サイエンスでフューチャーするベビーなエビデンス その⑤
夜の……いや朝の何時だろう。最早時間を見る暇がなくて今が何時かもわからない。ただ外が一度暗くなった後明るくなったので、たぶん朝だろうというのはわかる。
事務所への電話の後…………エビはゲリラ戦の奇襲の如く、こちらの隙を突くように泣いては眠りを繰り返した。
泣いては眠り、泣いてはオムツを変え、泣いてはミルクを与え、泣いてはあやし、泣いてはオムツを変え、泣いてはミルクを与えても嫌がられ、泣いては泣いて、眠り、泣いて、オムツ、泣いて、泣いて、あやして、眠り、泣いて、泣いて、眠り、自分も眠……泣いて、起きて、抱いて、あやして、あやして、あやして、泣いて、泣いて、眠り、泣いて、泣、泣、泣いて、泣泣泣眠泣泣泣泣泣眠泣泣泣泣泣……。
記憶が……曖昧だ。特に後半は夢遊病者のようにエビをあやすだけの存在になり果てていた。
「世の……親たちは……み、みんな…………この試練を乗り越えている、わけですか」
マジ親やべぇ。こんな身近に超人は実在したのだ。
エビの子育てを開始してもう何度目になるかわからない、世界中の親へのリスペクトが止まらねぇです。
「はは、まだ子育て一日しかやってないのに、この疲労とか、笑えないなぁ。スタントマンの仕事より過酷な現場があるとは世の中広いよなぁ。というか俺の子育てが下手なだけなのかなぁ。もしそうならエビに悪いなぁ。ごめんなぁエビ。俺子育て下手みたいだぁ。あ~あ、俺存在価値無いなぁ。消えたいなぁ」
いかん、弱音が止まらない。弱音はいけないと頭ではわかっていても、口が、心が止まってくれない。そしてそんな自分に嫌気がさして、また弱音を吐く。
なんだこの負のスパイラル。地獄かな?
……身体の疲労もヤバいが、メンタルの疲労もかなりヤバイ。
窓からそんな限界な俺を励ますように、朝日が目に直撃する。
朝日さん、気持ちは有り難いのですが、今はソレただのとどめの一撃です。
そんなわけで俺はとうとう気絶した。
「────っは!?」
ヤバい寝てた! 一体どれくらい寝てた? エビは!?
「あう、あう、うきゃう」
目の前の布団に……エビはいた。そして朝日さんもまだ窓から見えるので、あれから三十分も経っていないようだ。
そしてエビは泣いているわけではなく、ただこちらを見て笑っていた。まるで俺が眠っていたのを楽しんでいたように。
はは、なんだよそれ。普通逆じゃないのか。こういうのは大人が赤ちゃんの寝顔に癒されるものだろうに。
それが普通だ。
「あう、うううい、あ、ああうあう」
笑う。エビが、幸せそうに笑う。それは天使の微笑みと評しても、誰にも文句は言わせない可愛さ全開だった。
断言する。世界中の赤ちゃんで一番この子が可愛い。
俺はエビを抱き寄せ、しっかりその匂い、そして体温を感じる。
ミルクのような柔らかないい匂いで、お日様みたに温かかった。
「……そうだよな。別に普通じゃなくてもいい。だって俺達は俺達なんだから」
何事も一歩ずつだ。たとえその歩みが遅くても、俺達なりに進むしかない。他人と比べても仕方がない。
「あぁ……ふぅ」
欠伸を一つ、心のままに吐いてみた。
何だろう、少し眠ったお陰か調子が戻ってきた。
「あ、ああう、ああ」
エビはその小さな手を広げてこちらに向かって何かをアピールする。
「うん? ミルクか? わかったすぐ準備するからな」
俺は立ち上がり、台所へと向かった。勿論腕にエビを抱いて。
今の仕草が本当にミルクの催促かはわからない。でも俺がそう感じたのだから、それを試してみるしかない。違ったなら違ったで、またその時に考えればいいだけの話だ。
「本当に……その積み重ねだよな」
────誰かが言った。赤ちゃんの仕事は眠るのと泣く事だと。
でもそれだけじゃ足りない。だってその仕事にはパートナーがいるのだから、その人間の事にも触れなければあまりに不親切だろう。
だから正確に言うなら、赤ちゃんは眠るのと泣くのが仕事。そうして……育て人と共に成長していくものである……とかね。
それが本から得た知識ではない、俺自身が子育てを通して実感し学んだ最初の一つだった。
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