第5話 一緒に朝食
「んんっ」
身じろぎして、瞼を開ける。そうすれば、タイミングばっちりとばかりに一人の幼女が私の元にかけてきた。
さらっとした黒色の長い髪と、ぱっちりとした大きな黒色の目。背丈は十歳前後の子供のものであり、彼女はくるりとその場で回ると「フルール、おはよう」と声をかけてくる。……ベリンダである。
「おやすみ……」
「こら、フルール。起きて!」
毛布をかぶってもう一度眠ろうとする私をたたき起こすように、ベリンダが毛布をはぎ取る。
だからこそ、私は渋々起き上がって大きく伸びをした。
「……ベリンダったら、うるさい」
わざとらしく耳をふさいでそう言うと、ベリンダは「フルールが朝起きないからだ!」とぷぅっと頬を膨らませて言う。……幼女の姿だと、そういう姿もとても似合っている。うらやましいほどに。
「それに、昨日拾った男のこともあるしさぁ……」
ベリンダは私の寝台に頬杖を突きながらそう言う。……昨日、拾った、男。……あっ!
「アデラール!」
そうだ。私は昨日、豪奢な身なりの男性を拾った。……すっかり、忘れていた。
「起きなくちゃ……!」
いつも朝食は私とベリンダの一人と一匹だけなので、適当な時間に摂る。けれど、アデラールがいる以上そうはいかないだろう。そう思い、私は慌てて櫛で髪の毛を整え、寝間着から普段着のワンピースに着替えた。
そのままキッチンの方に向かって、私は慌てて朝食の準備に移る。
(いつも通りパンだけ……っていうのも、味気がないか)
そう思い、私はとりあえず昨日の残りのスープを温めることにした。……あとは、適当にベーコンか卵でも焼けば立派なモーニングの完成……になると、思いたい。
スープの入った鍋を火にかけ、ついでにフライパンでベーコンに火を通す。ベリンダは使い魔なので食事は必要ないけれど、本人の希望で食事は一緒に摂るようにしていた。私も、一人で摂るよりはマシだし。
ある程度ベーコンに火が通ったら、次に卵を落とす。じゅわぁといういい音を聞きながら、私は目玉焼きをてきぱきと作る。……こんな豪勢な朝食、久々かもしれない。
「えぇっと、こんなものでいいかな……」
プレートにベーコンと目玉焼きを並べ、表面を軽く焼いたロールパンを置く。あとはスープをカップに注げば、立派なモーニングの完成である。……多分。
「っていうか、朝から疲れた……」
共同生活を送るというのは、何と疲れるものなのだろうか。初日で疲れ果てていてどうするのだと言われそうだが、実際に疲れているものは仕方がない。
そんなことを思っていれば、アデラールが眠っている部屋の扉が開き、アデラール本人が顔を見せた。彼は何処となく眠そうに眼をこすっていたものの、朝食を見ると「……うわ」と声を上げた。
「悪いけれど、これが精いっぱいなのよ。お貴族様にとったら、質素かもしれないけれど」
嫌味たっぷりにそう言ってやれば、アデラールは「いや、そういう意味じゃない」と言いながらゆるゆると首を横に振り、席に腰を下ろす。なので、私は朝食をもって食事用のテーブルに移動した。
そして、ベリンダがやってきたのを見て私たちはどちらともなく食事を始めた。
(……うん、まぁそこそこ美味しいかも)
ベーコンはカリっと焼けているし、目玉焼きも半熟。ロールパンの焼き加減も完璧。そう思いながら私が食事を進めていれば、不意にアデラールが私のことを見つめているのに気が付いた。……食べにくい。
「さっさと食べて。後片付けもあるんだから」
わざとらしくそう言えば、アデラールは「悪い」と言いながらも食事を再開した。その手つきはまさに優雅の一言に尽きてしまう。さすがは生粋の貴族。食事の風景も絵になる。
そんなこんなで朝食を摂っていると、不意にアデラールが「今日は、何をするんだ?」と問いかけてきた。……今日の、予定、か。
「別にないわ」
「……ないのか?」
「えぇ、急ぐ仕事もないし、別段焦ってすることもない。……今日は適当に散歩しながら薬草集めに行こうかと思っていたくらいだもの」
やれやれとばかりに肩をすくめてそう言えば、アデラールは目を見開く。貴族は忙しく生きていくものだという。そんな彼にとって、私の悠々自適のんびり生活はある意味新鮮なものに映ったのかもしれない。
「……それって、楽しいか?」
怪訝そうにそう問いかけてくるので、私はロールパンをちぎって口に運びつつ、「まぁまぁ、かな」と答える。
「楽しいときもあるし、楽しくないときもある。人生って、そんなものよ」
どうしてこれが人生につながるのかはわからない。けれど、人生とはいろいろあるものだ。辛いことも、楽しいことも。平等とは言えないけれど、ある程度はみんなに回ってくるもの。……そう、師匠に教わった。
「どうせだし、この付近でも案内するわ」
「……いいのか?」
「えぇ、どうせ今日は散歩の予定だったし」
この辺りの地形を知っておいた方が、万が一の時に便利だと思う。そう思って私がそう言えば、アデラールは少し嬉しそうに表情を緩めてくれた。……その表情は、何処となく可愛らしかった。
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