第10話 ビーフシチュー(2)

「なぁなぁ、フルール」


 しばらく無言で食事をしていると、ふとアデラールがこちらに視線を向けて声をかけてきた。


 なので、私は「どうしたの?」と言葉を返す。


「いや、フルールって料理上手なんだなぁって思ってさぁ」


 彼はニコニコと笑いながらそう言う。


 その表情はお世辞でも何でもなく、心の底からそう思っているようだった。


 だからなのかな。私の心がぽかぽかと温かくなっていく。


「まぁ、そこそこっていうところ、かしら?」


 でも、私は素直じゃない。手放しでほめられることに慣れていないからなのか、素っ気ない態度を取ってしまう。


 そんな私とアデラールを交互に見つめ、ベリンダが「ぷぷっ」と噴き出す。……行儀が悪い。


「ベリンダ」

「ごめんごめん。わかっているけれど……なんていうか、面白くてさぁ」


 しまいにはテーブルをバンバンとたたきながら笑うベリンダ。


 そんなベリンダをジト目で見つめれば、奴は「……なんか、新婚夫婦みたい」などと素っ頓狂なことを言い始めた。


「……はぁ?」


 ベリンダの言葉にそう告げれば、ベリンダは「あ、それか同棲を始めたばかりの恋人同士?」なんて言い出す。


 ……冗談じゃない。


「ベリンダ。冗談でもそういうことは言っちゃダメなのよ」


 はぁとため息を露骨についてそう言えば、ベリンダは「えー」と声を上げる。


「あのねぇ、アデラールに失礼でしょう。これでも彼はお貴族、さ、ま……」


 同意を求めようとアデラールに視線を送れば、彼は顔を真っ赤にしていた。……何故だ。今の会話の流れで顔を赤くする言動などなかったはずだ。


 そう思って私が「アデラール?」と声をかければ、彼は誤魔化すようにスプーンを動かす。


 そして、ビーフシチューをパクパクと食べていた。


「こ、これ、本当に美味しいから。……料理人にでも、なれるんじゃないかな!?」

「……あ、あぁ、うん。大袈裟、なんだけれど……」


 頬を引きつらせながらそう言うけれど、実際今日のビーフシチューは自信作だ。


 中に入ったお肉はほろほろと口の中で溶けていくし、パンとの相性も抜群。絶品だと、私も思う。


 しかし、アデラールの誤魔化し方は露骨すぎないだろうか?


 それに、そんなにも慌てて食べたら――……。


「げほっ」

「もう、バカなの?」


 そりゃあ、熱々なのだからこうなるのは目に見えていただろう。


 私は心の中でそう思いながら、立ち上がってアデラールの方に寄る。そのまま彼の背をさすれば、彼は「うぅ、ごめん……」と言いながらしょんぼりとしていた。


「しょんぼりとするような暇があるのならば、気をつけなさい」


 ゆるゆると首を横に振りながらそう言うと、アデラールは「……わかってる、よ」という。でも、その声は小さい。


 何か、不満でもあるのだろうか?


「ねぇ、アデラール?」


 不満があるのならば言ってほしい。しばらくとはいえ、共同生活をするのだから。


 そう思いながら私が彼の目を見つめれば、彼はそっと視線を逸らした。


「……そ、その、フルール」

「……うん」

「俺……フルールと新婚みたいって言われて、動揺した」


 ……けれど、それは知りたくなかったかなぁ。


 だからこそ、私はぎこちない笑みを作り上げて「そっか」とだけ言葉を返す。


「でも……嫌じゃなかったんだ」


 しかし、次にそんな言葉を告げられるのは反則だった。


「俺、元々婚約者がいたんだけれど……その子には、こんな感情抱かなかった」


 ……彼は一体何が言いたいのだろうか。


 まさか、この二日で私に惚れたとか言い出すのだろうか?


 普通に勘弁してほしい。


「あの、だから、その――」

「――あのね、アデラール」


 彼が何かを言おうとするので、私はそれを遮る。


 彼の抱いている感情は所詮まやかしだ。いわば、恩を恋や愛に勘違いしているだけだ。


「貴方が抱いているのは、きっと恩よ」

「……恩?」

「うん、そうよ。だから、私のことを好きになったとか、そういうのは全部履き違いなのよ」


 私が言い聞かせるようにそう言うと、アデラールは俯いてしまった。……場の空気を、悪くしてしまったかもしれない。


 元々はと言えば、ベリンダがあんなことを言い出すのが原因だけれど。


「さぁて、夕食の続きにしましょうか」


 重くなった空気を誤魔化すかのように私はそう言って、席に戻る。


 すると、渋々といった風にアデラールも食事を再開した。


「……ねぇねぇ、フルール」

「ベリンダ。あとでお仕置きね」


 小声で声をかけてきたベリンダにそう言えば、奴は「え、えぇっ!?」と慌てふためく。


 ちなみに、私の言うお仕置きとは私の仕事を手伝うこと。つまり、残業みたいなものだ。


「当たり前でしょう? 人一人やけどしそうになったんだから」

「……でもぉ、思ったことを口にしただけ」

「それがダメだっていうのよ」


 散々師匠にも注意されていたというのに、こいつのこういうところはこれっぽっちも直らない。


 何とかならないものだろうか。


 そう思うけれど、私はもうこれ以上何かを言うことはなかった。


 単純に、疲れたというのが勝っていた。

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