第14話 生活感という刺激

 寝具の洗濯・乾燥ができたので、どうにか眠ることは可能になった。しかし、ライトが気になるのは、トイレシャワー室の水回り。最悪の状態を想像しながら、そっと覗いてみた。


「あぁ、覗いたら、アレコレ除ける能力、それなら良かったのに!」


 思わず声を出していた。


「何を言ってんだ?わ~、カビてんな、これ」

「壊れてないなら使いたい。夜中に、共同トイレ行くのは、いろいろ危険だと思う」

「確かにな、他の階だと夜な夜なアヤシゲな声聞こえるっていうじゃないか」

「モンじい、ボク尿瓶しびんはイヤだよ。生死をさまよってた時を思い出すから」

「そうか。いっしょにマンプクさんの所へ行くか」


 モンじいに連れられて、大飯幸の食料品市場に行った。また、感電しないか、若干のトラウマになりかけていたが、時間帯が違うとカモミールパレス1階は人がまばらで、工事もなかった。

 しかし、食堂から市場は、人が多かった。


「すみません、マンプクさんは、この時間どこにおられますか?」

「おそらく、裏の加工場じゃないですかね。モンじいさんなら、会ってくれると思いますよ」


 市場の脇にある通路から加工場に向かう。入り口のインターホンで確認を取り、案内してくれる従業員が出てきた。


「マンプクさんがお会いになるそうです」


 さすが、加工場。よく分からない動物の肉片が、どんどん捌かれていく。足早に通り抜け、上へ続く階段を昇って事務所に入らせてもらう。


「珍しいな、モンじいがここまで来るのは。お、ライトもいるじゃねぇか。腹減ってねぇか?」

「ボク、まだ、お腹大丈夫です。お邪魔します」

「マンプクさんにお尋ねしたかったのが、カビ取りに効く薬品を分けて頂けないかと思いまして」

「なんでまた?」

「鍵屋にライトを引き取ることは、先程8階で話した通りで。それで、部屋のトイレとシャワーを使うことになって」

「え、これまでどうしてたんです?」

「物置にして、共同トイレと風呂に行ってた」

「あ~、7階の風呂か。モンじい、娼館使ってたんだろ。若いねぇ、お盛んだねぇ」

「娼館は、お互い様だろうに。何かないもんかね?」

「オレには娼館の風呂狭いんだよ。カビ取り剤として使える物と洗剤を分けようか。ちょっと待ってくれ」


 瓶に入った液体が2つ用意された。


「こっちが、カビ取り。しっかりと換気してくれよ。もう片方が水回り用洗剤だ。貴重だから、大事に使ってくれ」

「これは、ありがたい。助かるよ」

「ありがとうございます」


 マンプクが忙しそうにしているので、早々に事務所を出て、鍵屋に戻った。

 早速掃除に取り掛かろうとしたら、換気扇が埃がひどく、話にならない。ライトが、はしごを使って分解し掃除した。それを見ていたモンじいが、申し訳なさそうに、鍵屋部分の掃除と片付けをしていた。

 しばらくして、いよいよトイレとシャワー室のカビ取り剤による掃除。使ってみれば、すんごい汚れが落ちる。ということは、それだけ薬剤が強いとも言えるだろう。薬剤の刺激が、目や喉にくる。


「これ、危なーいっ!」


 ライトが叫んで、一旦、通路に逃げる。モンじいが言うんだ。


「カビ取り剤という名目で使っている薬剤は、詰まった肉片も溶かしてんじゃねぇのか、あいつら!」

「それ、強力過ぎるじゃないの~」


 このやり取りを見ていた通行人が、爆笑しながら通っていった。滑稽だったか?

 再度、突入する前に、口元をガスを吸わないようタオルで覆って慎重に進んだ。いざ、トイレとシャワーの排水具合よ!ゴボゴボと豪快な音を立てながら、詰まりが取れていく。


「ついでだ、流し台もこの薬剤使うぞ」


 変なテンションで、モンじいが追加掃除を始め、通路に逃げる。また、同じ手順を踏む。


「流し台が、ちゃんと流れてる。これは、感動だ!」


 やっぱり、変なテンション。よく詰まってたんだろうなぁ。

 他の片付けもして、あっという間に夜になっていた。そう、孤児院には見当たらなかった時計が、ここにはある。


「ライト、シャワー浴びてこい」


 石鹸とタオルを渡され、しっかり体を洗った。自分の体から、すごい垢が出たのがショックではあったが、孤児院ではあまり体が洗えなかったため、違う生活なんだと感じていた。

 シャワー後、モンじいがシャワーへ。その間、タオルを干したり、鍵屋の道具が並んでいる状態をこっそり眺めた後、歯を磨いた。見知らぬ場所での夜に落ち着かなかった。


 さっぱりしたモンじいは、晩酌を始めていた。自分は疲れていたので、寝床に入っていた。ただ、寝付けなかった。


「疲れ過ぎて、眠れないんだろ」

「うん」


 薄暗い照明の中、少し酔ったモンじいが話し始めた。


「鍵屋だからってな、暇じゃないし、鍵開けだけが仕事じゃない。関わりそうなことは何でもやるし、それに必要なことは覚えておくことがたくさんある。だから、ライトが文字を覚えたことやマンプクさんとつながりがあること、そういう人脈が意味をもってくる。これから、たくさんの人と接点が生まれてくる。そういうのを忘れないこと。深いつながりがなくても浅くて構わない。このカモミールパレスという狭い空間だけど、人との付き合いが助け合いになる」


「すー、すー」

「寝息で返事しやがって」


 モンじいの話の途中で寝てしまった。無理もない。初めてづくしでパレス内をたくさん見て、その刺激は、これまでにないものだった。さらに、ライトにとっては生きている実感を味わった貴重な経験と体験でもある。そりゃ、寝ちゃうよ。

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