第8話 竜骨都市には幾多の迷宮がある 〈4〉


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 夕刻。

 地上――そう呼べるのは第二層迄なのだそうだが――に戻ってきた明たちは、竜骨都市の中でもとりわけ華やかな区域へとやってきた。

 道の両脇に並び立つ楼閣はどれも壮麗で、見るからにお金がかかっていそうな建物ばかりだった。

「大丈夫? 疲れてない?」

「まだ平気、です。けど……足は少し痛いかもしれない」

 慣れないヒール靴で一日中歩き回っていたのだ。少しと言ったが、本当はけっこう痛い。靴ずれでもできているのかもしれない。無理もないことだが、この男の前で弱みは見せたくない。明としては意地を張るしかなかった。

「ごめんね。もう少しだけ歩くけれど、いいかな」

「……はい」

 疲労感を覚えつつも、素直に頷く。

 いつしか周囲の店々の提燈に火が灯り、赤や橙色の華やかな光が暮れなずむ街を彩り始めていた。

 そういえば、いつの間にか周囲の店で客引きをする層も男性より女性のほうが増え、彼女らの服装は皆美々しく飾り立てられている。人間に小妖精、獣人、矮人。種族もさまざまな女性たちがそれぞれの魅力を最大限引き立てる格好で客たちを誘っている。

 気のせいか辺りには甘い香りがたちこめているように思えた。女性たちの纏う馥郁たる香気が明たちの元まで届いている。

 逆に周囲をゆくのは男の方が多い。あるいは女性を伴って歩く者たちの姿も少なくない。

 通りをゆっくりと歩き、値踏みするように、あるいは誘蛾灯に誘われるかのように各々がいつのまにか楼の中に消えていく。

 明も日本で似た光景をみたことがある。雅さや華やかさではこちらの世界のほうが勝っているが――

「あの……お師匠様。このあたりって、もしかして」

「うん。酒楼や妓楼、あるいは異種族専門の娼館ばかりだよ。ここは残骸ざんがい地区の歓楽境・艶翅街エフェメラさ」

 ジャヤはなんでもない顔でさらりと言ってみせる。これも当たり前の光景だといわんばかりの態度だ。しかし、明としては知らぬ間にとんでもないところへ連れてこられたという驚きのほうが強い。それに怒りに似た感情も湧き上がってくる。

 ジャヤはどうにも説明を省きがちなところがある。考えも読みにくい。明としては振り回されている気にしならない。

「メイくん、君はこういう場所は初めて?」

 明の態度が固くなったことを察してか、ジャヤがそう訊ねてくる。

 日本で明がどう過ごしていたか。

 同世代の女の子や、年上の女の人と一緒にホテルに入ったことがあるとか、年齢を偽って酒を飲んだことがあるかとか、そういう意味あいを指すのなら。

「喋りたく……ないです」

「ふうん。まあ、いいけどさ」

 賑やかだった表通りを過ぎ、小高い丘になっている場所を上っていくと、一際大きく華やかな建物が見えてきた。なんというか、華やかでも他とは違う気品がある。この艶翅街の中でも一線を画す場所なのだということが明にも一目でわかった。

「君が探索者や屠龍師をどんな人間だと捉えているのかわからない。だけど、彼らは夢見がちな生き物だ。勝っても負けても、その日の憂さを晴らさないではやっていられない。一夜の夢や忘却を買いに、みんなここへやってくる。そういうものだ。覚えておいて損はないよ」

 そう語るジャヤの口振りはどうしてか少し冷たい。

 ……ジャヤはなんだってこんな歓楽境に自分を連れてきたのだろう。

 ただ単純に夕飯を取るためだなんて、とてもじゃないが考えられない。自分の食い扶持は自分で稼げ、そういうことだろうか。

 今の明には金がない。仕事もなければ、身よりもない。何もない。屠龍師の弟子になったはいいが、装備品すらもっていないのでは修行のしようもない。

 明がただ一つもっているもの、それはこの世界で与えられた少女の肉体だ。それを売って食い扶持を稼げとでもいうのだろうか。

 それとも、まさか――対価を求めている?

