第二章

地の底よりの帰還者

第26話 地の底よりの帰還者 〈1〉

 


 黒数城内、竜骨市街区最深層〈蒼宮〉――。


 その最上階。

 薄闇の中で円卓を囲むのは異なる種族からなるごく限られた小集団だった。

 華美に過ぎず、さっぱりと身なりの整った出で立ちは、彼らがそれなりに高い地位にいることを示している。

 そして今、彼らの眼前――円卓の中央には魔咒術による立体映像が展開されていた。

 銘々がその映像を見つめ、ある者は深刻な顔で、またある者は興味深げに、別の者は胡乱そうな表情を浮かべ、それぞれの思慮を巡らせていた。

 その映像とはすなわち――

『あ、ああ、あ、ああああああああああああああッ!!』

 禍々しく、そして狂おしく咆哮する災害級の黒竜。

『あきらくん、あきらくんっ、ああああきらぁぁぁあああああああああああッ!!』

 先の邪竜襲来の模様、その一部始終を記録した咒術映像だ。

 想像を絶する凄惨な姿形をした巨竜。どの竜種にも属さぬ、異形の怪物。

 異界での呼称を〈白糸菊理シライトククリ〉とする個体――その姿、その所業にその場の誰もが固唾をのんで魅入っている。……その場にいる二人の人物以外は。

 腐肉の塊、と。果たしてそう口にする者もいた。

 竜の体表はあちこちから腐りかけた無数の人間の腕や足が生え、臓物めいた鮮紅色の肉が露出し、膨れた身体がまるで蛭のようにぬらぬらと禍々しい光を帯びていた。見かけから雌雄の判断は出来ない――むしろ雌雄の特徴をどちらも備えたアシンメトリーの竜だった。

 ……だが、映像はその竜が自壊しはじめ、結果的には〈緋色の勇者〉の手により竜玉が砕かれたことによって屠られたところで終わっていた。

「――本件に関しては、反長老派ならびに反親和派の竜や竜人たちが動いているという事前情報はありませんでした」

 円卓の中央席に座す人物の傍に控えた女秘書官が告げる。

「また、中元節中の出来事ということもあり、彼らが動く可能性も低かった」

「人間以上にそういったしきたり・・・・には敏感な連中だからな」

「ということは竜以外の何者かによる犯行であるということ、かな?」

「現時点で断定はできませんが」

「……なるほど」

「したがってこれは未知の勢力によるテロ行為……そう捉えることが妥当です」

「市骸区に〈緋色の勇者〉とその一党がいると知ってなお動いたと?」

「そうなるでしょう」

「……差し出がましいようだが、次期の和睦会談はやはり中止にすべきかと思うがね? 竜骨市骸区長」

 その場に集ったほとんどの者がその意見に頷きかけたときだった。

「――中止、か。僕はそうは思わないぞ?」

 澄んだボーイソプラノの声が響き、一同をざわつかせる。

「区長!?」

「皆もすこし考えてみてほしいんだ。これはむしろ我々人に準ずる種族と竜とが手を取り合い、新たな脅威に立ち向かう好機だとも捉えられるのではないか? 足並みを揃え、共通の敵に立ち向かうよいきっかけになる、と」

「しかし……」

「なにも心配することはないだろう。我々はこういった事態に備えて計画を進めてきた。違うかい? 此度の事はむしろ計画を最終段階へ引き上げるよいタイミングとなった。そう考えてしかるべきじゃないかな?」

