ヒーローは遅刻魔 その①


 この佐藤春香さとうはるかには正しいと信じる夢がある。それはギャングスターになるほどでっかくはないけれど、公務員になって安定した職業に就いて定年まで働き、老後は趣味でゲートボールなんかして気ままに過ごす……なんていうほど現実的な夢を持っているわけでもない。

 わたしの夢は、絶体絶命のピンチに正義のヒーローにお姫様抱っこをして助け出されるという少女なら誰でも一度は夢見る可愛らしくも素敵な夢なのである。

 ただわたしが少し他の子達と違うのは、その夢を大人になっても密かに願い続けている事だ。

 大概の子はこんな夢中学ではじめての彼氏ができれば現実を知り、色々悟りを開きインドにでも出掛けて自分を探しだしてからもっと現実的な夢へとシフトする。

 しかしわたしは運がいいのか悪いのか知らないが、産まれてこのかた彼氏なるものができた事もなく、そして男という生態を友達から頼んでもいないのに事細かに聞かされてもめげずに我が夢を守り続けてきた。そんな色んな意味で泣けてくる我が青春時代。

 勿論未だにわたしの下にヒーローはやってきてはいない。だがまぁヒーローは遅刻魔というのが常識にして定説。何よりわたし自身がそんな絶体絶命のピンチに陥った事がないからヒーローも出るに出られず困っているのだろう。うん、たぶん、きっと、めいびー、そういう事にしておく。

 ……じゃないと流石にそろそろ、わたしの夢も力尽きてしまいますよぉ。

 悲しいかな、わたしも今年で二十歳。夢見がちな少女を名乗るのは色々キツイのである。

 人の夢と書いて、儚いと書く。この漢字を考えたヤツは間違いなく人の心が無い。もしくは人の心を熟知した毒キノコ野郎だ。

 さてさてそんなわたし佐藤春香ですが、夢だけで飯は食えねぇの例に漏れず、只今手に職をつける為に独り暮らしをしながら都内の看護学校に通って猛勉強中の身。

 なんとなくヒーローは怪我しやすいだろうから、看護師になればあちらが見つけられなくてもこっちから見つけてあげられるじゃん、みたいな安易な動機だ。

 勿論クラスのみんなには内緒だよ。

 こんなヒーロー狂いのわたしであるが、周りからは普通の人間として認識されているのです。

 例えばお隣に住むニ○三号室の花坂形離さんなんて、わたしの事を「上京してまで看護師を目指す素晴らしい人間だ!」みたいな認識で……なんかすみませんと謝りたくなるレベルだ。

 だからわたしはそんな世間の目を気にして、産婦人科でバイトをしはじめる始末。

 世間体を取り繕うのも中々に大変なのだ。

 しかしそれが原因で益々お隣さんからの尊敬の眼差しが強くなる悪循環。

 世の中上手く回らないものである。

 ……うん、ホント世の中上手く回らない。

 だって今玄関の前で、雨風に晒されながら例のお隣さんが泣きながら赤ちゃんを抱きしめて、必死にヒーローではなくこんなわたしなんかに助けを求めているのだから。



 ────やっぱり、ヒーローは遅刻魔だ。

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