第一章 すべての終わり、すべての始まり。
(1)
4月11日。
俺たちは今、新たな物語の瞬間に立ち会っている。
なにか秘密基地のような、特別感のあるこの校舎裏に、向かい合う男女がいる。
女子は白い頬をほんのりと桃色に染め、男子はこれから起こるであろう事象に正気を精一杯保とうとしている。
「あ、あの……わざわざ来てくれてありがとう、ございます」
「い、いやあ大丈夫……です」
あまりの緊張に敬語になる二人。たどたどしいこの感じ、たまんないねえ。
「その、ね。話っていうのはね……」
「う、うん」
「……」
そこでしばらくの沈黙。女子の方はじっと俯きながら手弄っている。
あと一言だぞ! その少しの勇気で彼らは、幸せのピンク色に染まることが出来る。
「……」
まあそうだよね。うん、知ってた。それが簡単に出来たら、世の中の恋なんぞ吐き捨てるほど溢れている。
「えーとー、ね? つまりどういうことかというと……」
おいおい。これじゃあずっとこんな感じで結局自分の想いを伝えられないで終わっちゃう! どうしよう!
って。どうにもならないんだなあー実は。
「お、俺、君のことが好きだ! ずっと前から好きでした! 付き合ってください!」
「……え? え、え、ちょ、ちょっと、え、待って。え⁉」
おっと~! ここでまさかの男子の方からの告白! これには想定外すぎて、流石に女子の方もびっくりしている!
「お、俺じゃダメ、かな?」
「……う、ううん! 全然! というか……私も、同じ気持ち、だから。ちょっと、びっくりしちゃっただけ、だけ、だから」
「じゃあオッケーって、ことでいい、かな?」
「……うん! こちら、こそ」
はあー。てえてえ!
今まさに青春の芽がここに生まれた! 素晴らしい純愛! なんという綺麗な物語! 完璧すぎたな、俺。
しばらく余韻を楽しんでいた二人であったが、やがて男子が去っていくのを確認して、俺たちは物陰から女子の所へと向かう。
「上手くいったみたいだね」
「は、はい!」
「まさか彼から逆に言ってくるとは思わなかったよ!」
俺の隣で共に見守っていた女子――楓がやや興奮気味な声色で言った。
「わ、私もすごいびっくりしちゃったけど……結果的にあっちの素直な気持ちも知れて良かったです!」
「それじゃあ、お幸せに」
「仲良くしてね!」
「はい! こちらこそ、急なお願いにも関わらず依頼を受けてくださってありがとうございます! 本当にお礼はいいのですか?」
「構わないよ。ただどうしてもと言うのならこの『悩み部』のことを他の人にも是非紹介して欲しいな」
「も、勿論です! ありがとうございました!」
そうして俺たち「悩み部」はこの場を後にした。
※
「いやあ、本当に感謝しかないです。ありがとうございました!」
次に俺たちは先ほどの男子の所へと向かった。
「全然。予想通りに事が進んで良かったよ、なあ楓?」
「うん! もう完璧な流れだったよ!」
まるでチェスのプロになったかのように、あの盤面を上手く操作出来ていた。これにはアダム・スミスもびっくり。『神の見えざる手』発動しちゃったね……うん、違うね。
「それにしても」と男子は不思議そうな顔をする。
「今回が初めての依頼だったんでしょ? しかも今日いきなり。よくもこんなに出来たね」
「まあ多少は手こずったけど……初仕事だし、はりきって最善を尽くしたつもりだ」
「本当に、君たちがいなかったら今俺はこんなにも幸せじゃなかったもしれない」
「いやいや! 私たちも恋模様が間近で見れて良かったです!」
「本当にありがとう! 改めて礼を言うよ!」
そうして彼は、軽やかな足取りをして何処かへと向かった。
トンッ、トンッ、トンッと愉快なリズムが地面に、彼の柔らかい心に弾けていた。
――さて、みなさん。
お気づきの通り、これはあらかじめ成功するように仕組まれていました。
まず、先日作成した「悩み部」のホームページを見てみると、活動開始一日目にして依頼が。それは至極単純で「告白したいから誰も来ないように見張ってて欲しい」という旨。
早速、依頼主のもとへと向かい、告白の場所や時間の打ち合わせをした。俺たちは物陰に隠れてたのはそういうわけだ。
だが、ここで俺は依頼主と会話をしていて一つ閃いてしまったのだ。
「あれれぇ~? これ、両想いじゃん」
次にもう一つ頭に浮かんだことがある。
この人はひどく臆病で恥ずかしがり屋な性格をしている。少し話しただけでも分かるほどに。もしかしたら……いざ本番で言い出せなくなるかもしれない、と。
そこで俺は思い切って、告白相手である男子にあらかじめ告白のことを伝えておいたのだ。
「あなたは今日好きな人から告白される。ただそれを言い出せない可能性があるから、相手が言葉に詰まったら自分から告白しろ」
しかも、なんとこの二人。噂によると、前々から二人でいるところが目撃されており、よく男子が依頼主の女子を遊びに誘っているのだそう。
こうすれば、女子からすると告白相手が実は自分と同じ気持ちだったと分かり余計嬉しく、男子からしたら、好きな人に想いをごく自然と伝えられて両方ハッピー。
結果、その通りだった。
いや俺天才過ぎない⁉ いやマジで?
しかもこれがこの「悩み部」の最初の仕事。スタートからこんな神プレイをするなんて、幸先がよろしくて~! オホホ!
「でも、ほんとに上手く行っちゃったね……すごいよ! 薪君!」
勝ち誇った気分でいる俺に、隣からパートナーが声をかけてくる。
「まあね。これくらいやっとかないと、今後来るであろう、もっと難しい依頼に上手く対応していけないだろ?」
「た、確かに!」
彼女はポンと手を叩いて納得する。
「じゃあこの調子でじゃんじゃん頑張っていこうー!」
「おー」
――悩み部
それは、あらゆる人の恋の悩みを解決する部活。
結成四日目にして、今日が初仕事。
ここから先へ話を進める前に、この部活の馴れ初めについて話しておく必要がある。
この部活の真の意味を。
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