 屠龍師として明を育てる代わりに、明に差し出せるものといえば身体だけだ。実際、手術だか治療だか房中術かなんだか知らないが、トワイライトは明を犯し、気とやらをやり取りすることでこの数日明を傍においていた。でも、もし明に渡せるものがなかったら、あの男は自分をどうしていただろう。

 考えれば考えるほど恐ろしくなった。

 眼前にいる男のことも、今はとても――怖い。

「ついたよ。メイくん」

「あのっ! わたし……やっぱり、医院まで戻っ」

「だめだよ」

 踵を返そうとする明の腕を無理やり掴むと、ジャヤは館の扉を開けた。

 温かく馨しい香気と光が溢れ、明を包み込んだ。



「これはこれは、クメールルナ様。今夜はどの娘たちをご所望で?」

 昼間に会った妖弧の胡と同様、狐狸精のボーイが寄ってきて、ジャヤを厚くもてなした。

 ジャヤが上客であるからか、はたまた屠龍師で〈緋色の勇者〉だからか――おそらくその両方が理由なのだろうが、ボーイの対応は他の客相手と明らかに違っていた。

「〈翡翠〉も〈白檀〉も、ご用意することができますが」

「今夜はハルさんのところに用事があってきたんだ。彼女、今夜は空いているよね?」

「はい。おりますとも」

「ありがとう。あとで〈白檀〉にいくから。アイリスとソルテ、あとラクシュミがいたら呼んでおいて」

「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ」

 ボーイはうやうやしく礼をしてジャヤを見送る。明は事態が飲み込めぬまま、黙って後についてゆくことしかできない。

 広間のような部屋を通り掛かると、めいめい好きなように寛いでいた女の子たちがジャヤの姿をみて駆け寄ってくる。そうでなくても、微笑みかけたり、手を振ってみせたり。なんらかの反応を皆が示すのがすごい。もっとも演技なのか本心なのか、明にはわからなかったが。

 だが、彼女たちがどういう仕事をしているのか、何が目的でここにいるのか、それだけはもうわかっていた。

「ジャヤ! 今夜は相手してもらうんだからね」

「ああん、今日はあたしの番なのにぃ」

「ごめん。あとでちゃんと寄るからさ。少しハルさんと話があるんだ」

「約束よ?」

「ちゃんと戻ってきてよね~」

 ジャヤが出した名前……「ハル」という人は随分と影響力があるのだろう。それを聞くと女の子たちは納得したような顔で頷き、あっさりと引き下がる。

 広間を通りすぎ、薄明かりに照らされた廊下に出ると、個室の並ぶ空間があった。そこを真っ直ぐに進んでいく。

「……皆、好きなんですね。あなたのこと」

「ボクが屠龍師で、緋色の勇者だって言われてるから。ただそれだけだよ」

「……お師匠様は信じていないんだ。誰のことも」

「そうかもね」

 案外、的を得ていたのかもしれない。明の皮肉にもジャヤは黙って微笑むだけだ。

「ついた。ここだよ」

 行き止まりでジャヤは明を一度振り返ってみせた。

 楼閣の個室の中でも一番立派な扉の前に立つと、ジャヤはドアノッカーを打ち鳴らした。

「ボクだよ。彼女を連れてきた。入ってもいいかな?」

 ややあって、室内から「よいぞ」と答える声が聞こえた。凛としたよく通る声は僅かに甘く、鈴の音のように美しかった。明の胸が自然と高鳴る。

 扉を開けたら最後。中に入っちゃだめだ。なぜだかそう感じた。でも、もう遅い。

 ジャヤが扉を開く。

 花の中の花。イランイランの香気が明の肺腑に満ちた。

「遅かったな。今夜はもう来ぬのかと思うた」

 天蓋つきの寝台の上で煙管をふかしている少女が、明たちに視線をくれていた。

「あ……」

 そこに在る圧倒的な美貌に、明は思わず息を呑んで固まってしまった。

「ほれ、どうした。もっとちこう寄れ」

 花弁のような黒髪を床に溢し、立ち上がった少女が二人を招いている。

「行くよ、メイくん」

 ジャヤに背中を軽く叩かれ、ようやく明は一歩進み出ることができた。背後で扉が閉まる音がした。

 少女が――年の頃なら十歳前後といった姿形のひどく美しい少女がまっすぐに明を見ている。

 青みをおびた艶やかな漆黒の髪に、紫水晶を嵌めこんだかのように煌めく瞳。柔らかくしなやかな曲線のみで描きだされた輪郭を覆うのは、紅い薄絹の旗袍ドレスだけ。ただし、隠すべきところを十分に隠し切れていない衣装をドレスと呼んでよいのかはわからないが。

