第2話 謎の男性
そのまま歩を進め私が住処にしている小屋の扉を乱雑に開ける。さすがに男性を背負うのは辛い。そう思いながら顔をしかめていれば、不意に「フルール!」と声が聞こえてきた。
そちらに視線を向ければ、そこには白い小さなドラゴンがいる。……そういえば、ベリンダの最近のお気に入りの姿は白いドラゴンだったっけ。お腹がぷっくりとした可愛らしいフォルムということもあり、私も大層気に入っていた。
「ベリンダ。至急師匠の部屋だった場所を整えて頂戴。私はこの人の怪我の具合を見るから」
「わ、わかった!」
ベリンダは何か言いたそうだったものの、様々な感情をぐっとこらえて私の指示に従ってくれた。
だからこそ、私は「よっと」ともう一度声を上げ、リビングとして使っている部屋の長椅子に男性を寝かせる。
「熱はない。毒を飲まされた兆候はない。……あえて言うのならば、先ほどの弓矢をよけようとして転んだ。その際に打ちどころが悪かったというところかしら」
軽く診察をしてそう零す。
身体には擦り傷と打撲以外に傷はない。体調も安定しているようだし、やはり打ちどころが悪く気絶したという考えが妥当だろう。
「とりあえず、傷の治療をしておこうかな」
そう零して、私は長椅子から離れて調合室に向かう。そこには数多くの薬草や作った薬などが所狭しと並べられている。それの内の二つを手に取る。これは擦り傷によく効くもの。もう片方は打撲の際などに使う冷やし薬だ。
「フルール。一応、整えたよ!」
「あぁ、ありがとう、ベリンダ」
少し量が足りないかなぁと思って手早く調合していると、後ろからベリンダが顔を出す。なので、私は手早くお礼を言う。
しかし、ベリンダの表情は何処となく浮かないように見えてしまう。
「……ねぇ、フルール」
「なぁに」
視線をすり鉢に向けながらそう問えば、ベリンダは「……厄介ごとに、巻き込まれちゃうかもよ」と何処となく真剣な声音で告げてくる。……厄介ごと?
「それは、どういうこと?」
私が視線をベリンダに向け、彼女の真ん丸な目を見つめていた時だった。リビングの方から「うわぁあっ!」というような声が聞こえてくる。それは男性のものであり、私は慌ててリビングの方に移動する。
すると、長椅子には先ほどの男性が腰掛けていた。どうやら目を覚ましたらしい。それにほっと息を吐く間もなく、彼は懐から短剣を取り出し私に切っ先を向ける。
「……誰だ」
地を這うような低い声でそう問われ、私は「警戒されているんだ」と理解した。そりゃそうだ。命を狙われていたに等しい人なのだ。警戒するなと言う方が無理だ。
「……私はフルールと申します」
それを理解し、私は無害アピールをするために両手を上げる。そのまま自己紹介をすれば、彼は「……フルール?」と私の名前を復唱した。
「貴方はこの森で倒れていたのです。なので、私が拾ってきました」
ゆるゆると首を横に振りながらそう言うと、彼は「……拾った、って」と何処となく神妙な面持ちで零す。拾ったはさすがに表現が悪かっただろうか。そんな風に思い反省する私を他所に、男性は「……俺は」と小さく言葉を漏らしていた。
「俺、は」
もう一度そう繰り返した時、ベリンダが男性に突進した。そのまま彼の胸元に頭突きをすると、男性の手から短剣がからんと音を立てて落ちる。
「命の恩人になんてことしてんだよ!」
ベリンダはそう言いながら倒れこんだ男性を見下ろしていた。
「やめなさい、ベリンダ」
そんな行動をするベリンダに軽く注意をすれば、彼女の真ん丸な目が私を射貫く。そのため、私は首を横にゆるゆると振りながら「こっちに来て」と手招きをした。
「……彼は命を狙われていたのよ。警戒するのは当然のことだわ」
「でもっ!」
「逆の立場だったら、私だってそうしたわ」
冷静な声でそう言っていれば、男性は近くにあった毛布を手繰り寄せて身を包む。
「ねぇ、貴方のお名前は?」
彼と目線を合わせながらそう言えば、彼は「子ども扱いするな。俺はこれでも二十を越している」と返事をくれる。……よかった。憎まれ口をたたくということはそれだけ回復したということだろう。
「名前くらい教えてくれたっていいだろ!」
私がほっと息を吐いていれば、ベリンダが私の肩から顔を見せてべーっとしながらそう零す。なので、私はその頭にデコピンを食らわせておいた。そうすれば、ベリンダは「いったぁ!」と叫ぶ。
「……それ、使い魔か?」
恐る恐るといった風にそう問いかけてくるので、私は肩をすくめながら「そうよ」と言う。彼が言う「それ」はベリンダのこと。だからそう答えたのだけれど、ベリンダからすればそれも不満だったらしい。「それっていうな!」と抗議している。
「もう一度言うけれど、私はフルール。この『魔の森』に住まう魔女……の弟子よ」
一応もう一度自己紹介をしておくか。そう思って私が出来る限りにっこりと笑ってそう言えば、彼は「……俺は、アデラール」とボソッと名乗ってくれた。
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