(6)
次の日の22日。
俺は葉月に招かれるまま、昼休みに屋上に来ていた。
なんでも昨日のお昼に月島に四人でご飯を食べる約束を取り付けたらしく、その中に俺も含まれていたのだ。
というわけで、既に他の三人は屋上に集まっており、今まさに「いたたきます」をしようとする所である。
「それじゃあ、みんな集まったことだし、食べちゃおうか」
「うん! それじゃあ……」
「「「いただきまーす!」」」
「い、いただきます」
くそ。どこを向いたって陽キャ陽キャ陽キャだらけ、せめて葉月もこっち側の人間だと思っていたのに、月島といるせいか、やけにテンションが高くなっている。信じてたのに……
「光、また購買のパンじゃん。だから私作ってこようかって言ったのに」
「でも二日連続も作ってもらっちゃ流石に分が悪いよ」
「え、葉月ちゃん⁉ 昨日月島君の分まで作ったの⁉ すごいじゃん!」
「いやあ、全然だよ」
な、なんとそんなことが! 女子に弁当を作ってもらえるなんて、一体どれくらい前世で徳を積んだんだ?
もしかして月島前世ブッタ? それとも重課金ユーザー? 毎日ログインボーナスをもらって、ちょっとずつ貯めてる無課金ユーザーの俺とは大違い。
「それにしても葉月、良くこの屋上使えたな。先生にバレたりしないのか?」
「い、いやあそれがね? 友達に鍵を貸してもらったとき先生にそれちょっと見られちゃっててさ。呼び出し食らったんだよね」
「葉月それマジ?」
月島が焼きそばパンをむさぼりながら尋ねる。
「でもね。先生に正直に『お昼をここで食べたい』って言ったら『なんて青春なの⁉ 素晴らしい! 是非使っちゃって! 他の先生には内緒にしとくわ』って……」
おいそれ教師失格だろ。一体どこに校則違反する生徒の青春に便乗する奴がいるんだ。
「その先生が優しくて良かったねー!」
楓はあくまで能天気だが、ってことは今ももしかしたら他の先生に見つかる可能性があるってことじゃん。やべー、こんなスリルの中食う飯うまっ。これが新時代の食べ方よ。
「おっ、葉月の弁当今日もおいしそう!」
いつのまにか焼きそばパンを食い終わっていた月島が、今にもよだれを垂らしそうな顔をして、葉月の弁当をのぞき込んでいた。
「だーめ。いくらねだってもあげないよ? だって作らなくていいって言われたんだもん」
「あれ、もしかして葉月ちょっと怒ってる?」
「怒ってないよ?」
「いやいや、目が笑えてないけど⁉」
葉月も内心、本当は作りたかったのだろう。作った方が月島との距離も縮むから。
「ちょっとで良いから! お願いします葉月様。その卵焼きを一つ俺に下さい!」
「……しょうがないなー。もう一個だけだよ!」
「わ、マジで⁉ ありがとう葉月! それじゃあ頂きます……うめ~。やっぱこれなんだよなー。葉月、お前天才だよ」
「そ、そんなに言わなくてもいいのに」
うわ、葉月さんチョロくないですか? 好きな人には超優しいじゃん。完全にデレてるやん。
そんな様子を見て楓も同じことを思ったのだろう。
「なんだか二人、付き合ってるみたいだね」
口元を緩ませて、ふんわり微笑む。
いきなりの「付き合ってる」のワードに対して、流石に恥ずかしくなったのか
「「つ、付き合ってないし!……あっ」」
息ぴったりの回答をしてくれた。漫画やん。検索したら君たち出てきそう。
「おい葉月。今のでなんかそういう雰囲気になったじゃねーか」
「そ、それはこっちのセリフ」
「流石、幼なじみだね~」
楓はまんまとしてやったりみたいに、にんまりとする。
「楓ちゃんも、茶化さないでよー!」
「ついつい」
「……もうっ」
葉月はそう言って、体育座りの格好で顔を隠す。
黒が輝くロングの髪が一本、また一本と前に流れていって、顔を覆い隠す。他の二人からは見えないが俺からはそのほんの隙間から、頬がうっすらピンクに染まっているのが分かった。
「あ、そう言えばさ」
突然、月島が思い立ったように話を切り出す。
「明日、川高で部活の練習試合あるんだけど、応援こ来てくれないか? 歓声があった方が俺も、みんなもやる気出るんだよねー」
「でも光、明日は確か雨の予報じゃなかった?」
顔を埋めていた葉月がひょこんと目元だけを上げて、上目遣いをしてくる。え、小動物みたいで……危ない危ない。俺の理性ナイス!
