ヒーロー その③

 俺、花坂形離と松本さんがいる、遊園地の隅にあるプレハブ小屋の控え室に現れたのは、影をその身に纏ったかのような黒い服に身を包んだ腐女子だった。


「やぁ形離」


 手を上げ、気軽に挨拶なんぞするヒトデナシ。


「……腐女子。なんでお前がここに……」


 当然の疑問、だった。けど何故だか妙な胸騒ぎがする。コイツが急に現れる。それだけで、俺は何か致命的な間違いを犯してしまったかのような感覚に襲われて。

 

「あのエイリアンとサトウサン、攫われたよ」


 そしてその予感は、最悪な事に的中する。


「はぁ!?誰に!?」

「勿論、君を襲った例のあの宇宙人にさ」

「な、に……?」


 例の宇宙人? あの顔面セルフモザイクビッチの事か? というかなんでお前がそんな事を知って……ああそうだ、コイツは俺にマーキングか何かしていて、俺に関する事はのだった。


「おい、形離。一体なんの話しだ。というかこの女性?は誰だ。知り合いか」


 事態を把握できていない松本さんが困惑の声を上げる。

 しかし俺はそれらを一切無視して一歩踏み出し、腐女子に詰め寄る。


「教えてくれ。なんでそんな事になった。二人は無事なのか?」


 俺の様子をじっくりと眺め、不敵に笑いながら腐女子は口を開いた。


「……ま、簡単に言えば、不良品回収、かな。それと二人の安否については流石にわかりかねる。ワタシの目も万能ではないんだ。今宇宙人が何処でナニをしているかまではわからない」

「は?」


 不良品回収? 意味がわから……いや、もしかして。


「形離を襲った例の宇宙人が、とうとう実験体の回収に来たんだろうね。サトウサンは……ただ巻き込まれたのかな? やれやれカワイソウニ」


 最悪の事態だった。


「そんな……なんで、今更」


 あれから半月も、何も手を出してこなかったじゃないか。


「さてね。いつまで経っても事件の一つも起きないから、痺れを切らして母船から様子でも見に来たんじゃないかな?」

「事件?」

「ほら、エイリアンという生き物は本来ゴキブリ以上の爆発的な繫殖力で、たった一匹から無数に増殖し、その場を一瞬で占領してその地域を地獄に変えるだろう? それが面白いんだが。しかし形離から産まれたエイリアンはどういう進化を遂げたのか、多少の違えはあれどほぼニンゲンのような姿と能力と成長速度だった。繫殖能力なんてまだ微塵もない。それが形離を襲った宇宙人にとっては予想外だった。だから様子見……いや実験体の調査及び回収に来たのだろうさ」


 腐女子から語られたそれは酷く一方的で理不尽で……ナニか違和感を覚えるものだった。

 しかし現に今二人はここにいなくて、俺は皮肉にもヒーローの格好で無様にも突っ立っている。


「────助けに行く」


 だが今は余計な事に思考を割いている場合じゃない。俺が今なすべき事はシンプルだ。グダグダ悩むのは全部終わった後。今はそのふざけた宇宙人をぶちのめしに行く。


「どうやって?」


 腐女子がニマニマと、嬉しそうに問いかけてくる。


「どうやってもだ」


 頭が冷える。

 自分でも驚くほど冷静だ。

 自分が今からやるべきタスクが順を追って組み立てられていく。

 ギアが廻るように、炉心に火が灯るように、世界が反転する。

 自分という中身が、全く別のモノへと変身する。


「……自暴自棄、というわけではないようだね」

「ああ」


 そんな段階は遠の昔に過ぎ去った。

 怒りはある。さっきまでの吞気な自分を思うと頭を叩き割りたい。

 でも今は反省より、行動だ。

 二人を助ける。それが何をおいても果たさなければならない、使命だ。

 そう、使命。文字通り自分の命を使ってでも、やるべきこと。


 


「フフフ、久々に形離のそんな顔を拝めたよ」


 目の前の人外は何が嬉しいのか、心底楽しそうだった。


「腐女子、お前も協力してくれ」

「対価は?」


 予想していた返答。コイツに善意を期待しても無駄。だから。


「面白いものを観せてやる」

「……ほう。だがそれだけじゃ足りないな。……そうだな。君の死後をワタシの好きなようにできる権利をくれるなら……彼女たちを直接助ける以外の事でなら何でも協力すると約束しよう」


 ヒトデナシは手に顎を置き、そんな契約を提案した。


「よし、ならそれで契約成立だ」


 迷いはない。というか思ったよりも良心的で助かった。


「フフ、相変わらずこの状態の形離は、思い切りが良くて惚れ惚れするよ」

「戯言は後だ。契約通り、今から俺が指示する通りに動け」

「いいとも。今日だけは君の為に、馬車馬のようにかしづこう」


 ……さて、さっき立てたプランで行くなら、まだまだ手が足りない。


「ああ、ワクワクするな。一体これから形離はどんな無茶をやらかすのか」


 最早ヒトデナシの言葉には耳を傾けず、次にすべき事へと思考を廻す。


「……松本さん」



 そうして俺は、早速この場に居るもう一人の人物に声をかける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る