 陶磁器のように滑らかで生白い肌を晒した少女がうっすらと微笑んでいる。

「愛い子じゃの。メイ……といったか」

「あ、アキラ、明です」

 いつの間にか自分の眼前に――少女がどの瞬間に距離をつめて近寄っていたのか明には分からなかったのだ――ともかく頬が薄く触れそうな零距離に立った少女が明の両頬に手を触れた。

「ふむ。アキラか。いい名前じゃの。妾もそう呼んでいいかえ?」

「えっ……え、あ……あの……」

「アキラ」

「ひゃっ」

「アキラ?」

「ひゃい……」

「妾はハルじゃ。これから、よろしくの」

「え……?」

 それはどういう意味か、明がそう問うことはできなかった。

 明の唇は、ハルの唇によって塞がれていた。ふっくりとして艶やかな唇は瑞々しく、甘かった。呼吸を求めて喘ぐように唇を開けば、その隙を縫って温かく濡れた舌が挿し入れられる。歯列をなぞり、舌先が明の舌に触れると、胎の奥底が縮むように疼いた。舌が絡められ、あるいは啜られ、唾液で蕩かされ、口内を穏やかに犯されてゆく。

 ハルは何度も口づけを繰り返し、明の中へ入ってこようとしていた。

「んっ……く、……ッ……ふ、ぁ……」

 頭の芯までとろとろにされて、思考が白く霞みはじめる。いっそう胎が熱く収縮して、痛いくらいだ。このままじゃ、だめだ。

 委ねかけていた何もかもを奪い返すように、明は少女の肩を押して引き剥がす。口内で何度も捏ねられた唾液が二人の間に糸を引き、つ、と唇から顎へと伝い落ちた。

「ッは……あ、……なにを、あんた何なんだよ、いったい」

 唇をぺろりと舐めて、ハルは至近距離から明の瞳を覗きこんでくる。

「ほう……案外強い子じゃの? 余計に気に入ったわ。ジャヤ、汝は何も説明しておらぬのかえ?」

「実際に館に連れて来て、君に会ってもらったほうが理解が早いと思って」

「なるほどの。アキラ、悪かったな。この男は口下手でいつもこうなのぢゃ。ほら、こちらへ座るがよい」

 白い――白すぎる手がアキラの腕を掴んでひきよせた。明は腰からくずおれる形で寝台の上に座り込んだ。不思議な重力場から解放されたような感覚で、腰から下が重苦しい。

 ハルがテーブルの上の水差しに手を伸べ、コップいっぱいに水を注ぎ、明に手渡してくれた。

「なにから話すべきかの」

 少し怒ったようにジャヤを一瞥し、ハルは優しく明の髪を撫でた。しなやかな指が頭皮にふれ、髪の間を滑ってゆく感覚が愛おしかった。

 ……だめだ。これではまた支配されてしまう。

 明は昂った気分を鎮めるべく、ごくごくと水を飲み干した。

「メイくん。彼女、ハルはこの館で自分の部屋をもっている数少ない従業員さんなんだ」

「ただの娼妓と言えばいい。だが、幸いにして妾のほうから客を選ぶことを許されておる」

 つまりは高級娼婦。どうやらハルはそのような身分なのだろう。

 この部屋も改めて見れば、とても広くて立派だ。ただ少し装飾に欠けている気がするが、それは彼女の趣味によるのかもしれない。

 机の回りには書きかけの手紙や書物、薬瓶や鉱物、符咒の類がそこそこ乱雑に並べてある。文字を読み書きできることがこの世界でどれだけの価値をもつのかわからないが、おそらくこの界隈では特別なことなのだろう。

「同時に、ハルは竜胆党の一員でもある。つまり仲間だということだ。君がこちら側に転生したとき、彼女もその場に居合わせた」

「それって……」

「彼女もまた竜たちと渡りあえる力をもつ屠龍師なんだよ。そして、あの日、ジャオアオロンを逃してしまった……君の転生と存在に対して責任をとりたいと思っているうちの一人なんだ」

