第6話 ヒュームの湖にて
「なぁなぁ、道ってこっちで合ってるのか?」
「えぇ、合っているわよ」
それから数十分後。私はアデラールに森の中を案内していた。
とはいっても、この森に目立った場所はない。あるものと言えば巨大な湖くらいだろうか。あとは、野草がたくさん生えた貴重な場所とか、そういうものしかない。
「だって、さっきからおんなじ場所を回っているだけじゃ」
「あのねぇ、森の中なんだからおんなじ場所に見えて当然でしょ?」
アデラールが不安そうにそう言うので、私はため息をつきつつそう答える。
森なのだ。一面木しかなくてもおかしくなどない。
そんなことを思いつつ、私は視界の端に見えてきた青色に目を凝らす。……うん、たどり着いた。
「あっちよ」
それだけの言葉を告げて、私は歩を進める。茂った木や雑草たちをかき分け、私はその青色の方向に進む。
そして、一気に視界が開けた。
「……うわぁ」
アデラールの感嘆のような声が聞こえる。私たちの目の前にあるのは、巨大な湖。澄み切った青色をしたこの湖は、魔力の塊だったりする。
「ここはヒュームっていう名前なのよ」
私が湖に近づきながらそう言えば、アデラールもハッとして私の側にやってくる。
だからこそ、私はその水をほんの少し手ですくう。……この湖の水にはたくさんの魔力がこもっているので、いろいろと便利だったりする。調合の際に使用する水も主にここの水。
「この湖の水にはね、魔力がこもっているの」
「……そうなのか?」
「えぇ、この付近には別にいくつか池があるけれど、湖といえる大きさなのはここだけだし、魔力がこもっているのもここだけよ」
なんていうか、不思議なのだ。この『魔の森』にはまだまだ謎が多い。
そう思いながら私が水を持ってきた魔道具に入れていれば、アデラールは「俺も、手伝おうか?」と声をかけてきた。
「あら、気が利くわね」
「……置いてもらうしさ」
私の言葉にアデラールは少し照れたように視線を逸らしながらそう言う。そのため、私は彼の言葉に甘えることにした。
……まぁ、きっちりと働いてもらうと初めに条件を出したのはこっちだけれど。
「じゃあ、こっちに入れて頂戴」
「わかった」
もう一つの魔道具を手渡して、私たちは湖の水を汲む。魔道具は小さなものだけれど、この中には大量の水が入るようになっている。この小さな魔道具一つで、約一週間分の水は手に入るのだ。
「なぁ、フルール」
「……なぁに」
不意に声をかけられて、私はアデラールの言葉に返事をする。そうすれば、彼は「……俺、さ」と言って言葉を切る。
……あぁ、言いにくいことを言おうとしているんだ。
それが直感でわかったからなのだろうか。私の口は自然と「言いたくなかったら、言わなくてもいいわよ」と淡々と言葉を紡いでいた。
「……え?」
「今は、言いたくないんでしょ? だったら言わなくてもいいわ。……いつか、話せるときが来たら教えて頂戴」
いつか。そんな日が来るのかどうかは、わからない。けれど、今はそれを言うのが精いっぱいだった。
「……わかった。ありがとう、フルール」
「いえいえ」
そんな風に話していれば、水を汲み終える。どうやらアデラールの方もあと少しらしく、私は湖の近くに生えている草花や薬草を摘み取っていく。
「……それは?」
「ここら辺には薬草が多いのよ。煎じたら立派な薬になるの」
アデラールの何でもない風の言葉に、私は淡々とそう返す。すると、アデラールは「図々しいこと、言ってもいいか?」と問いかけてくる。……図々しいってわかっているのならば、言わないで頂戴。そう思ったけれど、そんなことを言う元気もなく。
私は静かに「どうぞ」と言葉を返す。視線は薬草に向けたままだ。
「俺、薬の知識が欲しい」
しかし、アデラールの言葉が予想外だった所為で、私は彼の方に視線を向けてしまった。
「俺、やっぱり何かがしたい。……それに、領民にいろいろと還元したいんだ」
……どうして、この男は。そんな風に言えるのだろうか。
「……貴方、もう領主じゃないじゃない」
ゆっくりとそう言葉を返せば、彼は「……そう、だけれどさ」と言いながら眉を下げる。
「けど、ずっと領主としてやってきたから、かな。……俺、そう簡単に領主としての生き方を失えない……かも」
最後の方の言葉はしりすぼみになっていた。
……呆れた。ひどい目に遭ったというのに、彼はまだまだやる気なのだ。
「もちろん無理にとは言わないし、フルールさえよかったら……だけれど」
最後に付け足された言葉に、私は思わずプッと噴き出す。そして「……いいわよ」と言っていた。自分でも、そんな言葉が口から出たことが驚きだった。
「ただし、私のしごきは厳しいわよ」
肩をすくめながらそう言うと、アデラールは「俺、これでも我慢強いからさ」と言いながら笑う。
……何だろうか。これが楽しいということなのだろうか。
そう思ったから、油断してしまったのだろう。私は、足を滑らせてしりもちをついてしまった。……普段は絶対にこんなへま、しないのに。
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