2-2 不憫なアラン。神との出会いと謎
キリのいいところで終わらせるというのは、なかなか難しいですね(;¬ ¬)
――――――――――
グレイス王国アテル伯爵領に到着した二人は、馬車に載せた積荷を登録、保管するために商人ギルドに向かっていた。
「今載せてるものが全部売れたら、どれくらい儲かるんですか?」
「んー、そうだね。一着銅貨二枚で売るつもりだから、金貨五枚くらいになるだろうね」
この世界の通貨は、【⠀銭貨・銅貨・銀貨・金貨・白金貨 】と価値が上がっていき、それぞれ十枚で上の通貨になる。
金貨五枚というのは、グレイス王国で暮らす民のおおよそ半年間の給金らしい。
「まぁ、さすがに全部は売れないと思うけど、七割くらい売れてくれたらありがたいかな。
残ったものは半額でギルドに買い取って貰えるんだ」
現在、トワとアランも着ているケルグの毛織の服は人気な品のようで、ギルドはいつでも買取を行っているのだという。
「さぁ、着いたよ。手続きをしてくるから馬車で待っててくれるかな?」
そう言われ、連れてこられたのは巨大な倉庫。
中には大量の木箱と、護衛のためであろうか。多くのギルド職員と思しき人達がいる。
特にすることも無いため、フードを目深に被り、隠れて
――お、よしよし腐ってない。
検証の結果、
それからボケっと働く人々を眺めながら待機していると、アランが倉庫にいる人達と同じ制服を着た美人さんを連れてきた。ただ……
――で、でっかぁー……何がとは言わんがでっかー……
アランが連れてきた立派な職員さんは、テキパキとまるで
「ケルグの毛織物250点、確かに確認致しました。
バザールで売れ残ったものを、ギルドで一着銅貨一枚で買い取るという事で、間違いありませんね?」
「はい。それでお願いします」
サクサクと検品作業が終わり、あとは積み下ろし作業が残るだけとなる。
「さぁ、荷物を下ろしたら宿を取りに行こう。手伝ってもらっていいかな?」
「はい!任せてください」
手続きや検品作業で完全な置物と化していたトワは、張り切って積荷を運ぶ……運ぼうとした。
「……おっおもっ……」
それは十歳の女児が持ち上げるには、少々厳しいものであった。
――人目があるから空間魔法は使えないし、これは、無理っ。
「あー、ごめんね。重かったよね。ギルドの護衛さんに手伝ってもらおう」
「……すみません。役立たずで」
非力すぎる腕力にガッカリしながら、護衛さんを呼びに行く。
結局全ての作業で置物となってしまったトワは、人目さえなければッと無いハンカチを噛むのだった。
積み下ろし作業が無事に(?)終わった二人は、現在宿を探しに行く最中だ。カッポカッポと心地よい音を鳴らしながら街中を進む。
最初の街で最初に住むところ。これはただの宿選びでは無い!トワにとって、今後のモチベーションを左右する重要なワンシーンだ。希望としては、狭くてもいいから虫がいない、キレイな宿。
キョロキョロと、良さそうな宿がないか辺りに目を凝らす。
「ねえトワ。バザールで儲かったら奴隷を買おうと思っているんだけど、希望はあるかい?」
おっと、奴隷ですと?
ついに来たか、異世界特有の命の軽さ!
しかし話を聞くに、どうやらアランもなかなかの苦労をしたようで。
それはまだトワと出会う前。夜間は魔物や盗賊が闊歩する危険な時間帯。だが、そんな事は旅に於いて気にしていられない。馬も寝るし、御者だって日中の疲れがある。それで、アランは風間法の
それは確かに、トワも神話の魔法が使えていなければちびっていたかもしれない。
つまり死活問題という訳。
「うーん、そうですねぇー……戦闘や荷運びができる人と、料理や馬の世話ができる人なんてどうでしょうか?
