第4話 『家族』

「一体どうしてそうなるわけよ」


 私はお茶を飲みこんで、ジト目になりながらそう言う。すると、彼は「……俺、行き場ないんだよ」と言いながら視線をそっとそらしていた。


「家には戻れないし、かといって街の方に居たらあいつらに見つかる可能性が高いし……」


 私にはアデラールの言う『あいつら』が誰なのか全く見当もつかない。いや、ある程度はついているのか。アデラールの命を狙っていた輩。


(……なんていうか、物騒なお話)


 貴族というのはなんて面倒な生活をしているのだろうか。兄弟姉妹で家督を奪い合ったりさ。私は森の中に住んでいる魔女なわけだし、そういう世界とは無縁だけれど。


「もちろん、ただでとは言わない。……家事とか、必要があれば……する、し」


 最後の方の言葉が小さくなったのは、彼が家事雑用に自信がないとかそういうことなのだろう。それを理解し、私は紅茶を一口飲んだ後「……いいわよ」と言っておいた。


 そうすれば、ベリンダが「フルール!」と声を上げる。……大方、私が面倒ごとに巻き込まれるのを危惧しているのだろう。


 実際、私だって面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだ。貴族の争いに巻き込まれるほど、不毛なことはない。でも、この状態のアデラールを見捨てたら――それこそ、寝覚めが悪い。


「わかったわ。貴方がここに滞在することを許可してあげる」

「……ありがと」

「ただし、滞在費としてしっかりと働いてもらうわよ」


 そう言ってウィンクを飛ばせば、彼は「うっ……」と口ごもっていた。多分、家事雑用とかを押し付けられると思ったのだろう。生憎、そこら辺はベリンダがいる。一々不慣れな彼にやらせる理由がない。


「ただし、家事雑用は結構よ。私と一緒に、薬師の仕事をしてほしいのよ」


 ゆるゆると首を横に振りながらそう言えば、アデラールは「……薬師?」と頭上に疑問符を浮かべながら繰り返す。なので、私は頷いた。


「えぇ、私は薬師として生計を立てているのよ。人里……つまり、街の方で委託して薬も売っているし」

「……そうなんだ」


 アデラールが感心したように声を上げる。どうやら、私はもっと別のことで稼いでいると思われていたらしい。まぁ、『魔の森』に住んでいるだけで割とそう思われることも多いしね。


「だから、私と一緒に材料集めやら薬師としての雑用をしてほしいのよ」

「……はぁ」

「案外目とか肩とか、疲れちゃって」


 肩を回しながらそう言えば、彼は「……年?」と問いかけてくる。……失礼ね。


「私は二十八よ! まだ三十にもなっていないわよ!」


 バンっとテーブルをたたきながらそう言えば、アデラールは「わ、悪かった!」と言ってすぐに頭を下げてくる。……彼のすぐに自分の非を認めるところは、憎めないかもしれない。


「まぁ、いいわ。若くても疲れるものは疲れるの。それで、了承する? しない? しなかったら問答無用で追い出すわ」


 生憎と言っていいのか、私は聖人ではない。メリットがない男と共同生活をするような状態には絶対にごめんだ。メリットがあってこそ、まだ考えられるというもの。


「す、する! します! させてください!」


 どうやら、私の脅しが効いたらしい。アデラールはきれいな九十度のお辞儀をしながら、そう言ってくる。……それでいい。年のことは水に流しましょう。……多分。


「じゃあ、契約成立ね。あと、この『魔の森』には強すぎる魔力が漂っているわ。もしも調子が悪くなるようなことがあったら、すぐに言って頂戴。……特効薬を調合してあげる」

「……フルールは?」

「魔力酔いの一番の解決策は慣れることよ。私は物心ついてからずっとここにいるから、慣れているわ」


 実際、魔力酔いの一番の解決方法は慣れることなのだ。慣れればおのずと酔わなくなる。……まぁ、私が魔力に酔った回数は片手で足りるほどなのだけれど。


「そっか。……そっかぁ」

「何嬉しそうな顔をしているのよ」


 何となく気持ち悪いアデラールの顔を見つめ、私は怪訝そうな声でそう告げる。そうすれば、彼は「……いや、何となく。俺、もう一人じゃないんだぁって、思ってさ」と言いながらふんわりと笑っていた。


「……言っておくけれど、私は貴方のことをずっと養うつもりはないわよ?」

「それでも……うん。しばらくの間でいいから、俺の『家族』になってよ」


 ……先ほどまで警戒していた男の言葉とは思えない。そう思いつつも、私は彼の言葉にほんの少しの嬉しさを見出していた。


 私にとって家族とは、師匠だけだった。それ以外の人間と家族のように生活をするなんて……ほんの少し、ううん、かなり嬉しかった……のかも、しれない。


 こうして、私とアデラールは共同生活を送ることになった。


 まさか、この共同生活が――ウィリス王国の南の辺境を揺るがす大事件につながるなんて、思いもしなかったけれど。

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