クリスマスはコンビニへ

うたた寝

第1話


 仕事が終わるのが大体22時なので、彼が自宅の最寄り駅に着くのは23時頃になる。

 その時間帯になってしまうと、居酒屋以外の飲食店は中々やっていない。一応24時間営業しているチェーン店などもあるにはあるが、方向が駅を降りてから自宅への帰路とは逆のため、そちらに行くのは少し億劫である。

 そのため、帰り道の途中にあるコンビニで夕食を買って帰ることが多い。帰る途中に2,3件コンビニはあるが、特にこだわりもないため、彼が行くのは決まって駅を降りてから一番近くにあるコンビニだった。

 朝会社に行き、仕事が終わればどこに寄るでもなく真っ直ぐ駅へと向かって電車に乗り、家の近くの駅で降り、コンビニで夕食を買って家に帰り、夕食を取って風呂に入って寝る。

 そんなルーティンと言っていいのかも分からないような、同じ日々の繰り返しだった。そして今日もいつもと同じように、彼がいつものコンビニで夕食を買って帰ろうとしていると、


「ポイントカード作りません?」


 イレギュラーな事態が起きた。コンビニの店員が商品をレジへと通す前に彼へとそう話し掛けたのである。

 知り合い、と言うほどではないが、彼は彼女の顔は知っている。彼女がシフトに入っている時間帯と彼がこのコンビニに来る時間帯が同じなのだろう。週3くらいで顔を合わせているから彼も何となく彼女の顔を覚えている。

 割とこちらからポイントカードを出さない限り、持っていますか? とは聞いてこない店員が多い中で、彼女は確か毎回聞いてくれていたように記憶している。いい加減持ってないってこと覚えてくれないかな? と思わんでもなかったが、きっと毎回聞くようにしているのだろうと、彼は毎回決まって『持ってません』と答え続けていた。

 下手すれば、別の部署の会社の人より顔を合わせて、言葉を交わしている彼女だが、『持ってますか?』と聞かれることは数あれど、『作りません?』と聞かれたのは、多分最初に言葉を交わして以降初めてのことだった。

 そこに少し違和感を覚えないでもなかったが、

「いや、要らないです」

 形式的な質問だろうから、そう言ってしまえば話が終わると思っていたので彼は深く考えもせずそう答えたのだが、

「『要らない』っ!? いや、ダメです! そんなおバカなことは許しませんっ!!」

 なんか彼女の火に油を注いでしまったらしく、まさかの『ポイントカード作成拒否』を拒否された。というか、今さり気なくお客のことを『バカ』と言ったなこの店員。客によってはトラブルになっているところだ。彼が突如女性店員に絡まれたショックからか、自分の寛大さを褒めるという現実逃避を行っていると、彼女はレジの横に置かれている電卓を引っ張り出してくる。

「いいですか? お兄さんが買ったこの一食の値段、仮にこの値段をいつも買うとしましょう。お兄さんは私がシフトに入ってる月・木・金このコンビニで買っています。いえ、月・木・金だけ買っているとも考えづらいので、恐らく平日毎日買っているのでしょう。ポイント還元は3%なのでお兄さんを見始めた日付から逆算していくと……、ほらぁ! ちゃんとポイントカード作ってればこの一食分ポイントで買えたってことになりますよぉっ!!」

 別に彼女が損をしているわけでもあるまいに、まるで結婚資金を貯めようと約束していた同棲中の彼氏が無駄遣いをしていることに気付いた彼女ばりに怒ってくる。しかも理路整然とちゃんと数字を出して無駄が生じていることを説明してくるため何の反論もできない。家計を任せればさぞかし優秀な奥さんになることだろう。

「何現実逃避してるんですかっ!? ちゃんと話を聞いてくださいっ!!」

 彼が再度現実逃避をしていることに気付いたらしい彼女は、商品を置いている台をバンバン手のひらで叩いて彼の意識をこちらへと戻してくる。

「何で作んないんですかっ!? いやもうダメですっ!! 今日という今日は作りますよっ!!」

「…………」

 彼はこめかみに指を当てて考える。いや、彼女の言っていることは正論である。そこには何の反論も無いが、一方で、彼女には何の迷惑もかけていないハズである。こちらのことを考えて言ってくれているのは分かるから、口に出しては彼も言わないが、冷たい言い方を選べば、無関係である彼女にそんなことを言われる筋合いは無い。

