第9話 ビーフシチュー(1)
「あぁ、もうっ! 本当に調子が狂うんだから……!」
その日の夜。私はキッチンで鍋と格闘しながらそんなことを零した。
「フルール、焦げるよ?」
「だーいじょうぶ。これでも私、ある程度は料理出来るから」
「過信は破滅を生むんだよ?」
白い小竜の姿をしたベリンダがそう言う。……確かに、間違いではないな。
そう思い、私は鍋の中で煮えるシチューを見つめた。中身はいたって普通のビーフシチューだ。長い時間煮込んだお肉と、ちょっとしたお野菜が入っている。これは私の得意料理であり、味付けも独自のもの。……割と美味しいと思う。
ビーフシチューの入った鍋を混ぜながら、私は不意にキッチンから見える窓の外を見つめた。
窓の外ではアデラールが薪を割ってくれていた。……なんというか、男手があるって本当に助かるわね。
「さて、あとはサラダでも作ろうかな」
今日の夕食はビーフシチューとロールパン。それからサラダの予定。三人前はこれくらいかなと思って作っていると、何となく大量に出来てしまったような気がした。……食べきれるかな。まぁ、残ったら明日の朝食の一品にすればいいや。
「ベリンダ。野菜、出しておいて」
「はぁい」
ベリンダにそう指示を出して、私はまな板と包丁を手に取る。
サラダとはいっても、切った野菜と千切った野菜を盛り付けただけの簡素なものだ。ここに私がオリジナルで作り上げたドレッシングをかける。そうすれば、あら不思議。美味しいサラダの出来上がり。手抜きだとか言わないでほしい。時短料理という奴だ。
「ふんふふ~ん」
包丁を動かしながら、鼻歌を歌う。
ビーフシチューはもうできたし、火は切ってしまっていいだろう。
そう思って私が火を切れば、小屋の扉が開いて「フルール」と声をかけられた。……この声は、間違いなくアデラールのものだ。
「ごめん、まだ作ってる最中だから、ちょっとそっちで休んでて」
振り返りもせずにそう言えば、彼は「……うん」と少し寂しそうな声を上げる。
……まさかだが、彼は手伝いたいというのではないだろうか。
そんなことを思って私が彼の声のした方向に視線を向ければ、彼は突っ立っていた。直立不動。その表情は何処となく寂しそう。
(……罪悪感が、湧く)
けれど、貴族であった彼に料理など出来ないと思う。皿洗いなんかも無理だろうし……。
(仕方がない)
唯一出来そうなことを考えて、私はアデラールに「食器出してくれる?」と声をかけた。すると、彼は嬉しそうな表情をして棚から食器を取り出していく。ビーフシチュー用の深いお皿と、サラダのための取り皿。あとはコップとフォーク。スプーン。
彼は何が何処にあるかがわからないくせに、必死に頑張っていた。それを見かねたのか、ベリンダは「上から二番目の棚にあるよ」なんて言っている。
「あぁ、ありがと」
「お任せあれ! あ、ベリンダって呼んでもいいよ」
「……ベリンダ」
いつの間にか仲良くなり始めている二人を温かい目で見つめながら、私はサラダを切り終える。
そして、元々手元に置いておいた大きなお皿に盛りつける。
「じゃあ、夕食にしましょうか」
アデラールとベリンダの方に視線を向けてそう言うと、彼らは「はーい」と声を合わせて言ってくれる。
……何だろうか。今までベリンダとしか会話がない日も多かったから、新鮮。
「深いお皿を頂戴。ビーフシチューを入れるわ」
「わかった」
そう言えば、アデラールが深いお皿を手渡してくる。なので、私はそこにビーフシチューを注いだ。
「……美味そう」
「そう? ありがとう」
アデラールが私の手元を覗き込んでそう言ってくれるから、私は自然と笑顔になっていた。
実を言うと、師匠はこれっぽっちも料理が出来なかった。調合なんかは得意なのに、料理になると失敗するような人だったのだ。
(あれは、料理というよりは……)
思い出しただけでも、おぞましい料理だった。シチューは何故か紫色であり、得体のしれない物体が浮かんでいた。ぐつぐつと煮え立つソレは、完全に魔女の巨釜とかそういう奴だったと思う。……味は、聞かないでほしい。大体予想通りだ。
だからこそ、私は早いうちに料理を覚えた。人里に降りて勉強したり、ご近所さん(ただし、遠い)に習ったり。
いろいろなことをしているうちに、私は人並み以上に料理が出来るようになった。……パンだって、自分で焼くことが出来るくらいなのだ。まぁ、買う方が早いけれど。
懐かしい記憶を引っ張り出しながら、私は食事用の席に着く。ベリンダとアデラールが料理を運んでくれていたこともあり、私は最後に席に着くだけでよかった。
「じゃあ、食べよ食べよ~! いただきまーす!」
ベリンダがそう言って人間の姿になり、食事を始める。
何処となく可愛らしいその姿を見つめつつ、私も食事を始めた。それを見計らったように、アデラールも食事を始めた。
……三人で食べる食事は、やっぱりなんというか……懐かしいというか、不思議な感覚だった。
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