第8話 詮索は、しない
しかし、男性の半裸をじろじろと見てしまえば痴女だ。間違いない。
それだけはわかったので、私は自身の手で目を隠しながら「さっさと服を着て頂戴!」という。
けれど、アデラールは「えぇ」と声を上げるだけだった。
「べとべとで気持ち悪いから、このままでもいいと思うけれど?」
確かに、濡れたままでいたら風邪を引く……可能性は高くなる。
ならば、別にこのままでもいいのではないだろうか?
そもそも、私しかいないわけだし。この『魔の森』には人が近づかないし。……誰かに見られて勘違いされることもない。
「わ、わかったわよ……」
結局、折れたのは私だった。
渋々アデラールにそう言って、私は「か、帰るわよ!」と言って乱暴な足取りで歩きだす。
すると、アデラールは「わかった」と言って私の後ろをちょこちょことついてくる。……大型犬っぽい。
(……世の男性って、大体こんなものなのかしら?)
師匠から聞いた話によると、男性とはプライドが高いということだった。ついでに言うと、貴族は特にプライドが高いと。
だけど、アデラールにそんな様子はない。どちらかと言えば人の話はきちんと聞くタイプだし、羞恥心は薄いみたい。
(やっぱり、師匠の教えはあてにならない……!)
そんなことを思っていると、不意にアデラールが「なぁなぁ、フルール」と声をかけてくる。
だから、そちらに視線を向ければ彼は「ここって、本当にほかにだれも住んでいないのか?」と問いかけてきた。
……住んでいない……わけ、ではない。実は。
「私のほかにも何人かの住人はいるわ」
「……そっか」
「でも、ここら辺に住んでいる人って人嫌いが多いから。そんな易々と会える距離には住んでいないわ」
ゆるゆると首を横に振りながらそう言えば、アデラールは「……よかった」と言ってほっと息を吐く。
……どうやら、彼もそこそこ人嫌いになってしまっているらしい。まぁ、当然か。殺されかけたのだし。
そんなことを思いながら、私は小屋に入る。
その後、暖炉に薪と火を入れた。……とりあえず、服を乾かさなくちゃ。
「アデラール、そこで服を乾かして」
「……うん」
「あと、私はあったかいお茶でも淹れてくるから」
それだけを告げて、私はさっさと移動し、キッチンの方に向かう。
(……今日は、どのお茶にしようかな)
そう思いつつ、適当にお茶を淹れる。私とアデラールの分を淹れ、先ほどの場所に戻るとアデラールは暖炉の火をぼんやりと見つめていた。
「……はい、どうぞ」
何処となく寂しそうな眼差しの彼を放っておくことが出来なくて、私はそう言ってテーブルの上にカップを置く。
そうすれば、彼は「あ、ありがとう」と少し上ずったような声で礼を告げてきた。
「……ねぇ」
「……うん」
「アデラールは、何か思うことがあるの?」
ぼんやりとする彼にそう声をかければ、彼は「……うん、まぁ」ともやもやとするような返事をしてくる。
……まだまだ、私には話したくなさそうだ。
そう思いつつ、私は彼の髪の毛に手を伸ばした。そのまま数回撫でれば、彼の目が大きく見開く。
「……あのさ、私、ずっとここに住んでいるの」
椅子に腰を下ろして、私はそんなことを話し始めた。
「ずっと、ずーっとここに住んでいるの。……人里に行くことなんて少ないし、師匠以外の人間とかかわることなんてほとんどなかった」
「……うん」
そこまで言って、お茶を一口飲む。
「私、元々捨て子なの」
ゆっくりとかみしめるようにそう告げれば、彼は「……そっか」と目を伏せて零した。
「でも、名前は付けてくれていたし、家名だって名乗ることが許されていた。……師匠には、名乗るなって言われているけれど」
物心ついたころ。師匠は私に「家名を易々と名乗ってはいけないよ」と教えてくれた。
その理由はいまだにはっきりとはしないけれど、多分訳ありなのだろう。それだけは、直感でわかる。
「……お、れさ」
「うん」
「いっそ、捨てられた方が幸せだったの……かも、しれない」
しんみりとした声でそう言われ、私は何とも返せなかった。
ただ「……うん」ともう一度言うことが限界だった。
「俺、ずっと虐げられてきた……っていうのかな。そういう感じ、だったからさ」
「……うん」
彼の声は露骨に震えている。……やっぱり、割り切れていない。未練だってある。
それがわかるからこそ、私は「……無理、しなくてもいいんじゃない」ということしか出来なかった。
「フルール」
「無理して話さなくてもいいわよ。それに、私たち……まだもうしばらく、一緒にいるんだろうし」
肩をすくめながらそう言うと、アデラールは「……いいのか?」と頓珍漢なことを言う。
「あのさ、私、約束くらいはきちんと守るわよ」
やれやれとばかりにそう言えば、彼の表情が見る見るうちに明るくなる。
……やっぱり、こうでなくっちゃ。
「俺、フルールの役に立つから」
「……えぇ」
「頑張って、フルールの夫に相応しくなるから」
けれど、それは少々どころかかなり頓珍漢じゃないだろうか。
そう思って、私は彼の頭に軽いチョップを食らわせた。
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