(5)
「ねね、もうそろそろいいんじゃないかな?」
俺たちは再び例の体形を組んで歩き始めていたのだが、しばらくしてから右隣にいる楓がひっそりと耳打ちしてくる。
「そうだな……いやでもあともうちょっとだけ待とう」
「なんで?」
「もうそろそろこの公園を一周するだろ? そしたら当然最後はまたあのでっかい中央の樹に行く。そこで上手く言い訳を作って抜け出すんだ」
「な、なるほど……薪君、策略家だね~」
「おい、やめろ。人の恋を指南する策略家とか恥でしかないぞ。人類の恥」
「そ、そこまでだった⁉」
まあ恋っていうのは見てる分にはめちゃクソ楽しいよな⁉
「あいつとこいつがくっつきそう~」とか「あいつあの人のこと好きらしいよ~」とか。聞くだけでテンションあがる。
まあそれを通り越して教室でイチャイチャしてるカップルとかは、もう俺の拳が黙っちゃいないが。
「っていうか、どうやって私たち抜け出すつもりなの? まさか黙っていくわけじゃないでしょうねー?」
「はにゃあ?」
「考えてないじゃん、それ……聞いて良かったよー」
「いやいや、意外と難しいよ? それじゃあ楓はなにかいい案あるのか?」
「はにゃあ?」
「考えてないじゃん、それ……」
ふざけてる場合じゃなくて、ほんとにどうするの?
※
「あっ、見てみて! この桜さっきのクッキーそっくりじゃない?」
「そうだね。それにしても良く見つけたなそんなの」
「たまたまだよー」
楓ちゃんとで写真を撮り終えてまた歩き出してから、また私は光と肩を並べて、光に当たる桜と、舞い散る桜とをゆっくりと楽しんでいた。
何回見ても、本当に飽きない……それくらい夜桜は私の心をその美しさでたんまりと満たしてくれた。
もうそろそろこの円形になっている桜道も一周してしまう。
言うなれば告白までのカウントダウン。
でも不思議と私には恥ずかしさや動揺や恐怖たるものは感じていなかった。
むしろすがすがしい気持ちと言った方が良いかも知れない。
――だってやっと想いが伝えられるんだもん。
ほんとは、本心は「成功して欲しい」と願っているけれど。今なら光からどんな答えが返ってきたとしても受け入れられる気持ちの隙間がある。
もちろん光にも「好き」って言ってもらいたい。
今まで頑張ったんだし、結ばれるのが一番いい。
――だから。
どんな結末が待っていようと、私はこの一瞬を、今を幼なじみとしての光との会話を楽しむ。
だからこんなたわいもない話は決して退屈じゃない。
「そういえば、明日の数学の宿題終わってる、光?」
「あれ、そんなんあったけ?」
「忘れちゃったのー? もう、先生あんなにやってこいよって言ってたのに」
「そんなこと言ってたっけなー……っていうか、その調子じゃ葉月もやってないんだろっ?」
口では言わないもののその妙ににやけた表情からは「本当は答え教えて欲しかったんだろ~」的なからかいが含まれていることくらい、幼なじみの私なら分かる。
ほんと、光そういう人の弱みに楽しそうに漬け込むの好きだよね。
その顔――無邪気に遊ぶ少年みたいな純粋無垢な顔――を何度見てきたことか。
「はいはい、その通りやってないですよーだ」
「ふてくされてません、葉月さん? 仕掛けてきたのはそちらでは?」
「え、そっちだよね? 数学の話してきたのは?」
「おっと、これは中国の当たり屋もびっくりなほどの責任転嫁だ」
「それ、どういう例えよー」
光の変なベクトルのツッコミに思わずぷぷと口に手を当てて笑ってしまった。
なんでいきなりそんなワードが口に出てくるの。
ほんと、光のそういういつでも人を笑顔にしてくれるの上手だよね。
――私がつらかった時。
何度その些細な、本人も自覚してないであろう気遣いに救われたのか分からない。
そんないつものような会話を続けていると、ふと後ろが気になって少し振り返って見ると秋谷君と楓ちゃんがなにやら小声で話していた。
おそらくこの後の算段を考えてくれているのだろうか?