「例の〈人竜実験〉、か。状況はどうなっている?」

「きわめて順調だよ。それに先の黒竜は非常によいサンプルとなった。解析は火蜂化成に任せている。皆さんもご覧になるといい」

「然り。竜と人との融合、そして性能強化に解呪の方法までも貴重なデータを収集するこの上ない機会となった」

 これもまた区長の傍に控えた研究者と思しき人物がそう告げる。

「……人と竜。それが再び手を取り合わんとするこのタイミングでの襲撃。いささか都合がよすぎるのではないかな?」

 仙狐とみられる小柄な影が訊ねれば、場に居合わせた者たちは沈黙し、区長と呼ばれた者だけが暗がりで口の端をにぃ、と釣り上げた。

「まあ、いい。人族のみならず、あまたの種族進化のサブアトラスを書き換えるという件の計画……勝算はあるのかね?」

「もちろんだとも。そのための〈竜胆党〉だよ」

 静止した映像が消され、照明が灯る。

 その中で不敵な笑みを浮かべ、一同を見渡しているのは人の子の姿をした異形だった。そしてもう一人――。

「それに、もしものときのバックアップは既にとってある。そうだろう、トワイライト先生?」

 背後に控えていた正装姿のトワイライトがそれに応えて進み出る。

「如何様にも」

 居合わせた誰もが出し抜かれたとほぞを噛んだ。しかし、誰も彼もが――間に合わなかった。気づいたが最後、彼らの肉体は冷たい黒縄でもって何重にも縫い留められていた。

「貴様らっ……図ったな! 図ったなぁ……! アシェラガラン……!」

「ひどいなァ。慈善事業といってくださいよ。ねえ、区長?」

 トワイライトがどす黒いメスを掲げてみせる。その異形の美貌に底知れぬ笑みを浮かべて。

 竜骨市骸区長――アシェラガランは何も答えずにただ慈悲深く微笑むだけだった。

「それでは、〈手術オペレーション〉を始めましょうか」




 第二章



 竜骨都市――地下迷宮・第四層深部。

 太陽の光すら届かないそこにはしかし、生い茂る緑によって浸食され、朽ちた回廊が広がっている。それはかつて古の時代を生きた矮人ドワーフたちの手で掘り進められた坑道であり、彼らの築いた地底大神殿へと続くはずだった回廊だ。迷宮はそれ自体が生物であるかのように日々変化を繰り返す。そうした地形の変化に巻き込まれ、現在の形になったのがこの『無軌道回廊』である。

 神殿へ至る聖道と切り離され、延々と曲がりくねった地下回廊が続く領域と化したこの界隈は魔物が出ることもあり、中級探索者にとっては恰好の狩り場となっていた。

 迷宮第四層の諸領域ともなると、三層までの狩り尽くされた迷宮とは異なり、本物のダンジョンが広がっている。そのため、観光目的の一般人は殆どおらず、探索者かシェルパを伴った地図士、魔物商人の姿が目立つようになる。

 ……ベースとなる昇降機乗り場から離れた回廊の奥――ちょうどシャグラン監獄へと続く入り口部分。人気もなくなるその場所で、複数の魔物を相手に立ちまわる探索者の姿があった。

 がぃんっ、がぃん、がぃん――。

 剣戟の調べが響き、柘榴色の円外套が翻る。

 艶やかな銀髪を靡かせた美貌の探索者が、四方から迫りくるシャグラン囚人兵を相手に剣を振るっていた。

 探索者の姿は小さく華奢で、まだ十かそこらの年頃の少女のものだ。一方、囚人兵はどれも二メートルを超す獰猛な体躯をしており、両者の体格差は歴然だった。

 ところが、少女探索者はそんな差など構うことなく果敢に立ち向かっていく。

「ふっ――!」

 鋭い呼気と共に踏み込み、一対の双剣〈涅姫くりひめ〉と〈猩々花しょうじょうか〉を振るい、目にもとまらぬ早業で相手の素首を落とす。首を失い視界を欠いた包帯だらけの体が出鱈目な方向を向いた隙を窺い、思い切り蹴倒す。

 身を翻した探索者――明はシャグラン囚人兵たちの死角へと素早く身を隠した。

 標的を見失った兵士たちは再びのろのろとその場を徘徊し始める。

 シャグラン囚人兵。彼らはアンデッドの類に入る魔物だ。シャグラン監獄の永劫炉に虜囚として捕えられたまま数百年が経ち、積年の怨念に応えた不死王が彼らに昏き不死の命を与えたのだ。

 呼吸を整え、物陰から飛び出した明は一体の囚人兵の胴体へと突進をかます。バランスを崩した囚人の頸をまた刎ねる。倒れてくる胴体を避け、次の――最後の獲物へと向かって跳躍する。シャン、と二刀の刀が交叉し音を鳴らした瞬間、全てが終わっていた。

