第3話 アデラールの正体

「そう、アデラールね」


 彼の名前を繰り返せば、彼――アデラールはこくんと首を縦に振った。


 それを見て、私は「……ところで、つかぬことを聞くのだけれど」といったん前置きをする。


「貴方、どうして命を狙われていたのよ」


 一人がけのソファーに腰を下ろし、私はアデラールにそう問いかける。そうすれば、彼は「……はぁ」と露骨にため息をつきながらその茶色の髪の毛をガシガシと掻く。……どうにも、面倒なことになっていそうだ。


「誰にも言うなよ」


 アデラールは一応とばかりにそう言ってくる。……誰にも言うなって、ここには私とベリンダしかいないのだけれど。


 一瞬そう思ったものの、私はこくんと首を縦に振る。少なくとも、私はおしゃべりな方ではないし、一人の時間が大好きだ。人と会うのは、必要だと思った時くらい。


「俺、ローエンシュタイン家の当主なんだ」


 アデラールは私の目をまっすぐに見つめながらそう言う。


 ……開いた口が、ふさがらなかった。


(ローエンシュタイン家って、ここら辺を治めている辺境伯……よね?)


 このウィリス王国は四方を他国に囲まれているということもあり、それぞれに辺境伯や辺境侯が置いてある。それらは辺境貴族をまとめる役割を国から与えられており、その身分はかなり高いという。


 そして、ローエンシュタイン家はこの王国の南の辺境の地を治めている伯爵家なのだ。


「……いや、違うな。元当主。……これが、正しい」


 そっと目を伏せてアデラールはそう言った。


 しかし、私としてはいまいち納得できない。アデラールは見たところ二十代だし、そんな隠居するような年齢ではない。それに、そもそもな話命を狙われる必要がないはず。


(ありえるとすれば、重税を課したため領民に恨まれるということだけれど……)


 生憎と言っていいのか、私はローエンシュタイン伯爵家が重税を課しているという話を聞いたこともない。たまに街に行っても、ここら辺は平和だという話しか聞かない。……これも、違うと思う。


「フルール、だったっけか」

「えぇ、そうよ」


 アデラールに名前を呼ばれ、私は咄嗟にうなずく。そうすれば、彼は「……俺さ、先代の当主……父上に疎まれていたんだよ」と苦笑を浮かべながら言う。


「……はぃ?」

「母上は俺が産まれてすぐに亡くなった。……それでさ、父上はすぐに後妻を迎えたわけ」

「……はぁ」


 どうしていきなりそういう話になるのだろうか。そう思い私がぼんやりとしながら返事をしていれば、彼はガシガシと頭を掻く。言葉を、選んでいるのかもしれない。


「で、まぁ……その」


 何処となく言いにくそうに口ごもる彼を見て、私は「あぁ、いい話ではないな」と判断した。


 貴族の男性が後妻を迎えることはそう珍しいことではない。むしろ、迎えない方が少数派だと私は思う。……まぁ、王都貴族がどうなのかはよくわからないのだけれど。


「……あぁ、もうっ! どういう風に言葉を選べばいいかがわからねぇ……!」


 アデラールはそう言いながら眉を顰める。……なんというか、悪い人には思えなかった。だからこそ、私はベリンダに「お茶を持ってきて」と指示を出す。


「どのお茶?」

「落ち着くハーブティーがあったわよね。冷蔵庫の端に」

「は~い」


 確か街に降りた時に買ったハーブティーがまだ残っていたはずだ。……あれならば、少しは彼も落ち着くかもしれない。


(命を狙われていたわけだし、落ち着かなくても仕方がないわね)


 内心でそう思い、私は魔法を唱えてカップを取り出す。すると、アデラールは目を見開いていた。


「……転移魔法、使えるのか?」

「まぁ、ね。とはいっても、小さなものしか動かせないわ」


 そう言った後、ベリンダが持ってきてくれたティーポットからカップにお茶を注ぐ。私は紅茶は冷たい方が好き。むしろ、冬でも冷たいものを好んでいる。


 ちなみに、転移魔法は使える人間がかなり限られる魔法だったりする。強力な魔力を要するので、使える人間が少ないのだ。ついでに言えば、私は使えるものの小さなものしか動かせない。強力な人だったら、馬車や人を動かすこともできるのだけれどね。


「ほら、飲んだらいいわ。……ちょっとは、落ち着くと思うから」


 私が自分の分のカップを口に運べば、アデラールは渋々といった風にカップを手に取る。そのまま少し様子見をした後、紅茶を口に運んだ。


「……美味い」

「でしょう?」


 決して自分で淹れたわけではないので、人の手柄で自慢しているようで少し思うことはあるけれど。


 でも、彼の少し落ち着いたような笑みを見ていると、心が落ち着いていく。


「……なぁ、フルール」


 それから、彼は私の名前をもう一度呼ぶ。それに驚いて彼の方を見つめれば、彼は「俺、ここにしばらく滞在してもいいか?」と問いかけてきた。


「……滞在?」


 それってつまり――共同生活と言うことなのだろう。


 私は瞬時にそれを理解し、ぶっとお茶を噴き出してしまいそうになった。……汚い。

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