第5話 二人の問題児

 孤児院内で何かやることがあるのか?そう言われると、病弱扱いである私は何もすることがない。他の子供たちは時々、農園に行って、出来る範囲の農作業を手伝って、その報酬として貴重な野菜を頂いている。その農園は、料理人のマンプクがリーダーを務める『大飯幸たいはんこう』という組合組織が管理。

 大飯幸は、食に関わることを一手に引き受けている組合で、食肉加工、販売、畜産業、ごみ処理等行っているそうな。その一環として、孤児院にも食を提供している。以前、やせ細った孤児たちを見て『子供が腹を減らしているとは何事か!』と大泣きして、孤児院に直談判の結果、未来ある子供たちの成長を助けたい思いでいっぱいなんだとか。


 孤児院内でやることがないので、室内をウロウロしてみた。何が描いてあるのかよく分からない絵があり、棚はあるが収納させる物が無い。うっすら分かってきたことが、この何階建てか分からないカモミールパレスというのは、スラム街ではなかろうか?と思う。マンプクのような富豪ではなくても面倒見てくれる人もいるが、荒れた土地が何か問題あると推察する。


 ぼんやりしているので、ラァム院長が声をかけてきた。


「何か思い出したの?」

「いや、全く。貼ってある紙の文字すら読めない」

「そりゃ、学校行ってないからね。そもそも、学校もないけど」

「孤児院では、教えないの?」

「私がね、読み書きが教えるには不十分なんだよ。孤児院も本当は名ばかりで、いっしょに生活している場所みたいなもんだよ」

「それじゃ、文字を覚える物は何かないの?」

「ちょっと、待ってて」


 ラァム院長は、文字の一覧表を紙に書き出してくれた。


「基本である文字の形を覚えてみたらどうかな。今のライトなら、何か出来そうだね」


 文字一覧の紙を受け取り、小さな白い板と炭で出来たペンを借りた。孤児院内だと少し暗いので、階段近くの窓下でひたすら文字を書いては消しを繰り返して、こっちの言語を覚えることに時間を費やした。


「何してんの?」


 声をかけらえた。見上げると、黒髪で強烈な色気のある女性が立っていた。


「文字を覚えようと練習してます」

「あら、そうなの。賢くなりなよ」


 その女性は、階段を上って去っていった。このやりとりを見ていたラァム院長が近寄る。


「覚えてないし、子供だから分からないだろうけどね、この建物の上には、さっきの女性たちが働く場所がある。子供が上階に行っても、叱られるだけだから、興味本位で行ったらダメだよ」

「はい、分かりました」


 また、文字書きをする。いや、その振りをして、物思いに耽っていた。


『さっきの女性は、娼婦だろうな。何階あるか分からない、この建物内に娼館があるってことは、それ以外にも多種な仕事があるんだろう。大飯幸のグループもあったりするんじゃないかな。もう少し体力がつくことと、文字が読めるようになってから、1階ずつ調べていくのもありだな』


『しかし、ここには本が見当たらない。新聞もなさそう。情報源がないから、どこの国か、検討がつかない』


『自分の口調が、ライトの見た目と合わないのは分かっているが、およそ10歳の言い方に合わせるのもいつボロが出ないか気になるところだ。文字の話も、識字率とか言ったら早いんだけど、記憶ないやつがやたらと小難しい言葉や言い回し使うと、気持ち悪がられるよな。浮いた感じになる。どうしたもんかな~。"死んで蘇ったから、変なヤツで当然でしょ!"とか開き直っちゃうか?ぁ~、場面次第で言葉選びか』


「おい、ゾンビ野郎!」


 また、ズボンを下げられた。面倒くさいな、悪ガキ共は。


「くやしかったら、なんか言ってみろ」

「毎回、お前ら邪魔なんだよ。分からねぇのか、迷惑してんのがよぉ。ふたりでいないと何もできないのか、カスふたりで合わせて、ようやくゴミなった程度だろうが。考える力が無ぇんだろ、ゾンビ呼ばわりする前に、お前らの脳がゾンビに食われてんだろ!無い知恵絞って、どこかに脳が落ちてないか探してみろ、ボケェ」


 大人げないだろうが、今の姿は子供だし、ね。


「な、なんだよ、それ」


 二人組が、チラチラとこっちを見ながら去っていった。しつこいんだろうな、頭弱そうだし。・・・あ、そうか。学校がないんだから、考える力は自ら育てるしか、この環境ではないんだよ。それに気付かされたり、周囲の協力が受けられたら、まだ違うんだろうな。


 また、外を眺めながら、文字書きを繰り返した。


「おーぃ、ライト~。そろそろ戻りなさ~い」


 ラァム院長が呼んでいる。夕飯が届く時間なのかな。自分の部屋に荷物を置いて、配膳前の準備を手伝う。


「待たせたなぁ。腹減ってねぇか?」


 マンプクと大飯幸スタッフ数名が、寸胴鍋と食器を持ってきた。


「ほら、たくさん食え。おかわりもたくさんあるぞ」


 自分の器に、具だくさんスープが注がれた。次の瞬間、靴が投げ込まれた。


「ゾンビに味なんて分からないだろ。いっしょに食えよ」

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