年の差六の旦那様~捨てられた伯爵様と魔女の奇妙な共同生活~
華宮ルキ/扇レンナ
第一部
第1話 人、拾いました
ウィリス王国と言う名の王国の南の辺境にある深い森。通称『魔の森』に私は一人で住んでいる。
いや、一人と言うのは語弊があるかもしれない。一匹の使い魔と共に一人と一匹で暮らしている。ちなみに、時々人里に降りているので完全に一人と言うことではない。
「ふわぁ、ベリンダ。今日も薬草探しに行ってくるわ。留守番をよろしく」
「わかった!」
使い魔であるベリンダにそう声をかけて、私は住処として使っているちっぽけな小屋を出て行く。
フルール・フライリヒラート。それが私の名前だ。フライリヒラートなんて大層な家名を持っているけれど、実際のところ私は親の顔など知りもしない。
私は物心ついた時にはこの『魔の森』に捨てられていて、そこを先代の魔女に拾われた。そして、彼女の弟子にしてもらった。それだけ。
でも、フルール・フライリヒラートと言う名前をその師匠が付けてくれたわけではない。どうやら、師匠が拾った時にはおくるみのなかにネームプレートのようなものが入っていて、そこに書かれていた名前だそうだ。……つまり、私は少なくとも生みの両親に愛されていなかったわけではない……らしい。想像だけれど。
今から二年前に師匠が亡くなり、私は薬師として生計を立て始めた。師匠がくれた薬の知識はとても素晴らしいものであり、今では人里で委託の薬屋を開いているほど。
……けれど、さすがにベリンダとの一人と一匹の生活が寂しくないと言えば嘘になる。今まで師匠と共に過ごしていたせいなのか、ちっぽけな小屋がひどく広く感じてしまう。
(……でも、師匠と一緒に過ごしたあそこを離れることは出来ない)
そう思いながら、私は『魔の森』にある水辺にたどり着く。ここは『魔の森』と言っているけれど、魔物などは住んでいない。魔力がこもった森と言う意味の『魔の森』なのだ。
しかし、この森の魔力は強すぎるがゆえに、人体に悪影響を与える場合がある。だからこそ、滅多なことではここに近づく人はいない。……例外は、あるけれど。
そんなことを考えて、私は水辺に生えるハーブを摘み取っていく。薬草のほかにもハーブも薬の材料となることがある。それに、薬の材料にならなくても夕食の一品にはなるのだ。摘み取っていて損はない。
銀色の肩の上までの髪を風になびかせながら、私は一心不乱に食べられたり薬の材料になるハーブを摘んでいく。水辺では水鳥たちが水浴びをしており、彼らの邪魔にならないように気を付ける。
(ふぅ、こんなものかしら)
持ってきたかご一杯にハーブを摘みとって、私はふわぁと大きく伸びをする。今日は大収穫かもしれない。……これで香草焼きとか作ったら美味しいかも。
(ちょうど市場で魚を仕入れてきたところだし、今日の夕飯は魚の香草焼きね)
内心でそう思いながら、来た道を戻っていく。
水辺から小屋までは徒歩でちょうど十分程度。道もなだらかで特に気を付けるべきポイントはない。あえて言うのならば、石に躓かないようにすればいいだけ。
(本当に、平和だなぁ)
師匠はよく「ここら辺は面白みのない場所だ」と言っていたけれど、私からすればこの平穏さが好ましい。王都は賑やかだというし、そういうところは私には合わないと思う。……私は、ずっとここで師匠と共に過ごしていきたかった。
(師匠、会いたいなぁ)
師匠は凄腕の薬師であり、魔女だった。だけど、年には勝てずに亡くなってしまった。享年は七十三歳。大往生だと言える年だ。
(あぁ、ダメよ、ダメ。こんなにうじうじしていたら、師匠に心配をかけてしまうわ)
私は自分自身にそう言い聞かせて、ゆったりと歩いていく。坂道を降りて、そろそろ小屋だという時だった。
「――何っ⁉」
不意に、弓矢が木に刺さるような音が聞こえてきたのだ。慌ててそちらに視線を向ければ、こそこそと言う話し声と共に慌てて走り去る人の足音。……この森に近づく人はいないのに。
(何となく、嫌な予感がするわ)
そう思って、私は先ほどの音がした方に忍び足で近づいていく。……一歩、二歩。ゆったりと近づいて行けば、一人の人間が倒れているのを見つけた。
(死体⁉)
その人物は豪奢な服装を身に纏っており、一目で高貴な身分の人だとわかる。その近くの木には弓矢が刺さっており、この人物が狙われたのだとよく分かった。
(……死体、かもしれない。でも……)
もしも生きているのならば。ここで死なれたら寝覚めが悪い。それに、師匠は「もしも、困っている人が現れたら助けなさい」とよくよく私に言い聞かせてくれた。
(面倒ごとに首を突っ込むのは嫌よ。でも、背に腹は代えられないのよ)
自分自身にそう言い聞かせて、私はそっとその人物に近づく。年齢は二十代前半。容姿からして男性。……胸が上下していることから、多分まだ生きているわ。
(はぁ、私ってどうしてこうもお人好しなのかなぁ……)
心の中でそう零しながら、私はハーブの入ったかごに転移魔法をかけ小屋に移動させる。その後、その人物の方に近寄って――「よっと」と声を上げておぶった。
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