竜骨都市には幾多の迷宮がある

第5話 竜骨都市には幾多の迷宮がある 〈1〉


  7


「おっはよう! アッキラちゃぁぁン!!」

 白衣とズボン、それに下着のすべてを同時に脱ぎ去り、高く跳躍した体勢から何者かが明の懐に飛び込んでくる。

 着衣を宙に置き去りにしたまま――要するにものすごく速く、それでいて身体の隅々まで研ぎ澄ました洗練された動きで寝台に潜りこんできたそいつは、明が身を捩って抵抗する間もなく乳を揉み始めた。

 およそ人知を超えた動きだった。

「やめろっ、何をッ……っあ……」

 その行為の下劣さに反比例するように、足の指先から脳天までを電流のような刺激が駆け抜け、思考を甘く蕩かしていく。

「あぅ、っん……はッ……やめ、ろ、って、毎朝毎朝毎朝ァァァ!」

「ン~、毎朝ってまだ三日目じゃん? それに朝の房事は心身に健康をもたらす! これこの業界の常識ィィッ!」

「じゅ、十分毎朝だし意味不明だッ! ふあっ、や、やめッ、あ……あっ!」

 トワイライトの五指が明の小尻を荒く揉みしだく。与えられる刺激によって昨晩の行為の名残、明の体の芯に残っていた熱とわずかな痛みが呼び覚まされてゆく。

「ぅくぅッ……やだ、そこばっかり、触ん、な……ッ」

「クク……ここ、よっぽど弱いんだねェ。あれあれェ、もしかして気血の流れが滞っているのかな? 転生時にもっと内丹を練っておけばよかったのか――なるほど、まだ魂魄の定着が完全ではないというわけか。なら、こっちは……」

「っぐ……ぅ」

 唇と指先で触れられ、焦らされている。戯れの愛撫も一端トワイライトが思考を始めると途切れとぎれになり、次第に本格的な呪医術の施行となっていく。

「転生から三日目、か。もう少し身体のほうが元気になってくれていればいいンだがねェ。迷宮生物への免疫の反応機序が弱いか、白龍の瘴気のせいか、悪鬼どもの影響か……それともおれの錬気が足りない……? そも、肉体の規格からして急ごしらえの依代で――」

「…………おい」

「はい?」

「その……しない、のか……今朝は……」

 明は視線を逸らし、火照って朱に染まった頬を隠すように両手で覆いながら訊ねた。

 絹ずれの音と、やたらと耳障りな自分の鼓動が響いている。

 トワイライトがすうっと目を窄めてみせた。黄昏色の瞳は明の心の奥底までを見通すように妖しくも明晰な光を帯びている。

 明の手を取り、その甲に唇をゆっくりと滑らせながら、トワイライトが事も無げに問うてくる。

「アキラちゃんはシたいのォ? おれと」

「ばっ、誰がおまえなどと……!」

 転生〈手術〉時。そして昨日、一昨日と。明はこの男と褥を共にした。

 半ば合意も無しに成されたそれらの行為は、房中術というある種の養生術だと聞いた。ただし、トワイライトが呪医として行うそれは殆ど荒療治で、現世で散った魂魄を明の体に固着させるための咒術だったという。

 曰く、明が今の少女の体に生まれ変わるためには必要な行為だった――とのこと。

 生と死、陰と陽の属性を反転させ、こちら側の世界の存在として定着させるためにはどうしてもこの方法しかなかったそうだ。

 だが、三日三晩何度も行われた房事は明にとっては自分の肉体までが己を裏切るような屈辱的なものだった。

 いまだって、身体はひどく疼いてこの男を欲している。

 明のなけなしの自尊心さえへし折り、行為をより無惨で痛ましいものにした必死の抵抗さえも虚しく、この肉体は甘く蕩ける快楽に完全に堕ちていた。

「……へえ。なァんだ、アキラちゃん、今朝は楽しみにしてたンだ? うれしいねェ。昨晩なんかヤッてる最中、おれのこと殺す殺すって三十九回も喘いでいたのにィ」

「う、るさい! これは違う! 確かにお前のことはいつか近いうちに殺すし!?」

「じゃあ、これは?」

「いっ……ぅあぁんッ」

 秘所に差し入れられた指が熱を帯びて蕩け始めた内壁をなぞる。明が感じてしまうごく浅い領域をトワイライトは執拗に攻め立てた。じっくりと時間をかけて教え込まれた快楽の蕾が今また膨れ上がり、花開こうとしている。

