2-1 入国審査と魔力量。


 グレイス王国へ馬車を進める一行。

 ブラックウルフを倒してから特に障害も無く、平和な旅路が続いていた。 

 

「もうあと数時間もしないうちにグレイス王国に着くよ」 

 

 トワにとって、異世界に来て初めての人里である。

 

 ――どんな文化なんだろー。人族以外の種族もいるんだよね。

 あとは食べ物!美味しいものがあればいいなー。


 移動に馬車を使っていることから、文明レベルは高くないことは想像できるのだが、それでも異世界の街というのに興奮が抑えきれない。

 未知の文化に未知の人種もそうだろう。亜人という括りも存在しているのだから。

 

「この辺から人通りがそこそこあるはずだから、この外套で顔を隠しておいてくれるかな」

  

 アランにそう言われ、差し出された灰色の外套を受け取る。

 

「顔を隠すんですか?やっぱりこの見た目は目立ちますかね?」

  

 色々な種族が共存するこのクルーラ大陸でも、純白の体に紅瞳というのはやはり珍しいらしい。ただ……

 

「それだけじゃないんだ。今から向かうのはアテル伯爵が治める区域でね。人攫いをしているとかで黒い噂が絶えないんだよ。

 それに、君はとても可愛いから……」 

「人攫いですか。確かにそれは嫌ですねぇ……」

 

 アランが勇気を振り絞って付け加えた褒め言葉は、無情にも馬車の音にかき消されてしまう。

 

「無視された……無視された……」

 

 アランがブツブツ呟いている最中、トワは詳細マップでグレイス王国アテル伯爵領を調べていた。

 

 ――人族が一番多くて、獣族魔族と続いてるみたい。

 エルフやドワーフみたいなファンタジー筆頭種族はいないのか……ちょっと残念。

 

「そ、そういえば、身分証持ってないよね?

 無いなら入国の時に作ることになるんだけど」

「確かに持ってませんね。何か聞かれたりするんでしょうか?」

「犯罪歴や魔力量、適正魔法を専用の道具で調べるだけだよ。

 安心して、犯罪歴以外は、本人が見せようとしない限り見えないようになってるから」

 

 なるほどそれなら安心だ。 

 神話の中でしか存在が認識されていない、空間魔法と時間魔法が使えるなんて知られたら、貴族だなんだと大事になってしまう。

 

 ――ん?まてよ、犯罪歴?あれ?ヤバくない?

 こっちの世界に来る前に、クズとはいえ二人殺しちゃってるんですけど!?別の世界だからセーフってことになりませんかねぇ? というか、なってくれないとどの国にも入れないってことになるんですけど!?

 もし、アウトだったら盗賊を殺したんですって説明しよう。そうしよう。


 果たしてそんなに上手くいくのだろうか。

 ただ、そんなトワの葛藤は置いておいて、もう目的地は目前だぞー。


「おぉー!!ファンタジーあるある、でっかい壁と門だ!」


 漫画やアニメでおなじみの、どうやって作ったのか疑問を覚える壁のお出迎えだ。

 いざこうやって目の前にデンと構えられると、なかなか威圧感があるな。

 

「ファンタジー?なんだいそれは?」

「えっと、まぁすごいなーってことですよ。ハハハ」

 

 アランの疑問を適当にすり抜け、門の前に並ぶ数台の馬車に視線を移す。きっと入国審査的な事をやっているのだろう。

  

「トワちゃんは向こうの建物に行っておいで。あそこで身分証を発行してもらうんだ」

 

 発行所は門の隣にちょこんと建てられた小屋だった。

 中では二人の兵士が暇そうに待機していて、随分楽そうな職場だななどと、少々失礼な事を思い浮かべるが、流石に本人たちの前では言わないよ。

 

「すみませーん。身分証の発行をしてもらいたいんですけどー」

「はいはい、どうぞーってうぉっ!?」

「おぉ、すっげーかわいいじゃん」

 

 身分証発行と検問の際は顔を見せなければならないため、フードは脱がなければいけない。

 全く、罪な女ってやつだな。もういい歳したおっさんとお兄さんをも惚れさせてしまったみたいだ。

 だが、少し心配な事が。

 

 ――んー……この兵士から領主に話が行かなきゃいいんだけど……

 

 この国の兵士であれば、恐らく領主と繋がっているだろう。こんなにか弱くて、よよよと泣いていそうな少女にまで手を出さないで貰いたいのだが……決まってそういうのってロリコンだったりしたりしなかったり。

 とにかく、祈るしかない訳だ。

 そんな事を考えていたからか、兵士の視線が妙にねちっこい。それでも無事案内された先には、人の頭ほどの大きさの水晶玉と針が置いてあった。

 

「この水晶玉に左手を置いて。

 右手は針で少し血を出すから、このカードに血判してね」

 

 言われるがままに左手を水晶玉に、右手は人差し指を針で刺され、それをカードに押し付ける。

 

「それでは、名前を言って」 

「トワ」 

 ――おぉ……流石ファンタジー。


 名前を口にすると、水晶玉が青く光り、カードに情報が刻まれてゆく。原理が気になるところだが、ここはファンタジー世界なのだ。裏側を探るのはご法度ってもんよ。

 