この後のことに向けて自然な流れで私たちと分かれるための「言い訳」的なものを。
――ほんと、二人には感謝しかない。
もし私が悩み部に――あの二人に――相談していなかったら今頃私は家でごろごろして、その想いを秘めたままだっただろう。
そんな私を――楓ちゃんは、元気に、そして優しくサポ―トしてくれた。
そんな私を――秋宮君は、一見だるそうにしてるし、ひねくれてるし、最初は話しかけずらかったけど、なんやかんやで応援して行動してくれた。
歩みださせてくれた二人のためにも、私はこれから覚悟を決めた。
秋宮君の顔が一瞬見えたのだが、やけに渋い顔をしている。
なかなかに言い訳に苦戦しているのだろうか?
そうだ、私も一枚これに噛もう。
っていうかむしろそうして助けるのが義理じゃない?
そんなことを考えていると
「葉月? どうした、そんな考え事して? なにかあったか?」
光が隣から不思議そうに顔をぐいっとのぞき込んできた。
「あつ、ううん。なんでもないよ。ごめんね歩くの遅くなっちゃったね」
「ああ、全然大丈夫よ」
またそういうこと言って。
男子の友達と歩いているときなんてもっと歩くの早いのに。
こういう時に限って無言、本心を隠してで歩幅をこちらに合わせてくれる。
そういうところが――
そこまで思ったところで、急に後ろから優しくて暖かい風がひゅうーと吹き抜けてきた。
まるで背中を押されているような。
――目の前で、淡いピンクの桜がひらひらと舞い散った。
※
「もう少しだね……」
「ああ……案外早くここまで来ちゃったな」
「でも本当にこの案で大丈夫かなー……上手くいく気がしないよー」
「絶対大丈夫だ……やっぱうそ。多分きっとおそらく」
「もうそれダメじゃん……」
そんなこの世の終わりみたいな会話を繰り広げながら俺は楓と「言い訳」の最終確認をしていた。もう一周終わるまで時間が無い。中央の大きなあの木の下まで目と鼻の先。
しかもちょうど、あの桜がライトアップされる時刻に今さっきなった。それ故に目の前では広くおおらかにその美しい翼を広げた桜の木が、豪快にも照らされていた。
「そ、それにしてもすごいきれいだね、あの桜……」
「あ、ああ……思ってた以上にすごい。すごい以外の感想が出てきません」
俺自身「いくらでかい桜がライトアップされるって言ってもそこまでだろ」と見くびっていたのだが、現実問題それを目の前にして口がぽかーんと開きっぱなしである。
「雄大だな」
「……うん、すごいきれい……あの下で、葉月ちゃんはこの後するんだね」
「ああそうだな」
「ロマンチックだなー……」
その言葉の声色が妙に弱く、いつもの感じと違ったのを不思議に思ってふと気になって横に視線を向ける。
楓は視線を桜にむけたまま目を少し細めて、その口角は上がって微笑んでいた。これから起こることをいざ目の前にして色々と思うことがあるのだろう。
羨ましそうな顔、と言ったらだいたいあっているだろう。
――でも、一方でその顔はどこか寂しそうな顔をしている気がした。
何処か、もっと遠くの方まで楓は見つめているようで思わず俺は
「どう? 『恋をする』ってどんなものか少しは分かった?」
と聞きそうになってしまった。
それはいささかこの状況に乗って、楓の真意を聞き出そうとしているようで姑息な手段であるように思えた。
寸前のところで俺は思いとどまる。
これを聞くのはこれが全部終わってからにしよう。
その方がこれからの結果も相まって楓も恋に対するなにかが変わるかも知れない。
それよりも、今はあの二人のこと。
「……あっ! いつの間にか二人あの真ん中に続く道に入ってちゃったよ!」
「あ。いつの間に俺たちの方も歩くのが遅くなっちまってたな」
「ごめんね、ついうっかりしてたー」
「いやいや楓は悪くないよ」
「よしっ! 二人に追い付こうか」
「うん」
「最後だよ、これが最後の私たちの仕事」
「ああ」
「……やり切ろうね、薪君」
「もちのろんだ、楓」
俺たちは歩幅をそろえて歩き出す。
いつだって、俺は楓と同じ気持ちで過ごしてきているんだから。
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