「はっ……はぁっ……」

 呼吸を整えながら、周囲の様子を窺う。

「……ここで三。ここまでで八。合わせて十一か」

 首を探してのたうつ囚人兵に止めを刺すと、明は周囲を見渡した。

 これ以上、何かが出てくる気配はない。ここまでで自分が引き付けた魔物は全て倒したようだ。

 短く溜息をついて、双剣をそれぞれ腰のホルスターにしまう。

 明は屠った囚人のポケットや首回りなどを丁寧に調べ、シャグラン監獄の鍵を探して回った。彼らは元は囚人だが、稀に房の鍵を持っていることがある。それがあれば監獄地帯に無数にある部屋を調べることができ、運が良ければ希少な古代の遺留物を手にいれられる。部屋は既に開けられたものからそうでないものまで様々だ。シャグラン監獄はかつて迷宮一の規模を誇った凶悪犯収容所で、これもまた中級者から上級者むけのダンジョンと化している。

 黒竜討伐から、約二カ月。

 明は竜胆ロンダン党のメンバーとして、そして屠龍師ジャヤの弟子――見習い屠龍師としての修行に明け暮れる日々を送っていた。

 〈転生〉による心身の不均衡はほぼ消え去り、ようやく魂魄がこの世界で新たに得た肉体に定着し、体も思い通りに動くようになってきた。

 今日は修行の一環としてこの領域まで単独で潜り、デミアンデッドであるシャグラン囚人たちを相手にしていたのだった。

 ぎりぎり人の手が入った迷宮であり、なおかつ未踏領域もそれなりに残されたこの領域が今の明にとってちょうどよい狩り場となっていた。

「結局鍵は三つ、か」

 今日屠った囚人どもがドロップした監獄の鍵は合計三つ。仲間を誘って監獄の宝探しを行うにはもう少し鍵が必要だろう。図嚢に鍵を詰め込み、水を一杯呷って水筒も一緒にしまう。

 ……どうせならかつての囚人が所持していたという毒剣を得たい、というふんわりとした欲望もあるが、この分だと道のりは険しいだろう。

 今の明は目下シャグラン監獄の鍵集めに没頭し、また通常のモンスターだけでなくアンデッドを相手にした立ち回りを学ぶことに注力していた。

 さて、今日はこの辺にして帰路につこうか――そう思ったときだった。

 明の前後。進路と退路の両方を断つ形で突然現われた二つの影が、明の行く手を阻んでいた。

 誰にもつけられている気配はなく、また監獄から誰かが上がってくる気配もなかった。だというのに、こうして接近を許してしまうなんて――。

「なんのつもりか知らないけれど、監獄の鍵ならろくな本数持っていない。……言いたくないけど、装備だって一級品はなにもない」

 少女にしてはやや低い声でそう告げても、相手は――二人とも構えを解かず、一顧だにしない。

 探索者ではないのか。少なくとも奪略者ではないようだ。

 両者とも深部潜行用のやたらごついガスマスクを装着し、漆黒の強化外套で身体を覆っているために正体が推し量れない。

 片方……明の前方のやつは小さく華奢な体躯をしている。背丈だけ見るならば明よりも小さいくらいだ。後方のやつは逆。明よりもはるかに大きく、聳えるような長躯に獰猛な体格――ちょうどジャヤのような、いかにも前衛職めいた体つきをしている。おそらくは前者が魔術師か何かの後衛、後者が前衛として立ち回るよう役割を分担してくるはずだ。

「一応聞くけど、どっちか話をする気はないの?」

 反応は返らず、代わりに間合いをじりじりと詰められる。

 こんな半端な迷宮内で宝にもモンスターにも目もくれず、わざわざなんてことのない明に狙いを定めたということは、こちらに用があるということだ。

 誰かに怨みを買った覚えはないが、実力には分不相応な一流クランである竜胆党に身を置き、〈緋色の勇者〉と謳われる屠龍師ジャヤに師事している身、おまけに異世界からの転生体。どこでどんな噂が立っているかわからない。

「……いいよ。オレに用があるなら、かかってくるといい」

 逃げれば厄介なことになるだろう。それにどの道逃げ場もない。それなら、戦うしかない。

 明は再び刀身のうねる一対の双剣を構えた。転瞬。

「いっくよ~!」

「っぅえッ!?」

 なんと最初に攻め込んできたの小さな襲撃者の方だった。

 それも瞬時に巨大化した漆黒の剛腕をふるい――

「よっしゃー!」

「くっ!」

 自らを武器として明に牙を向いたのだ!