二人いれば交代で夜番を任せることも出来ますし」
トワは現代日本で一人暮らしをしていたため、ある程度の家事はできるが、家電が全くない異世界では流石に苦労するものがある。
それに旅路での食事は干し肉と固いパンと、道中で狩ったブラックウルフを焼いただけのものだった。調味料の味に慣れてしまっているので、これでは満足出来ない。それに、
――料理は後々覚えるとして、男だらけの旅はちょっと遠慮したいからね。ここはしっかり女性も欲しいとアピールしとかなきゃ。
そう。ガチッムチッだらけは安全面では最高だろうが、そもそも外では空間魔法による索敵だってあるのだ。気にしているのは体裁だけ。であれば、美人、若しくは美少女がいた方が幸せ指数だって上がるってもんよ。
「そっか。なら、ベストは男性女性一人ずつってことでいいかな?」
「はい。それでいいと思います」
――ぃよしッ!狙い通り。
追加人員の話で盛り上がっていると、馬車は一件の宿の前で止まった。
「ここの宿に部屋の空きがあるか聞きに行こう。
安くてそこそこ綺麗。ご飯も美味しいから、お気に入りの宿なんだ」
お気に入り、か。という事は、アランは何度かここに来たことがあるのだろう。なるほど、お手並み拝見という訳だ。
チラっと宿の軒先に目を移すと、灰色の看板が吊るされていて、そこには〈宿屋 シングレイ〉と書かれている。
書かれている?そういえは、見た事も無い字なのに普通に読めるのか。これも転生特典かね?
「こんにちは。部屋は空いているかい?」
「いらっしゃい。一部屋だけなら空いてるよ」
優しい口調だがよく響くがなり声。その発声主、シングレイの女将さんは筋骨隆々とした、とても強そうな見た目の虎人族だ。
――すげー、かっこよ。倉庫の護衛の人なんかより超強そうなんだけど。
この世界に格闘技があれば、タイガーマスク(本物)って出来そうだ。
「一部屋か。んー、どうする?別の宿を探そうか?」
「え?空いてるならいいじゃないですか?ベッドはいくつなんですか?」
「二つあるよ」
二人はまだ出会って数日。しかも男女だ。
アランは同室では流石に気が休まらないだろうと思っての提案だったのだが、トワの心はここに在らず。
――ふーん。エントランスはいいじゃん。内装も……悪くないねぇ。
トワは清潔かどうか、虫はいないかどうかと、宿のチェックに忙しい。
そもそも男女同室がどうとか、そんな事は全く、これっぽっちも気にしていない。何故なら、まだまだ心は男のまま。自分の体に欲情されるなど微塵も思っていないのだ。
「うん、良さそう。ここの宿にしましょう。それで、何泊にするんですか?」
「む、六日で……」
宿が決まれば今度は観光へと興味が移る。アランの葛藤など考えている暇は無い。
「お兄さん、あんた、大変だねぇ……」
虎人族の女将さんは、男として見られていないアランに同情の目を向けながら宿代の銀貨一枚を受け取る。
そんなやり取りにも気付かず、鍵を受け取り階段を駆け上がるトワ。
アラン、不憫な……
部屋にはベッドが二つとクローゼットに金庫、小さな机があるだけの質素なつくりだ。
しかし、しっかり清掃が行き届いていて、絶対に相容れないあの黒光りする虫もおらず、落ち着くものだった。
木製の窓を開け、外を眺める。
そこからは、人々の活気ある声と馬車の行き交う音が聞こえてくる。
「んー!いい感じ!」
現代日本では味わう事ができない、生の中世的な街に大興奮だ。
アランが部屋に入ってくるや否や、「観光!観光に行きましょう!」と、腕を引っ張ってゆく。
「女将さん!鍵お願いします。
あと、観光の名所なんかあれば教えてください!」
「はいよ。観光したいなら、宿を出て右に真っ直ぐ進めば屋台通りだよ。
あとは、煙が立ち上っている区画。あそこは工房エリアでね、武器や陶芸品作りの見学ができるよ」
ちょうどいい時間なので屋台通りで昼食にしようと相談し、女将さんにお礼を言って宿を出る。
「先に神殿に寄ってもいいかな?安全に旅が出来たと神様に報告したいんだ」
観光の前に、アランは神殿に行きたいと。
