第2話 少年とおっさん
とにかく走った。運動は全く得意ではなく、鈍足だけど、ビルの合間や身の安全が確保できそうな場所を探しながら、ひたすら逃げ回ったんだ。途中、けが人や血まみれで動かない姿を見たが、助けようにも、どこが落下物が来ないか全く分からなかった。そう、この落下物。どう考えても、人工衛星1基ではない量が降り注いでおり、数十以上の衛星が連続して落ちているように思えた。
「ハァ・・・ハァ・・・」
息切れして、クラクラする。
「そこの人・・・飲み物ないか・・・」
倒れている老人が声をかけてきた。周囲を見回すと、自販機が壊れて、ペットボトルが散乱していた。緊急事態なので水のペットボトルを取り、倒れている老人を壁にもたれさせ、ゆっくりと飲ませた。
「あぁ、すまない。すまない」
自分も別のペットボトルを開け、水分を取った。グビグビ飲んでいる目線に、絶望があった。
「・・・これは、逃げられない」
覚悟した。100mくらい先に大きな落下物がバウンドしながら破片を飛び散らかし、こちらに向かってくる。
「走れぇぇぇ」
老人が自分に向かって声を上げた。パンパンに疲労した足は、しっかりとは動いてくれず、転びながらもビルの合間に入ろうとした。
何かが体に当たり、自分の体が飛ばされた。痛みを感じていないが、マズイ状況なのは分かった。自分の体を触ってどこを怪我したのか確認しようと、横たわる体を起こした時、目の前が真っ暗になった。
落下物の2回目破片が、自分に致命傷を負わせた結果、息絶えた。世界中のニュースで取り上げられ、具体的な死者数判明には数ヶ月かかる大惨事。原因は、1つずつ落下させる予定が、人工衛星同士が絡み合って、大きな塊となったため、燃え残りが地表に落下した。複数の国が関わったため、連携が取れなかったと発表された。
・・・なんとなく、意識みたいなものがあるんだけど、真っ暗な空間だ。身動きができず、何か触れようにも、触れる存在がない。一瞬過ぎて、走馬灯というのも見なかったな。それと、悲しいというのが、まだない。それも、感じられないってやつかな。
「ゆらり~ゆられて~、漂いながら~♪」
変な鼻歌が出るくらい、感情が分からない。この暗闇が、あの世なのかな。宇宙空間かも?どうでもいいか~。寝るということも必要ないし、時間の感覚なんてもっと感じ取れない。
どれくらい時間が流れたのか、漂い続けたら、薄暗い建物にいた。察するに緊迫している現場のようだ。
「目を開けろ~、起きてぇ!早く蘇生を!」
「はい、電気ショックの準備できてます!」
天井から、この光景を見ている。
「まだ、子供じゃないの。電気流す時に、体が大きく弾んで、蘇生のためだけどさ、体傷んじゃうね」
そう、つぶやきながら、室内を見渡す。
「薄暗いけど、ここ手術室か処置室なんだ。どこの国か分からないけど、こういうのも現状よね。実際ある話だよ」
何度目かの電気ショックの後、少年の体が、うっすら光り、すーっとモヤが浮かび上がってきた。
思わず、声をかけた。
「こら、少年!戻りなって。そこに、体あるでしょう!」
少年から浮かび上がってきたモヤの気体は、どこからかやってきた別の少し眩しい2つの光る存在に挟まれた。そして、その光る存在は、天井を通り抜け、消えていった。
「見ず知らずの少年の最後に立ち会ったわけか。本来は、寂しい気持ちになるはずなのに、漂う状態だと、感情が無なんだな」
蘇生が出来なかったことで、処置をしていた医療関係者らしい人たちが泣きながら、道具を片付け始めていた。
「自分は、いつまで、この部屋に漂うのだろう?相変わらず自分で動けないよ。さっきの少年みたいに、運ばれないのかね?」
目線を天井に向けても、何も降りてくる気配はない。やはり、状態維持もできなくなって、自然な環境に取り込まれてしまうんだろう、そう思っていた。
「・・・ん?なんか引っ張られてない?」
少しずつ、下の方に重さを感じる。
「ちょっと待て、少年の体よ!呼ぶ存在が違うぞ!」
吸い込まれるように、少年の口に入り始めている。どうにも、脱出できそうにない。自分で動けないから、そういうもんか。
「いやいやいやいや、待ちなさいよ。自分が入るわけにはぁぁぁぁ」
つるんと飲み込み、やがて、少年の体が咳をした。
「コホン」
医療関係者達は、大慌てで、生命確認作業に入り、改めて点滴等処置を開始し、自分といえば、この少年の体と感覚が一致し始めたせいで、痛みと倦怠感を認識する。
「この子、どんな状態で心臓止まってたんだ?上から見て怪我ではなさそうだから、病気か。ぐえぇ、ダルい。体が重い」
「おーい、分かるか~?手を握るから、握り返してみて」
体の確認か。右手握られてるけど、動くのか?ふんす!
「お、ちょっと動いたな。でも、弱いな」
なんとなく一体化してきているけどね、この体、腹減ってんだよ。声も出そうにない。この確認を伝える手段も浮かばないなぁ。
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