「これは違わないんだァ?」

 しなやかな指がさらに奥へと侵入、ざらりとした突起をほぐすように蠢く。

「は、ぁあっ……ちっ、ちが……っく、ぅあぁッ」

「わかってるよ、すっごく気持ちイイことくらい。アキラちゃん、とっくに経験済みだろ」

「ばっ……男となんてオレはっ」

「はい、認めたァ。女の子とはけっこうあったでしょ。だからかどうかは知らンけど、上手だから。受け入れるのも、こっち側に入ってくるのも」

「は、はいっ?」

 後者が明を戸惑わせた。

 入れる、とは。いくらなんでもそんなアブノーマルな行為に覚えは無い。

「あ、さては変な想像してンだろ。物理的な意味じゃなくて、気の流れの話さァ。アキラちゃんの中の陽気を掬いとり、おれがおれの中の陰気を受け渡す。男女ってそうやって魂魄のバランスを保つんだけど、それがなんとな~く自然なんだよねェ。うん。けっこうヤリチンだったり?」

「う……る、さい! 今朝もやるなら、さっさと済ませ――」

「ふーん、そそるねェ。そういう男の子がされる側になるって、そりゃあもうひどい屈辱だろうに。それでも自分でどうしようもなく気持ちよくなっちゃうなんて、すっごいえろい」

「てめえ……ッ」

 トワイライトは毒の滴る笑みを浮かべた。明は途端にこわくなって、全力で相手を拒否しようと身構えた。

 拒もうと、結局力で勝てないことはもう分かっている。昨日一昨日だって、少女の力は弱く、手練手管でねじ伏せた男は無理矢理にことをなしたのだ。それなのに、こうして抵抗してしまうのは、ぜんぶこの男の言った通りだからだ。

 ……ひどい屈辱。その通りだ。

 だから、殺す。いつか、ぜったいに。この手で殺す。

 明の視界が黄昏色に染まる――仰向けに押し倒された胸や肩の上に黄昏色の髪の束が零れた。やわからな陽の光に透けるその色彩が明には残酷なほどに美しく映えた。

「ねえアキラちゃん。忠告だけどさ、抵抗はやめておいた方がいい。どうするにせよ、おれはアキラちゃんが自分で嫌になるくらいに悦くしてやるだけだし、それに……そんなに怖がられるとこっちとしては犯りがいしかなくなっちゃうんだよ?」

「いっ! やだ、やめっ……」

 トワイライトはアキラの唇を悲鳴ごと奪うと、無理やりにその体を押し開く。明の両腕は一瞬にして黒縄で縛り上げられ、抵抗の術が奪われた。

「ほらァ、ちゃんと見ててよ? せっかく朝なんだからよく見えるでしょ、おれとアキラちゃんが繋がるところ」

 高く持ち上げられた両脚。無惨にも晒されたアキラの秘所に、硬く怒張した先端が押し当てられている。

「……殺、す、それ以上挿れたら絶対殺す!」

「こんなになっといてぇ?」

 明の体液を潤滑油代わりに己に纏わせ、トワイライトは一気に明を貫いた。


  §


 やがて明から身を離したトワイライトが自身を引き抜くと、内臓が掻きだされるような甘く気怠い感覚でまた軽く達してしまう。それを悟られまいと、明は眼前の男に向かって毒づいた。

「……お前は殺す。あとでぜったい、殺す、から……」

「は、さっすがァ。アキラちゃんはどこまでもアキラちゃんなんだねェ」

 いまいち意味のわからない台詞を吐いたトワイライトが明の体をぎゅうと一度だけ深く抱きしめて離した。腕の拘束がようやく解かれ、明はシーツの上にどさりと横たわる。

 やっと終わったと思いながら腹に軽く手を触れる。まだ奥に異物感があるが、不思議と疲れなどはなく、むしろ温かく漲る気血が全身に巡っていくのを感じた。同時に下腹部から性器にかけて蒼く浮かび上がる「勅令」の紋様が目に留まる。

