第8話 身に染みる孤独

 闘病だったり、体力増進をしていたので、すっかり忘れていた。


『この孤児院があるのは何階?』


 行動制限があることもあって、聞きそびれている。子供たちに聞くのが早そうだな、農園手伝いもやってたし。

 自分の寝床から出て、食卓台の部屋に行くと、リア姉ちゃんがいつもと違ってキレイな服を着ている。他の子供たちがリア姉ちゃんを囲んでいる。泣いている子もいるじゃないか。


「行かないでぇ」

「何泣いてんのよ。近くの街に移るだけだから、また会えるでしょ」


 きょとんとしているライトを見て、ラァム院長が話しかけてきた。


「リアはね、『プチグレン』という街のパン屋さんに住み込みで働くことになったの。親代わりになってくれるって」

「まだ、そんな大きくないのに?」

「このカモミールパレスや近くの街では、年齢は、さほど関係ないのよ。子供であっても出来ること仕事にして生活していくの」


 学校がないし、教育環境ってのもなさそうだし、働く現場で学んだ方が、何かと手っ取り早いということか。


「ライト!」


 リア姉ちゃんが近付いてきた。


「体に気を付けてね。外出許可が出るくらいには、健康になってよ」

「うん。パン屋には行けるように、体を丈夫にするよ」


 すでに迎えの人々が来ているようで、足早に連れて行かれた。まだ、パン屋の名前、聞いてないのにさ。

 孤児院内が寂しい空気になっていたので、トイレに逃げた。そして、物思いに耽る。


『そうだよな。いつまでも孤児院には、いられないし、かと言って、何をするのかってまた分からない。この体で出来ることは何だろう。重労働は向かないぞ。大人の体じゃないし、そもそも病弱。頭使うにも、子供ゆえ知らないことが多すぎる』


 ん~、と唸りながら、トイレ付近をうろうろしていると、以前会った黒髪の女性と出くわした。


「あら、また会ったね」

「こんにちは。ボク、ライトって言います」

「そう、ライトね。私はエクレアよ」

「エクレアさん、ここって何階ですか?」

「あ~、5階。あの壁際にエレベータがあるでしょ。あの上に、"5"って書いてあるから分かる。というよりも何階か知らなかったの?」

「えへへ、しょっちゅう病気するから、他の階に行っちゃだめと、ラァム院長に言われてます」

「診療室も5階だから、動けないね」

「他の所も見てみたいです」


 ほんの少しの会話だったけど、ようやく、ライトがいる世界の住人と交流があった気がする。孤児院内や隣の病院は会話していたが、コチラから動いたわけじゃないからなぁ。

 また、孤児院に戻り、文字の覚えるため、落ちていた紙切れ等から文字や単語の書き取り、発音の解読を自習した。ある程度時間が経ち、どうにも発音が文字から分からない部分があったので、何気なく『リア姉ちゃんに聞きに行こう』と呟いていた。


「しまった、もういないんだ」


 今頃になって、話し相手がいないことを気付いた。ライトとしても、中身のおっさんとしても、この分からないことだらけの世界で、本当に孤独である。心身の不一致が若干薄らいでいたのに、再認識してしまう。そう思ったら、声を出して泣いていた。

 それに気付いたラァム院長が声をかけてきた。


「どうしたの?」

「リア姉ちゃんがいないと思ったら・・・」

「いずれは、みんな出ていくんだよ。ずっとここにいるものでもない。でも、慌てることでもない」


 多くの子供たちを送り出したラァム院長の表情は、それ程、悲しいものではなかった。慣れもあるだろうが引き止めてもしょうがないしな。淡々としてくるのだろう。それを勝手に思って、また悲しくなった。


 また、食事の時間。マンプクは、リア姉ちゃんがいないことにすぐ気付いて、自分を見るなり


「しっかり食え。ライトも孤児院から出て、自分で食べていけるよう、体を大事にしなよ」


 その言葉で、ボロボロ泣いて鼻垂らしながら、一生懸命食べた。


 それからしばらく、ライトの体のこと、焦りや不安から塞ぎ込んでしまった。さらに言うと、なぜライトという子供の体で自分が蘇ってしまったのか、そういうことまで思い出して、誰にも言えず、理解されないであろう想いで自分自身を攻撃しているようだった。


 トイレ近くの窓の下で、小さくなってうずくまっている。何時間経ったのか、分からない。孤児院は農園手伝いなので誰もいないから、ずっと同じ場所。

 そこに、声をかけてくる人がいた。


「どうしたんだい、少年」


 『おっさんじゃ、ボケェ』と返事しかけたが、ぐっとこらえて顔を上げてみた。


「おぉ、顔色優れないねぇ。どうした、私が話を聞いてもいいかな」


 50代くらいの男性で、首からネックレスを下げており、硬貨状の円形に四角 横棒 四角 □-□ のロゴマークがある。


「誰ですか?」

「おじさんはね、ゲンゲという名がある。悩める人の相談を受けることを使命としているんだ。話してごらん」

「病気ばっかりして、他の人と同じことができない」

「ん~ん~、悔しいね、もどかしいね。病気する人はたくさんいるんだ。良かったら、6階に来て、詳しく聞こう」


 腕をぐっと引っ張られ、強引に階段を昇らせる。


「他の階に行くことは禁止されてる。降りる!」

「甘いお菓子もあるから、大丈夫だよ」


 大人の力には抵抗できないので、方角だけ見逃さないよう、周りをよく確認していた。

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