達に、ね。あと、薬の納品とかもあるし」
淡々とフルールがそう告げる。……この場合、俺は一体どういう表情をすればいいのだろうか?
それが、いまいちよく分からない。
「アデラールは命を狙われているみたいだし……人里にはいかずに、ベリンダと留守番しておいた方が良いかなぁって」
彼女は俺の心配をしてくれているらしい。その気遣いに心が温かくなりながらも、俺は笑って言う。
「いや、ついて行くよ」
と。
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