 あの日、明の運命を全て狂わせた出来事。その一端にハルも関与していたというのか。この小さな傾国が。

「あなたも……屠龍師なの?」

「そうじゃよ。アキラ、妾もあの日のことを悔いておる。どうにかしておぬしに対する責任を果たしたいと考えているのじゃ」

「そんな……責任って、簡単に……おまえらが口にするなよっ!」

「メイくん」

 ジャヤが何か言おうとするのを制して、ハルが首を振った。

「だから、アキラは屠龍師になりたいのじゃろ? 我らの命、そのすべてを根絶やしにするために選んだのじゃろ?」

「……はい」

 明が頷くのをみて、ハルは淡く目を細める。花開くような笑顔だ。こんな状況でなければ見惚れていただろう。

「妾はその決断を尊重し、肯定しよう。屠龍師としてアキラが成長を遂げた暁には、喜んで殺し合いを演じよう。しかし、ぢゃ――実際問題おぬしは金がないのじゃろう? それでは殺し殺される前にどこかで勝手に野垂れ死んでしまうぞい?」

 ぎゃふん、という情けない悲鳴が口から漏れてしまいそうだった。

 実際、それに近いなんらかの吐息を漏らしていたらしい。ハルの微笑が苦笑に変わる。

「そこでぢゃ。妾とジャヤ、それに他数名の仲間と話し、妾がアキラを雇うのはどうかという話になった」

「え……? は……い?」

 急加速した話の流れについていけずに、明は目を白黒させるばかりだ。しかし、やはり自分の食い扶持は自分で稼げ――そういう話になっている。だとすれば、ハルが言わんとしていることはひとつ。身体を差し出せ、そういうことなのだろう。

「それじゃ、わたし、は……ここで、お客を取るって……こと、ですか」

「アキラ。おぬしには、その覚悟があるのかや?」

 ハルの視線はまっすぐに明を射抜いていた。

 おれは殺す。

 彼らを、竜を、すべて殺す。殺し尽くす。

 ……そのためなら、この肉体がどうなろうと構いはしない。

「……はい。わたしはっ」

「どうやら、おぬしは聞いていた以上にお馬鹿じゃな」

 すとん、と。手刀を切る形でハルが明の頭を優しく小突く。

「おぬしを雇うというのは、妾の身の回りの世話を任せたいからで、娼婦にするのとは違う。進んでそうなりたいというのなら、妾は止めはせぬがの?」

「先の戦闘でこの館にも被害が出てね。もともとハルに付いていたシュリという女の子も亡くなってしまったんだ。ハルによく懐いていて、いい子だったのだけれど……ね。それで代わりを探していたところだったんだよ」

「その……役目を……わたしに?」

「おぬしは屠龍師を目指して修行をはじめるのじゃろ? だが、装備を揃え、生活を構築していくだけの金がない。一方で妾は、そこそこ腕が立ち、信用に足るだけの人物を探している。どうじゃ、条件としては悪くはないぢゃろう?」

 小首をかしげ、目をすぼめて見せるその仕草はひどく蠱惑的だ。

 この女性の……ハルの傍でなら働いてもいいのかもしれない。そう思わせるには十分な振る舞い方だった。

 明はあられもない想像を巡らせていた自分を恥じた。結局、ジャヤには助けられてばかりいる。

「場所が場所じゃ。おぬしにとって、けして見たくはない光景も見るかもしれぬ。しかし、逆にこの世界を知るのにこの館は恰好の場所じゃろうな」

「あの……是非、ここで働かせてください。まだ、わたしは何もわからないままだけれど、いつかきっと――叶えますから」

 明の返答を聞くと、ハルとジャヤは顔を見合わせ、どこか安心したように頷き合った。

「アキラ、引き受けてくれてありがとうな。館が開くのは週三日。いずれも夕刻からじゃ。それ以外は修行に励むとよい。妾も教えられることはすべて教えよう、おぬしが必要とする限りの」

「はい。ハルさん……よろしく、おねがいします」

「ハルでいい。こちらこそ、今夜からよろしくなのじゃよ」

 細く白い手が伸べられた。明はしっかりとその手を握り返す。

 そこまで見守るように壁に身を預けていたジャヤが扉まで歩き、手をかけた。

「メイくんが納得したようでよかったよ。それじゃ、ボクは下の階にいるから。用があったら来て」

 夜明け色の髪を稲妻のように閃かせて、ジャヤは廊下の闇の奥へと消えていった。

「ジャヤは女嫌いの女たらしじゃからの。下の部屋にはしばらく寄らぬほうがいいじゃろう。先刻、あらかじめ女を呼んでいただろう? いつもああじゃよ。気晴らしに女どもを貪り、喰い荒して帰ってゆく」