 それにもう一つ気になるのは、このポイントカード無いです、は今に始まった話ではない。それこそ一食分のポイントが貯まる期間くらいはずっと通っていたハズだ。一体何故急に彼女の沸点が今日爆発したのか。機嫌でも悪いのか? だとするとちょっと納得のいかない怒られ方だなぁ……、と彼がレジでもめていることを気遣うようにレジ待ちの人の方を振り返ると、

(……あれ?)

 そこには誰も並んでいなかった。時間帯がそれなりに遅いとはいえ、いつも数人程度はレジへと並んでいるのに、今日に限っては誰も居ない。

(……あー、それでか……)

 彼女が急にブチギレたことに少し納得がいった。恐らく、大分前から彼にこのことを言いたい鬱憤が溜まっていたのだろう。しかし、流石にレジ待ちのお客さんが居る時にこの説教をするのは躊躇われ、ずっと我慢してスルーしてきたのだろう。

 しかし、今日は誰も居ない。つまり思う存分話せる、そういうことなのだろう。

「はい! 名前とメールアドレスを書く! それだけで発行! たったの1分もかからない! この時間を惜しんだがためにお兄さんは一食分損してるんですからねっ!!」

 紙とペンを彼の方へと押し付けてくる。ついでに腕を組んで彼の前で仁王立ち。彼が書くまで商品をレジへと通しません、という彼女の覚悟がひしひし伝わってくるようだった。

 もうこれ軽い脅迫じゃね? と彼は思わんでもなかったが、まぁ確かに、言われてみればかなり勿体無いことをしているような気がしないでもない。そもそも、そうまでして強い意志を持って、ポイントカードを作らない! という想いがあるわけでもない。ただ単に面倒だから断っていただけだ。

 それに何より、これ、ポイントカードを作らないと話が終わりそうにないな、と理解した彼は申込用紙に必要事項を書き込み、ポイントカードを手にすることにした。

 それ以降、彼女がレジをしている際には、いつも聞いていた『ポイントカードありますか?』の問答が一切無くなり、『あるだろ、出せ』と言わんばかりに無言で手を差し出されるようになった。



 クリスマス。普段であれば『残業しないやつに社会人の資格は無い』とか、パワハラ寸前のとんでもねぇことを言っている上司が、今日に限っては早く帰宅するよう部下へと促していた。家庭があるので今日は早く帰りたいのだろうが、部下だけ残業させて自分だけ早く帰るという世間体の悪さを気にする程度の良識はあるらしい。

 普段であれば、『帰ってよし』という言質を得た瞬間、発言を撤回される前にさっさと帰る彼であるが、今日に限っては少し都合が悪い。とはいえ、このまま時間調整のために会社に残っていても、上司になんか言われては面倒だ。実際、もうみんな帰り支度を始めている。

 仕方ない、と彼も皆に倣って帰り支度を始め、狂った予定を頭の中で立て直し始める。



 そして、いつも通りの時間帯にコンビニへと来た彼だったが、ここでもまた予想外のことが起きた。居るもんだ、と彼も思いこんでいたため、それに気付いたのはレジに商品を置いた時だった。

(あれ? 居ない?)

 シフトが変わったのか、体調不良で休んだのかは彼には分かりかねたが、いつも居る彼女の姿がそこにはなかった。『彼女は?』と聞くのも変な話なので、彼はとりあえずレジだけ済ませることにする。

 商品を受け取り、出口へと向かう途中、そういえば、と、上司が今日早く帰っていた理由を思い出した。そう、今日はクリスマスである。予定があってシフトを外してもらっていたとしても、何の不思議もない。しかし、そうなってくると、

(これ、どうしようかな……)