 双剣で漆黒の手――その凶爪を受け止め、なんとかぎちぎちと押し返してゆく。でも、なんという馬鹿力だろう。腕ごと剣が砕かれてしまいそうだ。

「なんっ――だよ、おまえ! なんだっていうんだ!」

「初手、合格っ。えらいね~、ちゃんとぼくの攻撃を受け止められてる。じゃあ次いってみよ~!」

 ずざっ、と一瞬にして滑るように後退りした相手がバネのように全身をしならせ再び明に襲いくる。

 この短距離でこの跳躍力――今度は受け止められない。否、受け止めてはいけない。

 くるりと身を翻して相手の腕に滑らせるように攻撃を躱す。爪が服越しに肌に触れた瞬間、ぞくりと全身が総毛だった。冷たい氷を背中に投げ入れられたみたいだ。

「ああん! 以外と素早いなぁ」

 勢いのままに振るわれた拳が固い筈の岩盤を穿つ。まるで戦槌のようだ。一瞬前まで明がいた箇所の足場に穴が穿たれ、円状に脚元が崩される。こんな一撃を浴びれば最後、明などひとたまりもなく死んでしまうだろう。無論、転生など許されはしない状態で。

「判断力も鈍くない。いいね。ぼくはきみが好きよ、アキラくん」

「……おまえ。オレを知っているのか」

「知ってると言えば知っているけれど、まだ十分じゃない。だからぼくはもっときみのこと知りたいのさ。――ジンくん、冥霧を」

「応よ」

 巨躯の男が印を結ぶ。途端に周囲に霧が立ち込め、回廊は白い闇に包まれた。

 先入観のせいだ、と明はほぞを噛んだ。完全に読み間違えていた。男の方が術師だったのだ。

 ……音はない。完全に気配も消えた。

 いつ、どこから攻撃がくるか分からない。

 いつかジャヤに教わった通り、明は敢えて目を閉じ、意識を集中させた。軌道を視る。気の流れを掴む。必ず、その瞬間はおとずれる筈――

「っ……!」

 白い闇を切り裂き突き出された右手が明の肩を僅かに削いだ。柘榴色の外套が裂けて、薄く血が滲む。完全とは言えないが、躱した。だがすぐに次が来る。左手。今度は円外套に穴が穿たれる。相手は霧の中にあってもおかまいなし、明の姿が完全に視えているようだ。それでいて、楽しんでいる。否、試している……? でも、何を。

 しかし、明には見えない。こうして意識的に軌道を〈視る〉しかない。これをずっと続けるなんて無理だ。集中を欠いたが最後、やられてしまう。

 次から次へと繰り出される刺突や薙ぎを間一髪で躱しながら、状況を打破する術を必死に考える。

 ……オレの方が弱い。なにをとっても、どこをどうしたって。攻撃を躱すのだって紙一重だ。それどころか、徐々に追い詰められている。

 ならば、それならば――いっそ。

「――ッたらぁっ!」

 やつが突き出してきた爪を受け止める。ただし――

「ぐっ、あぁっ……」

 自分の体で。

 肩を貫かれた明は痛みに狭窄する視野を必死に保ちながらやつ・・の手首を左手で掴み上げた。

「捕まえ、た、ぞ……っ! そして、くたばれ!」

 そのまま〈涅姫〉を突き出し、心臓の位置にぐるりと突き立てる。刃が肉にめり込む感触、切っ先に鼓動を感じ、生温かい血が吹いて明の顔を汚し、そして――

「ひゃあんっ♡」

 眼前に縫いとめていた体が、弾けた。全身にどす黒い血を被り、明はその場に立ち尽くすのみ。霧があっという間に引いてゆく。

 吐息が零れる。まだだ。もう一人、巨躯の男が残っている。

 ぱち、ぱち、ぱち。

 しかし、霧が掻き消えると同時に響くのは拍手の音で。

「はぁ~~! 満足っ! 実にお見事だよ、アキラくん。肉を切らせて骨を断つ、かあ。そうくるとはなぁ。ルシャちゃんもなかなか厄介な子を引き入れたものだね~。でしょ、ジンくん」