「……あの人のことは、まだよくわからないです」

「妾もわからぬ。なれど、あやつはもともとそういうやつなのじゃ」

「そう、なんですか」

 明としてはなんとなく頷くしかない。

 大喰らい。タオティエ――饕餮とうてつ。タオティエは財産と食物を貪り、色を好むという凶獣の名だという。なぜ、あのジャヤがそう呼ばれる屠龍機を所有しているのか明にはまだ分からない。けれど、もしかするとあれはジャヤ自身の性と重なる存在なのかもしれない。

 それ以上言葉をつづけられずに黙り込んだ明を、ハルが興味深げな表情で見つめている。大きな紫水晶の瞳は不可思議な引力を持って輝いていた。不用意な沈黙を嫌い、明は意を決して自分から口火を切った。

「それで、ハル。あの……わたしは、どうすれば……」

「アキラ」

「……え?」

 ハルの小さな身体が寝台に座った明を押し倒す形で圧し掛かってくる。

 仰向けに上半身が倒され、明の銀髪が零れる。その頬を、額を、零れたハルの黒髪が掠めて花弁のように広がった。

 零距離から紫水晶の瞳が明の双眸を覗きこんでいた。

 ずきん、と胸の奥が疼くように痛んだ。

「ずっと我慢しておったのじゃろ?」

「なんの、つもり……っあッ!」

 するりと腰布の中に潜り込んだ手指が、下着越しに下腹部を撫で上げる

「い……や、だッ……や、あ……ッ」

「随分と濡れておるの。くちづけのひとつでこんなに蕩かされるなど、おぬしも厄介な体に造りかえられたものじゃな。それとも、ジャヤのことを意識しておったから、かの」

「どういう、意味」

 言葉はまたもや口づけによって奪われてしまった。

 ハルはさっきよりもっと無遠慮に、そして深く優しく口づけてきた。

 胸が詰まるような感覚に襲われ、ろくに抵抗もできない。

 だって、トワイライトのときとは違う。全然ちがう。肉体だけじゃない。オレは心のどこかでこの状況をひどく悦んでいる。同時にそれがとても哀しいことに思えて、身うごきがとれないんだ。

「妾は〈魅了〉の能力を身につけておる。相手の心を惹きつけ、情欲の虜にするすべぢゃ。耐えるのはさぞや辛かったじゃろうて? のう、アキラ……」

 口づけが首筋から肩へと通りすぎる間も、ハルの手指は休むことなく動き続け、いつの間にかショールもワンピースも引き剥がされてしまった。元々殆ど裸も同然のハルと、下着だけになった明。美しい少女の体ふたつが絡み合う光景を意識すると、胎が痛いくらいにひどく疼いた。

「……おなかの奥、すげえ痛い……さいあくだ、こんなの……」

 ぽろぽろと、目の端に溜まった涙がこぼれた。温かく濡れた舌がそれを舐めとる。

 抗えない情欲の重力場に絡めとられ、溺れていく。

「妾が欲しいかや? アキラ――」

 どくん、と胸が一際高く脈打った。

 ……この体。単なる肉と骨との塊。残骸を掻き集めて練り上げられたという造りもののつまらない器。

 オレはもう男ではない。それなのに、どうしてこんなにも掻き乱されてしまうのだろう?

 眼前の女の体が堪らなく欲しい。同時に、女であるオレの奥底に早く栓をしてほしい。

 誰でもいいんじゃない。今は目の前のこの女に――ハルにそれをしてほしかった。たとえそれがいたずらに仕組まれた欲望であっても。

「……欲しい。わたしの虚ろを埋めて……ほしい、です。貴女を、ください、ハル……」

「我慢をさせたな、アキラ。少し力を抜くのじゃ。すぐに楽にしてやろうぞ?」

 抵抗は出来なかった。する必要もなかった。

 結局、明は一度の行為で、三回も達してしまった。

 行為を終え尽き果てた明は浅い眠りに落ち、ハルの小さな胸に抱かれながら束の間の休息を得た。

 

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