「サッカーはどんなに雨降ってるもやるんだよ。俺、汚れちゃうから嫌なんだけどねー」
「ねーねー月島君、私たちもそれ応援しに行ってもいいの?」
「ああ、勿論だよ! 応援はいくらあっても足りないからね。秋宮も当然来るよな?」
「え」
おいおい、それは話が違うぞ、うん。その日はな、ラノベの最新刊の発売日で――
「お前以外来るんだから、来ないとか言う選択肢無いよなあ?」
「もしかして俺に拒否権ってない感じ?」
恐る恐る確認してみる。頼む、俺アメリカが良い! イギリスが良い! 常任理事国であれ!
「ないよ?」
「ないよ薪君!」
「あるわけないね、秋宮君」
「総攻撃⁉」
俺は日本だったか……でもいいもん! 僕日本人だからいいもん!
「……分かったよ、行きます行きます。行かさせてください」
「なんでちょっと不貞腐れてんだよ」
俺のひねくれた態度に、月島は、ははと笑う。なんで俺、こいつにこんな好かれてるんだよ……いや別に良いんだけどね? こっちとしてはありがたいけどね?
「その代わり、お前が面白いプレーしたらヤジ飛ばすから覚悟しとけ」
「おっいいねー。それくらいの緊張感じゃないと楽しくないからね」
くそ。俺がイジッても、さらりとカッコよく返してきやがる。イジりが不完全燃焼して、なんか腑に落ちなくて悔しい。
「頑張って、光!」
「おう!」
「なんだか、楽しみ! 私こういうの初めてかも!」
話がまとまって、みんなの週末に楽しみが一個増える。
うーむ。よくよく考えてみると、俺、ごく自然とこの会話に馴染めてるような気がする。
対して喋りはしないものの、居心地が悪いものでも殊更ない。この四人で話すのも……悪くは無いのかもしれない。
「よっしゃー頑張るぞー! ボールを見失って、頭にぶつかることだけは避けないとなうん」
「おっと月島、その話はそこまでだ」
しかし、こいつはこいつでかなりの曲者であることは確かだ。
いつかちゃんとこいつに首輪をして、飼い慣らさないとな。
※
次の日。
月島が言っていた、サッカー部の練習試合当日。
俺と楓と葉月は、休日の午前中にも関わらず、川高のグランドを訪れていた。
昨日葉月が言っていた通り、生憎天気は雨。おかげで校庭はある種の池となり、そして濁った湖が何個も出来ていた。
泥の匂いが鼻を掠める。気温もじめじめしていて、どことなく気分が俯きがちになってしまうのは、良くあることであろう。
「ほ、ほんとにこんな中でやるの? 光、けがしないかな……?」
俺の隣で不安そうなに目を細め、アップ中の光を一点に見つめる葉月。
「大丈夫だよ! 月島君だってこういう中で何回もやってきたんだろうし」
「それなら……いいんだけど……よしっ、頑張って応援しよう」
「ああ。今はそれだけを考えようぜ」
「うん。っふー……頑張ってね~! 光~!」
無情な雨に気分まで流されないよう、葉月が名一杯の声で傘を持ちながら声を張ると
「お~! ちゃんと俺の活躍見ててくれよな~!」
この天気にはとても似つかわしいほどの笑顔で、月島は手を振ってくる。彼のところだけ、この天気が嘘みたいに晴れているような気がする。
やれやれ。この男はどこまでも完璧すぎる。恐怖まで覚えてしまうほど。
そんなこんなでしばらくすると、両チームがアップを終え、いよいよ練習試合が始まった。
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