「うるせえよ、いちいち同意を求めンな。おいガキ、肩見せろ。さっきこいつに潰されただろ」

 図体の大きい方が明の肩を掴み上げた。遠慮のない触り方に、明は身を捩って逃れようとした。トワイライト以外の治療を受ける気など毛頭ないし、奴以外の男に触れられたくもない。

「触れるなっ!」

「逃げンじゃねえよ子犬、治療するだけだ」

「子犬って……」

 言うが早いか、明の傷に触れた手指から黒い霧が小さく迸る。と、痛みが引いて、みるみるうちに傷が塞がってゆくではないか。

「えっ、コレってどういう……」

 トワイライトの呪医術や胡の符咒とも異なる現象に、明は目を丸くした。

「ジンくんはね、こうして全てを煙に巻くのが得意なんだよ。時間の流れや起こってしまった事象を神様の目を欺いてほんの少し捻じ曲げる……とでもいうのかなぁ。ま、彼は永久に反抗期なんだよってことでひとつ」

「うっせ! ヴォケ、あとで殺す」

 しかし、最も不思議なのは先ほど眼前で弾け飛んだ筈のやつが目の前でこうして喋っていることだ。その外套には傷一つついていない。

「ふふ。きみがさっき殺したのはぼくの影なのさ。ぼくはどこにでもいてどこにもいない。まーとりあえず、テトラって呼んでよ。よろしくねえ」

 ぷしゅっ、とアタッチメントが外される音と共にガスマスクがずり落ちた。

 現われたのは少年とも少女ともとれる、幼く中性的な美貌だった。蒼い巻き毛に赤い光を宿した白銀色の眠たげな瞳。薄い唇にほんのりと猫めいた笑みを浮かべている。

 併せて、明を治療した巨躯の人物もマスクを外してこちらを向いた。蜂蜜色の肌に、彫の深い精悍な顔つき。獣の鬣のような黒髪が良く似合う青年だった。血のように真っ赤な瞳が印象的だ。

 どこか凸凹した組み合わせの二人は、明に向き直った。

「ぼくらは二人とも屠龍事務所〈紅燈籠ホンタンロン〉の所員だよ。そしてもちろん竜胆党のメンバーさ」

「えっ」

「なにビビってやがンだよ。織り込み済みなんじゃねえのか? あァ?」

「七層に湧いた巨人種と五層の吸血鬼どもを封じて地上に戻りがてら、ニューカマーであるきみの様子を見にきたんだ。あれえ? ジャヤちゃんからぼくらのこと、聞いてない?」

「…………聞いていません」

 そういうことか。明は全てを理解した。

 ルシャテリエライトの時と同じだ。ジャヤはこういうイベントをすべて隠し、明を徹底的に鍛えるつもりなのだろう。もしくは純粋に忘れているかどちらかだ。

「ああ、もう……あのジャヤ……お師匠様はっ!」

「んん。いろいろと複雑そうだけど、大丈夫かい?」

「……大、丈夫、です」

 なんとか怒りと混乱を堪えて返事をした明をみとめ、テトラは柔らかく微笑んだ。

「やっぱりジャヤちゃんの弟子ならこうこなくちゃね~」

 そうのたまうテトラは妖艶で、笑顔だけならハルに負けず劣らず可憐だった。

「それじゃ、事務所まで一緒に帰ろっか? ところで地上は今はお昼? それとも夜かな?」

「えっと……もうすぐ日没の筈、ですけど……」

「それならよかった。日光はどうにも苦手でね。アキラくん、こう見えて、ぼくも吸血鬼なんだ。ついでにこの監獄の元永劫囚さ」

「俺は吸血鬼ハンター、のようなものだ」

「…………はい?」

「きみの血は異界産だよね。今度少し飲ませてくれるとうれしいなあ」

「おまえ少しはいい加減にしろよ」

 屠龍事務所・紅燈籠には想像以上に多様な人員が所属しているらしい。

 明の常識の枠組みパラダイムなど、すぐに破壊してしまう程度には。




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