 先に確認してから買うべきだったな、と彼が少し後悔しながらコンビニを出ると、


「いつも居る可愛い店員さんが居なくて寂しいよ~、とか、思ってくれてたりします?」


 出た瞬間、入り口の横から聞き馴染みのある声を掛けられて、彼はゆっくりと振り返る。そこには見覚えのある顔が見慣れない私服を着て立っていた。何だかんだ長い、付き合いと言っていいのかは微妙だが、知り合って時間が流れたわけだが、私服姿というのはこれが初めて見た。

「『可愛い』かと『寂しい』かは一旦置いておくとして、いつも居る店員さんが居ないな、とは思ってたよ」

「クリスマスだからって、店長が気を遣ってシフトを外してくれたんですよ。……ええ、ホント、余計な気を遣って……」

 やたらと遠い目をする彼女。クリスマスに予定のある人間が偉いとも、無い人間がダメだとも彼は思わないが、乙女心は色々複雑なのだろう。世間話の延長で、彼氏居ないの? とでも聞こうかと思ったがこのご時世、下手するとセクハラになりかねないので少し表現の仕方を変えて聞いてみる。

「可愛い店員さんなのに、クリスマス一人なの?」

「きっと可愛いからみんなクリスマス予定があるだろうって誘ってくれないんですよー。いやー、可愛いって罪だなー」

「………………」

「止めてくれません? 止めてくれません? そんな可哀そうな人を見る目を私に向けるの止めてくれません?」

「いや、うん、そうだね。俺も、そう、思うよ」

「止めてくれません? 止めてくれません? そんな同情に満ち溢れた声を私にかけるの止めてくれません?」

「で? 気を遣って休みを貰ったにも関わらず、職場に来ちゃってどうしたのよ?」

「止めてくれません? 止めてくれません? そんなこれ以上触れちゃマズいって感じに急に脈略なく話を強引に変え始めるの止めてくれません?」

「で? 気を遣って休みを貰ったにも関わらず、職場に来ちゃってどうしたのよ?」

「リピートクエスチョンっ? えー、やだー。この人ついに私の方を見なくなったー。ナニコレー。ちょーむかつくー」

 不満げに頬を膨らませる彼女ではあったが、彼だって欠片程度には乙女心は分かるつもりである。そんなデリケートでプライベートなデンジャラスゾーンのトークを広げるつもりなどない。まぁ、言うて、彼女がクリスマスの予定が無いことを気にしていないことも、彼がそれを憐れんでいないこともお互い分かっているのだろうが。

 頬に溜めていた息を吐き出してから、彼女は彼の質問に答えることにした。

「いやー、お兄さんが寂しがってたりしないかなーって思って来たんですけど、その手に持ってるのを見る感じ、お邪魔でしたかねー?」

 彼女が『一体それはどなたにお渡しになるので?』といういやらしさ満面の顔で彼が腕から下げているエコバックを指差してくるが、それは少し予想が外れている。彼は指差されたバックを上にあげてみせると、

「目ざといね。でもそういう意味ならお邪魔ではなく、よく来てくれたよ。君に渡そうと思って買ったものだから」

 そう言って彼は手に持っていたそのエコバックを彼女の方へと差し出してくる。

「へ……?」

 彼女はキョトンとして固まっている。それもそのハズ。彼女と彼はコンビニの店員とそのお客という関係だ。何かを貰えるような関係性ではないし、それに渡そうとしている物も物だ。


 彼が手渡そうとしているエコバックの中。そこにはケーキが入っていた。


 完全に予想外の事態が起こったということと、何故私に? という困惑から中々受け取ろうとしない彼女のせいで、ずーっと手を彼女の方に差し出したままの姿勢になっていた彼は、バックをもう少し上に上げて、彼女の顔の前で揺すってみる。

「……おーい?」

「な、何ですか?」

「なにゆえ受け取らない?」

「し、知らない人から物を貰うなという教育を受けてきたので……」

「いや、知らなくはないでしょ」

「いや、名前知らないですし?」

「名乗ろうか?」

「あーっ! あーっ! あーっ!」

「分かった分かった分かった! 名乗らないから聖夜の夜に両手を両耳に当てて騒ぐんじゃない! 近所迷惑!」

 両手を挙げて喜んでくれる、とまでは思っていなかったが、ここまで拒絶されるのも彼にとっては予想外であった。だが、まぁ、確かに、急に脈略もなく渡されれば怖いか、と彼も彼で少し反省する。こんな嫌がっている相手に無理に渡してもしようがないし、