神様の存在なんてただのオカルトと、欠片も信じていなかったトワからしてみれば退屈極まりない。しかし、異世界転生という非現実、まさにオカルトな体験をしてからというもの、その存在を少しだけ意識し始めていた。
「そうですね。私も何か報告してみようかな」
ちょっとしたお礼参り的な事だ。楽しい世界に連れてきてくれてありがとうと。ただそれだけを伝えに行ってみよう。
因みにアラン曰く、この世界は一神教のようで、世界を作ったとされる〈創造神ファルマ〉を祀る神殿が多くの国にあるらしい。
八百万の神のように、役割がはっきり分かれていたりはしないようで、今回のように旅の安全の感謝だろうが、恋の相談だろうが、はたまた商業の成就だろうが。全て創造神にお願いや感謝をするようだ。
本当にご利益があるのか否か。神のみぞ知ると言うやつだろうか。
異世界の神様倫理に少し首を傾げるところではあるが、二人は神殿を目指して街の外れまで来た。その先の小さな丘を登ると、真っ白で荘厳な雰囲気の建物が構えている。
これがこの世界の神殿らしい。
成金趣味では無いようだが、なかなかお金がかかっていると見た。
「さぁ、着いたよ。入ろうか」
神殿の中はシーンと静まり返っており、白と青の厳かな服を着た司祭に出迎えられる。
なんかこういう場所、変に緊張しちゃうよね。
「安全に旅ができたことの報告と、感謝に参りました」
アランは司祭に銅貨数枚を渡すと、彼は小さくお辞儀をした後無言で振り返り、殆ど足音も無く歩いて行く。二人も彼の後を着いて行き、大きな扉を潜るとそこには、神殿の天井に届きそうなほど大きな女神の石像が祀られている。
細部まで拘ったであろう造りに目を奪われていると、アランにちょんちょんと脇腹を小突かれる。真似をしろという事みたいだ。
参拝の仕方など全く知らないので、ありがたくそうさせて貰おう。片膝をつき胸の前で両手を合わせて目を瞑る。その瞬間、
――ドサッ
私は意識を失い倒れた。
□□■■□□■■
「……ここは、どこ?確か、神殿で神様に報告と感謝をするはずだったんだけど」
そこは透明な空間で、自分以外何も感じられないような場所。しかし、自然と不安は感じなかった。
キョロキョロと辺りを見回していると、その空間に自分以外の何かが現れたことを感じ取る。
「あなたは、誰ですか?」
「私はファルマ。貴方は……まだみたいですね」
「まだ?まだってなんですか?」
「時が来れば分かります。大切な存在を失いたくなければ、よく考えて行動なさい」
ファルマと名乗った女性は、それだけ言って消えて行った。そして、私の意識も戻り始める。
□□■■□□■■
「……ワちゃん……トワちゃん!」
「ん……」
「あぁ、よかった。目が覚めた。
いきなり倒れたんだけど大丈夫かい?」
アランと司祭の話によると、祈り出した途端、倒れて気を失ったらしい。
「ファルマ……神様と会ってました」
「神!?なんと!ファルマ様とお会いになられたのですか!
なにか、なにか仰っていませんでしたか!?」
会った時のような厳かな雰囲気はどこへやら。司祭は興奮のあまりトワの肩を掴んでガクガク揺らし、鼻息を荒くして尋ねてくる。
信者の闇というか何というか。ここまで豹変するのか。
「は、はい。何か、まだみたいだって言われましたよ。あ、あとは、大切な存在を失いたくなければよく考えて行動するように、とか」
キスでもされるのでは無いかと思える程顔を寄せられて、ゾワッとする体験だった。さっさとおさらばしよう。
トワが逃げた後ろで、司祭が「神託……?いや、それよりも……」などとブツブツ言っていたが、知ったこっちゃない。
もう関わりたくないね。
「いきなり倒れるから驚いたよ。
それにしても、神様に会っていたなんてねー……」
「はい……」
――まだってなんの事なんだろう?それに、大切な存在って
失いたくなかったらよく考えて行動しろって、どうしろと?
創造神ファルマと出会い、トワの心に大きな疑問を残したままグレイス王国での生活が始まる。
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