第9話 信仰の対象

 初めての6階、複数の部屋からお香が漂っている。しかし、強めで鼻が痛くなる匂い。


「さぁ、ここで聞こうじゃないか」


 連れてこられた部屋には、壁にたくさんの落書きがある。どこかで見たような形だが、抽象画のように省略した感じで描いてある。


「ヤンパサン様、悩める子供を連れて参りました」

「そうですか。また、導けるのですね」


 座るよう促され、恐る恐る椅子に腰掛ける。・・・しかし、この落書き、何だっけ。


「我々のもとに来てくれてありがとう。私は、ヤンパサンという者です。この場所は『宙神会ちゅうしんかい』の礼拝所となっていて、さまざまな悩める人々の声を聞き、その悩みを空に、宇宙に、高く高く打ち上げ、答えを降り注いで頂く場所でもあります。よろしいかな?」


 宇宙?あ、この落書きの形は!


「これ、人工衛星でしょ?」

「おぉぉ、なんと賢いお子ではないですか!そうです、これは希望の形が具現化したものであって、人々の想いを神に届けたのです。しかし、貪欲な者が多く、神がお怒りになられ、この地域に大量の人工衛星を落下させ土地は荒廃し、あなたのように病を患う人が大変多く、苦しみをお与えになられた。だから、我々は神が痕跡を残された衛星落下地域を聖域として、苦しみを憶えた人々に、神の存在と欲深さは愚かなことだと伝えるため、祈りを捧げているのです」

「本当に、人工衛星が落ちたんですか?子供なんで、知らないんですけど」


 ちょっと、とぼけてみた。こちらの情報は、与えない方がいい。


「そうでしょう。衛星落下は、約50年ほど前。この周辺には、もっと栄えた都市があったと聞いています。神が降らせた衛星の雨は、数週間、1000を超えた、と。しかし、現在では、その神の痕跡を採掘している欲深な愚民どもがいるようです。そんなことをすれば、また大いなる神の怒りが降り注ぐ結果となるのです」

「世界中に、1000個?」

「いえ、この地域に集中して1000基以上がまとまっていたと、伝わっています」

「戦争が原因?それとも事故?」

「先程も言ったように、神の怒りが衛星落下させたのです」


 んふ~、会話にならない。もしくは、事実を知らないタイプか。


「ほら、甘いお菓子をお食べなさい」


 ゲンゲという男が差し出してきた。これは、迷うぞ。変なもん入ってるんじゃないか?


「ボクは、お腹が弱いので、決められた物しか食べちゃダメって言われてるんです」

「キミは、先程の歴史話とは口調がずいぶん変わるんだねぇ。何者なのかな?」

「ボクの名前は、トリ・ニトロ・トルエンと言います。先程、お腹痛くてトイレの近くで、じっと痛みが過ぎるのを耐えていました」


 名前なんて教えてやる必要はない。


「無理して、お菓子を食べなくてもいいよ。どんなお話をしたかったのかな?」

「強引に連れて来られたので、何もないです」


 ヤンパサンとゲンゲが顔を見合わせている。この辺で、帰りたいな。


「ただいま戻りました」


 なんだよ、信徒が追加補充されたじゃないか!


「このお子様は?」

「ゲンゲさんが連れてきたようですが、とても子供とは思えない知識を持っているようですよ、バームさん」

「ほぅ。では、我々の教義が理解可能で深く掘り下げられそうな、優秀な人材ですね」

「勉強会をこのまま開いては?」


 なんか勝手に3人会議が始まっておりますよ。逃げ出すよう、ライトの中で警報がビービー鳴ってる気がする。


「はい、すみません。ボク、お腹痛くて、漏らしそうなので帰ります!」


 椅子から離れ、低い姿勢のまま、そそくさと出入り口から外に出た。


「こら、待ちなさい。まだ話はこれからですよ」


 ライトの腕をゲンゲがしっかり握った。子供の腕に、そりゃないだろってくらいに。


「やだー、漏れる!ここで、撒き散らしたら、大惨事でしょ!お腹痛い~」


 あえて全身の力を抜き、ゲンゲが重さに耐えられなくなるか、叫びながら試してみた。


「急に重く・・・、静かになさい!」

「出ちゃうよ~」(本当に出した方が、逃げられるか?)


 騒ぎに気付いた人たちが、周辺の部屋から続々と顔を出してきた。


「子供相手に、宗教団体がトイレに行かせないって、どういうことだ?」


 一人の老人が言ってきた。老人は続けて言った。


「この場で糞便漏らされても、ただでさえ臭ぇお香と混ざって、悪臭撒き散らすのが、あんたらの教えなのか?」


 野次馬たちが笑い出した。トラブルを避けたい宙神会の面々はライトの腕を離し、老人がライトを後ろから抱え、人混みから引っ張り出す。


「ほれ、トイレ行って来い」


 背中を押され、小走りに6階から逃げ出した。この世界の情報が少し得られが、宗教を利用した妙な連中が必ずいるもんだ、と思いつつ、階段を降りた。


 孤児院前には、ラァム院長が仁王立ちして待ち構えていた。


「どこに行ってたの!他の階に行ってたんじゃないだろうね!」

「6階の宙神会という人たちに、無理やり連れて行かれたんだ。そして、周りの人に助けてもらって、逃げてきた」

「また、あいつら!」

「・・・また?」

「そう、あいつらは、大人が勧誘されないから、子供に教えを信じ込ませようとしてるセコイ連中だよ」


 6階には、数時間いたようで、夕方になっていた。しかし、軟禁状態だったし、緊張もかなりあった。ラァム院長から叱られはしなかったが、弱みを見せる相手を選ぶことを切々と語られた。

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