第10話 初めてのお出かけ

 先日の宙神会ちゅうしんかいの一件から、しばらくラァム院長がライトの見張りをするというので、ただで狭い行動範囲がさらに動けなくなる。少々の体力作りも制限がかかりそうだ。そうは言っても、孤児院の運営はある訳で、気を使われたのか、初めて買い物に同行することとなった。


「ライト、準備はいいかい?」


 ラァム院長の後ろをついていく。こういう時に思うのだが、やはり子供目線、おそらく10歳のライト目線はまだ低い。自分なりの目印を覚えておかないと、大体迷うと思う。無理にでも手をつなぐべきか?


「迷子になるんじゃないよ」


 おっと、初エレベーターじゃないですか!年代物ではあるようだが、品のある内装、ホテル仕様な高級感がほんのり感じ取れる。・・・メンテナンスも誰かがやってんだろうな。そうじゃないと、乗れないし。


「ほら、1階に着いたよ。人が多いから、ホント気をつけて」


 初めて見る1階の風景。すごい人だかり、がやがやしてるけど活気があると言えば、そうなるのか。そして、天井を見れば分かる、ここ昔ホテルだよ。おしゃれ照明に装飾品も痛みがあるけど品がある。はぐれないよう、ラァム院長のエプロンの端をちょっと掴んで、早足でついていく。

 エレベーター降りて、通路をまっすぐ、広いロビーを通っていく。向かいの壁際には、大きな掲示板がありそこには、また別の集団がワイワイ言っている。見た感じが、求人募集。日雇い労働の斡旋が行われているようだ。何列にも人が並び、斡旋業者っぽい人が、名簿を持って何か叫んでいる。


「ほら、もう少し」


 ラァム院長が、人混みをすり抜けながら誘導してくれる。ロビーから一瞬外に出て、別棟に入った。


「食べ物の匂いだ」


 思わず声が出た。そこは食堂で、これまでライトは広い空間を見たことがないから、とても新鮮に思えた。食堂の真ん中にある通路を抜けると、さまざまな食料品の市場になっていた。さまざまな肉、加工品、これまた広いなぁって言ってしまうくらい、縦横に十分な広さがある平屋の建物。


「お、ライトじゃないか!外出許可出たのか!何か食ってくか?」

「わー、マンプクさんだ!」

「よく来たね。この建物は俺ら『大飯幸たいはんこう』のグループで運営している市場だ。ラァムさん買い物かい?」

「いえ、ライトに普段お世話になってるマンプクさんの働く現場を見せたくて」

「それなら、食べたい物を言ってください。ただし、左奥の肉類は、秘密の内緒な材料だからライト向きではないです」

「では、安全な物を」

「えぇ、カモミールパレス側の食堂で座っててください。用意しますので」


 ラァム院長について行き、空いてる席に座る。しかし、すごい人の多さだ。ライトの体になって、どれくらい月日が経ったか分からないけど、この混雑は圧倒される。

 しばらく待っていると、声をかけられた。


「お~、この前の少年じゃないか。無事だったか?」


 宙神会の軟禁から、助けてくれた老人だった。


「この前は、助けてもらい、ありがとうございました」

「あいつらは、教義のためなら何でもするからな。今度は、屁でも贈ってあげなさい」

「あら、モンじぃさんじゃないの?ライトを知ってるんですか?」

「6階の宗教組織から逃げるよう手助けしてくれたんだよ。知ってる人?」


 ラァム院長は、助けてくれた男性を知っており、名を『モン』と言う。見た目を気にしないせいか、実年齢より老けているため『モンじぃ』と愛称で呼ばれている。


「そうよ、モンじぃさんは、手先が器用で、鍵屋さんなの。ライトを助けて頂いて感謝致します」

「なんだ、孤児院の子なのか。元気で何よりだ」


 話し込んでいると、料理が運ばれてきた。


「いや~、待たせたね。ライトに食わせたい肉料理だ。ちょっと量が多いかな?」


 マンプクさんが持ってきた料理は、肉のいろんな部位をトロトロに煮込んだ料理で、ビーフシチューの見た目をしていた。


「マンプクさん、これ3人で食べていい?」

「3人?お~、モンじぃもいるじゃないか。腹減ってるんなら、追加で持ってくるぞ。パンは今から持ってこさせるからどんどん食べてくれ」


 明らかに、多すぎる量が届いた。こっそり、周辺の人にも分けたりした。


「ラァムさんよ、孤児院に仕事手伝ってくれる子はいないかね?最近、細かいものが見えにくくてさ」

「そうねぇ、モンじぃさんの職種から大体の子が仕事できる感じじゃなくて、幼すぎるからねぇ」


 肉の塊をしっかり噛み締めていると、視線がライトの方に向いていた。


「はい、なんでしょう?」


 モンじぃが聞いてきた。


「ライトと言ったか、お前さんは、何かできるのか?」

「この子は、以前、病気から命を落としかけ、回復したんだけど、記憶が戻らなくて。それから、文字を覚えるようになったり、物思いに耽るようになって。まだ、熱出したり、抵抗力の面で心配が」

「文字を覚えたのか?」

「はい、病気になりやすいので、孤児院とかで読み書きしてます」

「そうか、では、これ読めるか?」


 モンじぃが、紙切れを差し出した。


「・・・これ、宙神会の申込書じゃないですか!」

「あれま、文章読めるし、理解出来てるし、言葉も知ってるんだな」


 モンじぃが、水をグビッと飲み干し、ラァム院長に向かって言う。


「この子に仕事手伝ってもらうのは、許可でないかね?」

「ん~、ライトの体がね~。診療室で健康状態を診てもらってからではどうでしょう?」

「そうね、その方がいい。ワシもついでに診てもらう」

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