閑話1 アデラール・ローエンシュタイン(アデラール視点)

「兄上、大丈夫ですよ。ローエンシュタイン家の今後も、エレンのことも。全部俺が守っていきますから」


 それが、大嫌いな異母弟との最後の会話だった。


 ◇◆◇


 俺、アデラール・ローエンシュタインはローエンシュタイン伯爵家の長男として生を受けた。しかし、生まれてすぐに母は亡くなり、父はすぐに後妻を迎えた。


 その女性は高慢な人であり、俺のことを嫌った。いつか自分が男児を生み、その子に跡を継がせるのだと常々言っていた。


 そして、俺が二歳の時。……異母弟であるバージルが誕生した。


 それ以来、父は俺のことを邪魔者のように扱うようになった。それまでは「一応跡取りなのだから」と言いながらも、それとなく継母から庇ってくれたというのに。


 バージルが生まれて以降、父は俺を露骨に疎み始めた。


 それはいつしか屋敷内に蔓延し、ローエンシュタイン家で俺は邪魔者のような扱いを受けるように。もちろん、庇ってくれた人もいた。古株の使用人などは、俺のことを助けようとしてくれた。だが、継母はそれさえ気に入らなかったようで、彼らを容赦なく解雇。……その時、俺は気が付いたのだ。


 ――俺は、生まれてこない方が良い人間だったと。


 それに気が付いて以来、俺は無気力に生きてきた。父に勧められるがまま婚約し、跡取りのための厳しい勉強を強いられた。いや、違う。俺はバージルのスペアとして、バージルのゴーストとして育てられたのだ。バージルが何かをしでかせばその責任を負わされ、彼の代わりに仕事をする。父も継母もバージルには砂糖よりも甘かったので、彼には強くは言わなかった。


 しかし、そんな生活に転機が訪れたのは――今から二年前。俺が二十歳の時。……父が、事故で急逝したのだ。


 一応王国には跡取りとして俺が届けられていたので、俺は不本意にも当主となった。あの時の継母とバージルの顔は、傑作だった。それほどまでに、彼らは俺が当主なのが気に入らなかったのだ。……その時点で、気が付くべきだった。


 俺は当主の仕事に生きがいを覚えていた。重かった税を軽くし、領地のために尽くした。それは領民たちも評価してくれたらしく、ローエンシュタイン家を嫌っていた領民たちも俺には好意的だった。いつしか、彼らのために動きたい。ずっと、ずっとここに居たい、いや、いられる。そう、思っていた。


 ――あの日、バージルに陥れられるまでは。


「兄上のやっていることは人気取りです。裏では賭け事に精を出し、女性遊びも散々行っているんですよ!」


 バージルは声高らかに捏造した証拠と共に俺のことを断罪した。その傍には――俺の婚約者であるエレンもいて。彼女は涙ながらに俺に虐げられていたと訴えた。……そんなこと、した覚えもないというのに。


 初めの頃は領民たちは、俺の無実を信じてくれていた。が、バージルは金で領民の偉い奴らを買収し、多数決で俺から家督を奪い去った。……もちろん、エレンも。


 正直なところ、エレンには嫌気がさしていたので、そこまで辛いとは思わなかった。……ただ、俺が今まで培ってきた信頼などは金であっさりと崩れ去るのだと知って、どうしようもなく虚しくなったが。


 そのままバージルは俺のことをローエンシュタイン家から追い出し、刺客を送り付けてきた。


 だからこそ、俺は命からがら逃げだし、あの『魔の森』に入った。……そして、そこで――フルールと、出逢った。


「……フルール、か」


 夜中。与えられたちっぽけな部屋にて、俺は一人考える。フルールと名乗った彼女は、何処となく気品のある容姿をしていた。貴族の女性だと言えば、誰もが信じてしまいそうなほどだった。けれど、彼女はこの『魔の森』に住まう魔女らしい。……いろいろと、思うことはあるものの助けられたのは真実だ。そのため、俺は彼女にしばらく尽くす。


 そして――彼女と、一時的な『家族ごっこ』をするのだ。


 俺が小さなころにどれだけ願っても手に入らなかったものを、彼女は与えてくれる。そう、信じている。


(なんとなく、もうバージルやエレンのことも、どうでもよくなってきたな……)


 フルールに救われてから、何となく異母弟や元婚約者のことがどうでもよくなっているような気がする。……それは、気のせいではない。間違いない。俺は、俺は――。


(もう、あいつらのことなんてどうでもいいんだ)


 フルールに出逢うまでは復讐心をたぎらせていた。なのに、何故だろうか。フルールのことを思うと……その復讐心が消えていく。まだ、出逢ったばかりだというのに。彼女にはそれほどまでに強い魅力が――あった。

 

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