第7話 常識知らずは、どっち?
「……いたた」
思わずそう言葉を零せば、アデラールがこちらに駆け寄ってきた。
その後、彼は「フルール、大丈夫?」と問いかけこちらに手を差し伸べてくる。
「……大丈夫よ」
それに対し、私は素っ気なくそう言葉を返した。けれど、アデラールの手は嬉しかったので控えめにつかむ。
何処となく大きくてごつごつとした手は、彼が男の人なのだと嫌というほど実感させられる。……っていうか、今思えば私男の人と同居しているのよねぇ……。
(本当、今更過ぎる……)
今までろくに男性とは関わっていないので、どういう風に接すればいいかが今更ながらにわからなくなる。
だからこそ私が俯いていれば、アデラールは「……良かった」と言ってほっと胸をなでおろす。
そんな彼を見つめつつ、私は「そんな、心配しなくても……」とそっぽを向いていう。
心配してもらえるのは嬉しいことだとわかっているし、ありがたいとも思う。でも、彼の心配は少々異常な気がしたのだ。
「……いや、フルールに何かがあったら、俺……」
しかし、アデラールは真剣な面持ちでそう言う。……それは、昨日今日出逢ったばかりの人に言う言葉ではないし、表情も昨日今日出逢った人に見せるものじゃない。
そう思いつつ私が「……大げさよ」という。すると、アデラールは不意に「あっ!」と言って湖の方に戻った。
そうすれば、彼に渡した魔道具が湖の中央に流れていくところだった。……多分、風の所為だわ。
「俺、取ってくるから」
私がぼんやりとそれを見ていると、アデラールは特に何も思わずにそのまま湖に足を踏み入れる。
あまり深くないとはいえ、ほめられた行動じゃない。それに、魔道具はまだ予備があるのだ。物なんていつかは壊れるものだし、そこまで重要視することじゃない。
「アデラール、別に、取りにいかなくても……!」
手を伸ばしてそう言うものの、アデラールの行動は早かった。湖を泳いだかと思うと、あっさりと魔道具を取ってくる。その鮮やかな動きには感服するばかりだ。
「はい、フルール」
アデラールはにっこりと笑って魔道具を私に手渡す。
けれど、それよりも。
「貴方、びしょぬれじゃない……」
額を押さえながらそう言葉を告げれば、アデラールは「これくらい大丈夫だって」と言いながらにっこりと笑う。
……その笑みは、とてもきれいだった。まるで、見惚れてしまうほどに。
(って、いやいやいや。そんなのありえないわよ……)
これじゃあまるで私がアデラールのことが好きみたいだ。
そう思うからこそ、私は首を横にぶんぶんと振った後に「……ありがと」と言って魔道具を受け取る。
「とりあえず、帰りましょう」
「……でも、今日は」
「いいから。そのままだと風邪ひくわ。……薬はたくさんあるけれど、風邪なんて出来れば引くものじゃないわ」
びしょ濡れのままここら辺を案内するなど、私はしない。そんなことをしたら極悪非道だから。
私は自分自身にそう言い聞かせ、転移魔法でタオルを取り出してアデラールに投げつける。
本当は、ここで衣服を脱いでもらって乾かすのが一番手っ取り早い。……さすがにアデラールも出逢ったばかりの女の前で半裸になるのは嫌だろうし……ね。
「まずは、適当に身体を拭きなさい」
「……うん」
「その後、小屋に戻って衣服を脱いで。私がさっさと洗濯するから」
「……ありがと」
少し照れたように視線を逸らす彼はとても可愛らしい。
本当に、二十代だとは思えないほど。
(……アデラール、何処となく幼いのよね)
貴族の領主として生きてきたのならば、年齢以上に大人びていてもおかしくはない。
だけど、彼は違う。年齢よりも幼くて、何処となく抜けていて。目の前のことに必死。
……そういうところ、私は好ましいと思う。
「なぁなぁ、フルール」
そう思っていれば、アデラールが私にそう声をかけてくる。なので、私が彼の方に視線を移せば……彼は、上半身裸になっていた。その所為で、私が「ぎゃぁあっ!」と叫べば、彼は「……いや、そんなに驚かなくても」と言いながら頬を掻く。
「ちょ、ふ、服! 服着なさいよ……!」
「いや、べとべとで気持ち悪くてさ……」
そんなことを何でもない風に言うけれど、普通昨日出逢ったばかりの女性の前で半裸になる!?
(それとも、これくらいじゃ普通は動じないの……?)
人里離れて暮らしている所為なのか、私はちょっぴり常識に疎い。……師匠から教えてもらった常識が、ちょっとずれているし。それは、人里に降り始めて知ったことだった。
「それにさ、ここフルールしかいないから、大丈夫だよね」
ニコニコと笑ってアデラールはそう言うけれど、その私が一番の問題でしょう!?
心の中でそう思いながらも、私は「……もしかして、警戒心薄れてる?」という可能性にも思い至ってしまった。
……あんなにも警戒していたのに、すぐに気を許したわね。
(でも、なつかれるのって少し……ううん、結構嬉しいかも……)
だって、まるで犬になつかれているみたいなんだもの。
本人に言ったら、怒るかしら?
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