 どうやらまた何かされたようだ。そう悟った明は眼前で煙草をふかす男を睨みつけた。

「なんだよコレ!?」

「あ、気づいた? それ、元気になるおまじないの紋様ね」

「はぁ!? ふざけんな! こんな勝手に人の体にっ」

「おれとアキラちゃんはもう一心同体ってこと。二人でちゃあんと気持ちよくなれば二人とも元気になれる。それはその証さァ。なァに、五分もすりゃ光は消えるよ」

「そういう問題じゃない!」

「じゃ、どういう問題? それはそーと明ちゃん、この後デートの約束があるんだろォ? 風呂貯めてあるから浴びてくれば?」

「う……い、言われなくてもそうするしっ!」

「そうそ。元気、元気。それが一番」

 トワイライトはそう言ってぱたぱたと手を振ってみせた。

 明は黙って階下の浴室へと向かって歩き始めた。


 

 鏡に映る少女の体は生白く、ありていに言って美しかった。

 脱衣所に取り付けられた姿見で、明は自分の状態をいやいやながらに確かめてみた。

 鏡の向こうから己を睨みつける薄桃色の瞳はどうしようもなく明のもので、その事実が余計に明の心をかき乱した。

 明がどう抗おうと、トワイライトは己が身に付けた呪医術でたちどころに明の肉体を回復させてしまう。行為によって流れた血も傷ついた身体も今は元通り傷一つなく保たれている。明が幾ら喚こうが、あるいは泣いて許しを乞うても、あの男は明を貫き、引っ掻きまわして蕩かすのをやめなかった。それは今朝もそうだ。

 それなのに行為が終わればいつも元通りになっている。不思議なことに肉体に疲労や損傷はなく、むしろ以前よりも良くなっている気さえする。

 それでもトワイライトはまだ何か懸念しているようだが、それは明の知ったことではないし、知りたくもない。

「――房中術、すなわち陰道。これは男女交合の道であり、神仙がもたらした長生術のひとつだとか言われてる」

 昨日、明は寝物語――もといトワイライトの暇つぶしにそんなことを聞かされた。

 〈タオ〉を得るため神仙となって長命を保つことを究極の理想とする道教世界において、宇宙の森羅万象――そのあらゆる現象は、陰と陽の結びつきによって成り立つとされている。陰と陽は光と影。対となり、分かつことのできない性質のすべてを表す概念だ。

 これを男女に当てはめると、男が陽で女が陰の属性エネルギーをもつのだそうだ。加えて、一箇の人間の中にも陰陽が存在する。これら陰陽の調和があれば秩序ある生活ができ、均衡を欠けば病となって健康を損なってしまう。

 そこで生まれたのが房中術。

 男女が交わりながら気功法で互いの気を煉り、これらを体内に巡らせ蓄える術だ。

 生命エネルギーである〈精〉は〈気〉となり、〈精〉と〈気〉は人体百脈の中を常に流れ、人間にエネルギーを供給する。そして、性交時に〈気〉は汗や唾、愛液や精液などの津液となって循環する。

 気功の技と性交を一つに結びつけた房中煉気の法が有効とされたのは、この辺の仕組みが理由なんだろう。

 ……これ以上難しくて複雑なことは明にも分からないし、理解しようとも思わない。

 出来るなら無関心を貫きとおしたい。もう何も耳に、目にも入れたくない。けれど、これ以上をこの異世界のやつらに奪われてたまるか。オレは奪い返す。奪われたツケを必ずこの世界のやつらに払わせてやる。

 そのためには学ぶことが必要だった。できるだけ貪欲に、明の方から奪うくらいでないと、この先も生きてはいけないだろう。

 オレは屠龍師になる。

 そうして、いつかすべてを殺してやるんだ。そう決めたのだから。

 浴室は甘やかな花の香りで満たされていた。明はたっぷりと湯の張られた風呂に身体を沈め、ここ数日で起きた出来事について思考を巡らせていた。

 ……好みの匂い。こんなことまで知られているなんて、とてもじゃないけど気持ちが悪い。

 そう、知られていること。問題はそこだ。

 言語はもちろんのこと、思考パターンについても乖離せずに正気を保っていられるのは、神経回路か何かを弄繰り回された可能性が高い。明はこの世界の言葉を理解し、文字が読みとれた。よく考えずとも在り得ぬことなのにそれがごくふつうに出来たのだ。ならばこそ転生時――あるいはここ数日のトワイライトの施術によって書き換えられていったと考えたほうが自然だ。