「仕方ない……。今なら返品できるだろうから返して、」

 来ようと彼がコンビニへと戻ろうとすると、それを阻むように、彼女は彼の腰を掴み、入り口の反対側へと引っ張ってくる。おかげで彼の足は一歩も前へと進まない。

「「………………」」

 しばし無言の引っ張り合いが続いたが、先に年長者である彼の方が快く折れた。決して歳だから体力がないとかではない。

「要らないのでは?」

「『要らない』とは言ってないです」

 確かに口に出してはいないが、ほぼほぼ態度で出していたような気がしないでもない。が、元々彼女用に買った物。彼女に貰う気が起きたのであれば、気が変わらない今の内に渡しておこう。というか、結局受け取るのであれば、さっきの問答は一体何だ、結果不毛だったやり取りを思い出し、彼は深い深いため息を吐くと、

「面倒くさい……」

「何言ってるんですか。女子との会話っていうのはその面倒くささを楽しむためのものですよ」

 俺一生彼女要らね、と彼は思うと同時に手に持っていたケーキを彼女へと渡す。

「というかお兄さん。クリスマスにケーキを渡す意味を理解しています?」

「えっ? 何か深い意味が発生するの?」

「いや、知らないですけど」

「知らんのかい」

 彼が言うと彼女は楽しそうに笑う。

「いやでも真面目な話、急にどうしたんですか? ……はっ! さては媚薬でも仕込んで……っ!?」

「よし、お前、それ、返せ。いや、待て、よし、分かった、話し合おう。ほら俺はもう両手を上げているぞ? 何もしないからその肺いっぱいに吸い込んだ息を今すぐ吐き出せ」

 何を叫ぶつもりかは知らないが、さっきの『あーっ!』だけでもかなりのボリュームだった。しかも夜だから響く響く。そんな状態で変なことを叫ばれては、冗談抜きで警察が飛んできかねない。恥ずかしいという概念を持たない大声持ちというのは変な話、ナイフを持っている不審者より厄介なのである。

「まったく。君に無理やり作らされたポイントカードで溜まったポイントで買ったやつだから、お礼に渡そうと思っただけだよ」

 あー、とようやく理由に納得がいったらしい彼女は得意げな顔で、

「ほらねー? 言った通りお得でしょー?」

「さっきの件で全部チャラな気がするよ……」

「わー美味しそう」

 聞く耳持たず。何だ? 彼女には自分にとって都合の悪いことは全部聞こえないよう耳にフィルターでも付いているのか? いっそそのフィルターの性能がどれほどのものか彼が試してやろうかと考えていると、

「あり? これ2ピース入ってますね」

 彼女がバックからケーキの容器を取り出し彼に尋ねる。

「えっ? あ、ああ、それしか売ってなかったからね」

 ケーキとは言っても彼が買ったのはホールケーキではない。カットされたケーキが2ピースプラスチック容器の中に入っている物だ。

「じゃあ半分こしません?」

 彼女がバックからプラスチックのフォークを2個取り出して言う。どうやら店員さんが気を遣ってフォークを2つ入れておいてくれたらしい。

 本音を言えば、要らない、というのが彼の本音ではあったが、好意で言ってくれている、というのもあるし、変に断って、『じゃあ要りません』とか言い出されても困る。

「じゃあ、一個貰おうかな」

「折角ですし椅子に座って食べましょうよ。ほら、時計台の下に椅子あるし」

 コンビニの出口近くにある時計台を彼女は指差す。クリスマスに時計台。そこだけ聞くとカップルが集まっていそうな印象を受けるが、時計台が大分古いのと、クリスマスにも関わらず特にイルミネーションなどを施されていない関係か、周りには人っ子一人居ない。あそこで座って食べていても誰にも迷惑を掛けないだろうし、誰の目も引かないだろうが、