「トワちゃんね。犯罪歴無しと。

 それじゃ、これ持って検問の列に並んで」

 

 どうやら、別の世界での犯罪は大丈夫だったみたい。

 

 ――よかったー。逃亡生活にならなくて。

 

 小屋を出る前に忘れずにフードを被り直し、検問所の列に並んでいるアランの元へと戻る。

 

「どうだった?」

「大丈夫でした」

「よかった。魔力量は何色だったんだい?」

「え、色ですか?」

 

 カードを見ても、【⠀トワ・人族・女・十歳・犯罪歴無し・魔法適性 空間、時間 】と記されているだけで、色が変わっている場所は無い。

 

 ――あ、やっぱ十歳だったんだ。でも、色ってなんのことだろう?

 

「色なんて、特にないんですけど……」

 

 アランになら見せてもいいかと思い、カードの内容を明かす。これがなかなかにハイテクで、ただ見せたいと思うだけで見えるようになったらしい。スマホの覗き見防止の最終形態じゃん。

  

「あれ?本当だ。色がない……」

 

 アランの話によると、魔力量は色で示されるようで、【 黒・青・緑・黄・橙・赤・白⠀】の順に多くなっていき、例え魔力がなくても黒に、どんなに多くても白になるという。

 

「色がないなんて初めて見たな……魔法を使った時に体から抜けていくような感覚はどれくらい強かったかい?」

「抜けていくような感覚?なんですかそれ?」 

「え?」

 

 この世界の魔法は、使うと体から何かが抜けていくような感覚を覚え、使用者は、あとどれ位魔法が使えるかどうか、体感で分かるものらしい。

 

「時間が経てばまた使えるようになるんだけど、使いすぎると脱力感がすごいんだよ」

  

 と、アランは小さな頃の失敗を力説しているが、私はいくら魔法を使っても、体から抜けていくような感覚も脱力感も感じない。

 

「判定できないほど多い、若しくは無限ってことですか?」

「んー……抜けていくような感覚すら無いってことは……無限かもしれないね。そんなの聞いた事ないけど、神話の魔法を使える時点で普通とはかけ離れているし、それくらいなら有り得そう」

 

 ――……ヤバいなこれ。転生特典山盛りじゃないか。いいのかこんなに貰っちゃって。

  

「……神話の魔法に無限の魔力か。いや、自分で言ってても夢かななんて……

 ねえ、本当に神様じゃないの?」

「いやいや、まさか」

 

 転生特典山盛りで内心大喜びのトワは、ニマニマとした顔で答える。


「ところで、アランさんは何色なんですか?」

「僕は緑だよ。

 適正は水と風で、生活魔法レベルなら普通に使えるけど、連続戦闘となると厳しいかな」

「次の馬車、前へ!」

 

 魔法トークで盛り上がっていたのだが、もう結構経っていたらしい。門兵のよく響く声が轟いてきた。

 ようやく、入国審査を受けられるみたい。

 

 ――おっと、いけない。フード取らなきゃ。

 

「おぉ、すんごい美人だな。お兄さん、大切にしなよ。こんな美人逃がしたら、ほかの女じゃ満足出来ねぇぜ。かく言う俺もな、お水のお姉ちゃんに恋しちまってよ、もう大変で大変で!」

 

 ゲラゲラと品のない笑い方をしながら、門兵はアランの肩を叩く。

 それにしても風俗の女性に恋とは……どちらにとっても険しい道ですなー。

 

「二人とも犯罪歴は無しだな。それで、積荷はなんだ?」

「ケルグの毛織物と、ブラックウルフの毛皮1匹分。

 それと、食糧としての干し肉とパンです」

「お、ケルグ村のやつか!あそこの服は着心地がいいんだよー。

 うむ、通ってよーし!」

 

 中を見られて検査されるとか一切無し。ただ口頭で伝えただけで馬車は門をくぐる。

 

「え?緩すぎないですか?普通、箱を開けて中の確認とかしますよね?不用心すぎる……」

「今は、バザールの時期で商人が山ほど来るからね。いちいち検査していたら日が暮れてしまうんだよ」

 

 その分犯罪も増えるから注意してねと、念を押された。それはそうだろう。気をつけよ。

 先行き不安だが、ついに異世界で初めての人里だ。フィクションでしか見た事のない光景が次々に飛び込んでくる。

 

 ――あ、すごい!猫耳だ!向こうには蜥蜴人もいる!

 

 リアルで見る獣人に興奮しっぱなしのトワは、キョロキョロと落ち着きなく辺りを見回している。

 

「とりあえず、積荷を商人ギルドに下ろしてから、宿を取ろう。そしたら、少し観光でもしようか」

「はい!」

 

 こうして、最初の街で異世界観光が始まったのである。


――――――――――

ファンタジーな国や街って、立派な壁に囲まれがちですよね。

やっぱり魔物対策なんでしょうか?(*`Д´)っ乂c(`Д´*)

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