 もっとも、トワイライトやジャヤについてはこの都市、この世界においても規格外の存在なのだろう。そうじゃなくちゃ、さすがに困る。それでも辛うじてコミュニケーションといえるようなやり取りが成り立つのは、やはり自分が〈生まれ変わる〉際になにかされた――あるいは何か特別なことがあったからなのだろう。

 もはや自分が元の少皓明ましろあきらそのままであるとは明自身にも思えなかった。

 肉体と魂魄。その両方を再構成された代償はとんでもなく大きい。ひとりではとてもかかえきれそうにない。

 だから自分はあの時ジャヤを頼った。善意でも引け目でもなんでもいい、そこに漬け込み、最大限利用してやる。せめてなけなしの欠片でも、オレがオレであるために。

 トワイライトのことだって、ただされるがままになっているわけじゃない。

 奪えるものは奪う。知識でも気とやらでも。なんでもかんでも。

 できうることはすべてやってやる。そしていつか奴を殺す。

 それでも――

「っぷはッ。こんなこと、してる場合じゃない。わかってる。わかってる。わかってるのに……!」

 呑気に湯あみなどしている場合ではない。こんなふうに、ありとあらゆることに焦燥感や自責の念がつきまとうのであった。

「……オレは、楽しいとか気持ちいいとか思っちゃだめなのに」

 槐の甘い香りが脳を芯まで蕩かそうとしている。長湯しすぎも身体によくないだろう。といってもこの肉体によくないことなんて、どうだっていいのだが。

 華奢な白い身体を引きずって、明は大量の湯気とともに浴室を出た。

 問題は着替えだった。

 自分を待っているのはいつもの学生服でも、ここにきた時に着せられた患者衣でもないのだから。


  §


「遅いね。五分遅刻だよ」

「すみません。身支度に少し……いえ、思ったよりも時間がかかってしまって」

「べつにいいけどさ。やっぱりその身体……不慣れ、なのかな」

「……慣れるわけないですよ」

 トワイライトの自宅兼医院の門の内側。

 医院から出てきた明を待っていたのはジャヤである。

 弟子入りを志願した明だったが、この三日間、明は医院から外へ出ることなく、肉体と魂魄の定着を待ってからでないと外には出さないというトワイライトの勝手な方針により拘束されていた。あの〈這いずり姫〉に同乗したことが思いのほか心身を疲弊させたというのもあるが、大まかな理由は上述の通りだ。ジャヤはそれについては異を唱えず、あくまで呪医であるトワイライトの判断に任せると言ったきりだった。

 というわけで、今日。晴れて初めての外出を許された明を竜骨都市の環境に慣れさせるために、ジャヤはみずから街を案内して回る役目を買ってでた。曰く、これも修行のひとつなのだそうだ。

「ジャヤ……じゃなかった、お師匠さまは、その……意外と時間にうるさいんですね」

「そうかな? 神経質すぎたならごめん。だけど、ちょっと心配だったから」

「心配?」

「君を本当にボクなんかの弟子にしていいのかな、って。そもそも、本当にボクについてきてくれるのか不安だったから、待っている間少しささくれていたかもしれない」

「なんだ……そんなことか」

「そんなことって」

 ぶっきらぼうに告げる明にジャヤは淡く困ったような微笑を向ける。緋色の勇者と謳われる屠龍師も、普段は悩めるただの青年なのかもしれない。

 明は短い階段を下りて、ジャヤの前に立った。

 だいぶ背格好に差がある。見上げないと視線が合わないほどだ。幽かな風にスカートが揺れた。

「あの……なんの慰めにもならないと思うけれど、その恰好、とてもよく似合ってるよ」

「多分、似合っていて当然なんです。おれ、こういうの選ぶの得意だったから。だからこそ、余計にあなた方が憎い」

「……そっか。あちらの世界のことを思い出すんだね」

 菊理。明はよく菊理や自身の姉たち――周囲の女性の洋服を選んでやっていた。頼まれて、あるいは街に連れ出され、押しつけられる形で。それももう思い出になってしまった。今思えば、あれらは皆楽しいと言える出来事だったのだ。

 今の明は淡いすみれ色のワンピースを身につけていた。ところどころに花の刺繍があしらわれた可憐なデザインのものだ。それだけでは肌寒いので、レースのショールを羽織り、少しだけヒールの高い白のレースアップミュールを履いている。全てがこの銀髪の少女のために誂えられたかのような、控えめながら見事な仕立ての衣装だった。