「……この寒い中外で食べるの?」

「じゃあ暖かいお兄さんの部屋で食べます?」

「よし、椅子で食べよう、すぐ食べよう、今食べよう」

 彼は急いでケーキを持って時計台の下の椅子へと向かう。クリスマスの夜に女子を部屋に連れ込めばそれこそ変な意味が生まれかねない。何より、それを楽しんだ彼女がご近所様にどのような誤解をされるような行動を取るかも分からない。今居る部屋はつい最近契約更新したばっかりなのだ。引っ越さなきゃいけないような状態になるのはご勘弁願いたい。

 まるで逃げるように時計台へと急ぐ彼の背を見て、彼女は楽しそうに笑っていた。



 夜風も冷たいが、夜風に冷やされた椅子はもっと冷たい。座っているだけでガンガン体温を奪っていく椅子に座り、体を震わせながら二人はケーキを食べ進めていく。そんな寒さを紛らわせようとしたのか、彼女は彼が手にしている物を指差して、

「ポイント使い切っちゃったんですか?」

「そう、すっからかん」

 彼がペラペラと振っているポイントカードの残高は綺麗に0。それもそのハズ。ポイントで交換した、というニュアンスで伝えてはいるが、実はあのケーキはポイントだけでは少し足りなかったのである。まぁ、わざわざそんなことは彼も伝える気は無いが。

「ありゃー。まーでもすぐ貯まりますよ」

「下手に貯めるよりこの状態で終わらせた方が綺麗かな、とか思ったり思わなかったり」

「まーたそういうこと言い出して。私がレジやってる時は絶対貯めさせますからね」

「職権濫用だな……」

 とか言いつつ、他のコンビニに行こうとしないあたり、彼もそんなにその濫用は嫌いではないのだろう。

「大体社会人にもなってー、損するお金の使い方をしているっていうのはー」

「ああ、分かった分かった、悪かった。確かに損してましたよ。はいはい、ありがとさん」

「うわー、心が籠ってなーい。『ありがとう』が言えない社会人とか終わってるー」

 ひでぇ言われようである。が、正論ゆえに反論もできないため、彼はとっとと話を変えることに。

「そういう君は学生さんなんだっけ?」

「そうですよー? 来年は遂に就活生です。あー、やだやだ」

 嫌そうに顔を振る彼女。同じ就活生という道を歩んだ彼としてもその気持ちはよーく分かる。が、そうなるとちょっと気になるのが、

「じゃあ、バイト辞めるの?」

 てっきり『寂しいんですか?』とでも茶化されるかと彼は思っていたが、彼女は悩むようにフォークを口へと含む。

「んー、そうしよっかなー、とか考えてたんですけどねー」

 彼女は口から取り出したフォークを唇へと当て、彼の方を見てくる。

「お兄さんと会えるなら、もーちょっと続けてもいいかなー、とか思っちゃったりしちゃったりして」

 イタズラ満面の笑みで彼女にそう言われ、彼も釣られて笑顔になる。

「いいの? そんな理由で続けて」

「いいんですよ。働くのにそんな偉そうな理由なんていりませんって。何かちょっと一個でも、仕方ない、働くかーって思える理由があれば十分なんですよ」

 社会人の俺よりよっぽどしっかりと働く理由を持ってるな、と彼は感心するのと同時に、

「俺も……、」

 ポソっ、と。無意識に彼の口から言葉が漏れた。言うつもりも無かった言葉が口から洩れたため、彼は慌てるがもう遅い。口から出た言葉は引っ込まず、次の言葉を待つように、彼女は彼の方を見てくる。

 だから彼は慌てて言葉を作った。

「俺も……、そう思うよ?」

 慌てて足したにしては上手くいった。実際、彼女は彼のその言葉に違和感を持った様子もなく、

「でしょー? お兄さんに言われると自信になるなー」

 彼の同意を得られ彼女は嬉しそうな顔を浮かべている。それを見て、彼はそっと安堵の息を吐く。

 実は、今の『俺も』は、そっちの言葉に掛けられたものではない。タイミングを逃したためそう聞こえるが、実際にはその一個前の彼女の言葉の方に掛かっている。

 彼が言いかけた本当の言葉。

 俺も君が居るのなら、また一からポイントを貯めてもいいかな、という小恥ずかしいその言葉は、この寒空の下で冷えてしまった体を温めるためのカイロとして、胸の中にしまっておくことにした。

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