「苦労しました。だって、あいつの箪笥、むやみやたらと衣装が揃えてあるんだもの」

「……じゃあ、トワイライトの仕業じゃなくて一応自分で選んだ服なんだ。それ」

「そうだけど。それがなんなの」

 ジャヤが心底意外だという顔をしたので、訝しんだ明はすかさず訊ねた。

「いや、……なんでもない。ただ、似ているなって」

「なにが」

「メイくんとトワイライト。君らの趣味や考え方……思考、というのかな」

「それは心外です」

「や、誤解しないで。もしかしたらってそれくらいの意味だから」

 それでも嫌なものは嫌だ。きっとものすごく不機嫌な顔になっていたのだろう。ジャヤが慌てたように取り繕うのが少しだけ面白かった。

 幸い――不幸中の幸い、いまの明は寝食には困っていない。

 成り行きであれ、トワイライトの医院に身を寄せることになっているため、食うにも寝るにも不自由していない。

 今の問題は衣食住の「衣」にあった。どうしてかトワイライトの自宅階の箪笥には少女向けの衣装が豊富に取りそろえられていたのだ。

「さァ、好きな服を選びな! アキラちゃん!」と、そういって自慢げに箪笥の中身を取り出してみせる姿は控えめにいって異様だった。なぜ何通りも組み合わせを選べるほど女児服のバリエーションを取り揃えているのか、考えたくもないが謎だった。

 奴は……所謂ロリコンというやつなのだろうか。あいつがこの世界においても相当頭のいかれた変態であることはもはや疑う余地もないが、明が想像していたより斜め上を行く犯罪者か何かなのだろうか。

「どうしてあんなに女の衣装ばっかり揃った箪笥があるんだか。気味が悪い」

「……そっか。君からしたらそうだよね。でも、君に彼女の服をあげるだなんてよっぽどなんだな」

 ジャヤは明に聞き取れるか否か、それくらい微妙な呟きをこぼした。明は意味を測りかねたが、気を取り直した様子のジャヤがすぐに別の事を言ってみせた。だから、生じた違和感はすぐに消え失せてしまった。

「それにしても、君が素直に女の子の服を着て出てくるなんて、意外というか、ある意味予想通りでもあるというか。君はなかなか自罰的な性分のようだね」

「それは……」

 明自身はこの体に愛着はおろか思い入れなど一欠片もない。だから全裸で出歩いたってどうということはない。外に広がる竜骨都市がたとえどのような場所であれ、自分のものとはとても思えぬこんな肉の塊が衆目にされされようが、どうだっていい。

 ……にも関わらずこの外見を少なからず飾り立て、引き立たせるような服を選んでしまったのは、この世界で明が関わった男どものせいだろう。

「オレはべつに……というか反抗しても無駄なら、せめて思い知らせたくて選んでいるだけです」

 女にされた怨みつらみを、敢えて今の外見に似合う服を着ることによって屈折した形で表している。要するに、これは明にとって復讐の代償行為ともいえるやり方だった。

「お師匠さまは、服装にはあまりこだわる必要がなさそうで羨ましい」

「そうかな? 一応、洗いたてのシャツをきちんと選んだつもりなんだけれど。普段は全然構わないから」

「……いや、洗濯くらいふつうにすべきです」

「え? そう? これでも一応身の回りのことは自分で片付けるようにがんばっているつもりなんだけど」

「がんばらないとダメなあたりで、相当アレな感じがしますけど」

 ……嫌な予感がする。もしかすると弟子としての明の初仕事は、この男の家の片づけから始まるのかもしれない。

 ジャヤの格好は先日よりもだいぶラフなものだった。先日は龍との交戦中であったのだから無理もないが、今日はゆったりとした白いシャツにリネンのスラックスという飾り気のない格好だった。それがかえって獣のような美貌を引き立たせていることに、本人は果たして気づいているのだろうか。

 ただ、やはり腰の吊り革に剣を佩いている。龍や魔物が出る世界。異世界だ。きっと剣でも銃でも黒縄でもなんでもありなのだろう。それを考えると竜骨都市・黒数というこの都市はもしかすると明が思っているよりもずっと危険な場所なのかもしれない。

 会話によって少しだけ緩んでいた気を再び引き締める。

「それじゃあ、行こうか」

 ジャヤの手によって医院の門が開かれた。



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