結転起

 ―――O.W爆破の数分前。

「結界が割れた…?」

 “光投砲”10門の斉射でも壊れぬフォーズの結界が?

 信じ難い光景を目の当たりにした刹那、そこには更に目を疑うものがあった。

 誰かが瞬く間に結界の中へと駆け、凄まじい音とともに、別の誰がか吹っ飛んでいったのだ。

 双方の正体すら分からなかった私…いや私達は、殆どが茫然自失。独り残らず困惑していた。

「…下に降りろ!」

 一先ず指示を出し、全員で飛び降りる。

 ここからでは何も見えないのだ。

 ―――

 結界に足を踏み入れた直後、背筋を凄まじい寒気が襲った。

 悪寒などという言葉では表せぬ、悍ましき寒気。

 体感では絶対零度を凌ぐ程の、悍ましき寒気。

 本能的に危機を感じたのか、私は無意識に剣を取っていた。

 全軍警戒!と命令装置で送信し、慎重に歩みを進める。

 総面積150km³を擁する結界。此処だけを切り取るなら、「余程大規模な設備なんだろうなぁ」で終わるのが関の山だが、違う。

 総面積150km³を擁する結界が、力で構成されているのだ。

 その人物こそ、フォーズ=ヴェール。

 現在、B3最強…いや人類最強の猛者、居住区の守護神である。

 ―――

「大袈裟なんですけどね」

「お前に変なプレッシャーを押し付けたくは無い。しかし頼ってしまっているのもまた事実。難しいところだ」

 結界の損傷から数時間後。

 今回の戦闘は我らの勝利に終わった。

 詳細は省くが、結界を割った者の特徴は、完全にマニュレイと一致していた。

 ロクスとの交戦時に携えていた機械式の大剣も構えていたが、使う間もなくフォーズが瞬殺したため、真価は発揮されなかったとのこと。

 あの歪な寒気は侵入者への、フォーズが放った殺気。最早どこからどう言えば良いのかわからない。

 苦笑していると、

「…あ"ー…疲れた」

と、普段より幾分か低い声を響かせて、グラングはドアを開けた。

 そしてフォーズを一瞥し、倒れ込んだ。

「おや、グラングさんですか。会話が込み入った話になりそうなので、私はここで退席させていただきますね」

「…ん?なんでフォーズがここに?」

 一度視認したにも関わらず、頭にハテナマークを浮かべるグラング。

「結界に侵入者が出やがりましたので、その報告をしていたところです」

「どこから突っ込むべき?」

 当然の反応である。

「見た限りでは瞬殺だったぞ」

「突っ込みどころ追加で」

 当然の反応である。

「…そんなにおかしいですかね?」

 異常性に一切気付かないフォーズ。当然の反応ではない。

「まぁ…取り敢えずですね、結界を壊されれば流石に私も疲れます。部屋で暫く休息でも」

「…もっと休めよ」

「…死滅回遊魚みたいなもんです。動いてないと死ぬ…なんて思っててください」

 重々しい雰囲気とは裏腹に、軽快な足取りでフォーズは部屋を出る。

「…で、お前はお前で随分と疲れているようだな…被害は?」

 グラングに話を移す。こちらの方が重要だ。

「死者1名、重傷者1名、軽傷者1名。こんな感じ。把握が大変だったよ」

「一人ずつか…なら名前くらいは分かるな」

「順にノルフ、レド、ロクス。他に傷病者は居ないはずだけど」

「…待て、ノルフだと?」

「うん…聴いたでしょ?あの轟音」

 私達が結界内で何やかんやしている最中、O.Wは何故か西の方へと航行を開始した。

 数分後、ここまで伝わってくるほどの衝撃波が遠方で発生したのだ。

「確かに聴いたが…」

 信じたく無い予想が頭をよぎる。

「あれは命爆鳴。生命の最後に散らす花火」

「それがノルフの…」

「そう。償いだってさ」

 涙が零れた。

「誰への償いだ…そもそも罪なんて犯していないだろうに」

「…私達」

「は?」

「ノルフ、ほんの少しの間だけど、裏切ってたんだ。ロクスが軽傷者なのは、ノルフと交戦してたから」

「理由は?」

「人質取られてたんだって。SoDが故郷の人みーんな収容してたとか」

「…外道共が」

 呟き、グラングに退室を命じる。

 そして、思い切り机を叩いた。

「…何が償いだ!」

 誰も居ない司令室で、私は独り叫ぶ。

「どう考えても無茶苦茶だ!お前の裏切りなぞ、責める者は誰一人居ない!何故戻らなかった……!」

 死人に口なし。もうノルフが戻らなくなった今、彼の心情を図ることは不可能だ。

 だが…。

「もっと何か無かったのか…?」

 外から物音がした。

「司令官殿!」

「ライか、どうした?」

「ロクス隊長が帰還致した!実際は軽傷どころではない、ボロボロの形相だ!」

「何?」

「詳しくは分からなかったが、医療班によれば、骨は露出し、皮膚は爛れ、死んでいてもおかしくない重傷だそうだ!」

「分かった。他にも何か報告があるのだろう?O.Wの行方…とかか?」

「見事だ司令官、その通り。飛行艇O.W、もといSoDは、無謀にもヴァーデンへと侵攻した!今叩けばダメージは入るぞ!」

 …作戦は決まった。

「よし…偵察隊の代わりに遊撃隊を向かわせろ。負傷者は治療だ。統率は…そうだな、ミツク=オンカを代理とし、隊はスカイマシン4機編成を3隊、それぞれ高上空、中上空、低下空から向かえ」

「…録音した、伝えるぞ」

「そうしてくれ」

 私は徐ろに立ち上がる。

「司令官、何処へ?」

「ロクスの様子を見に行ってくる」

 振り向かず言い、部屋を後にした。

 ―――

「だぁかぁらぁぁ!怪我なんかしてねえよ!」

「この写真を見てもまだそんな事言えんのか?精神のみならず遂に目までイカれちまったか?聴覚、触覚、味覚全部がイカれる日は近いかもなぁ!」

「精神イカれてねえよ!」

「精神以外はイカれてんじゃねえか!」

 医療担当、カイク=リフィール。刻印は、カイクの体力と引き換えに強制回復を行う《完治の刻印》。

「本当に見えてんのかこの眼は!?」

「見えてんだよ!んで傷がやべえことも理解してんだよ!」

「じゃ何が分かんねえんだ?」

「鏡じゃそんな傷見えねえし、そもそもこんな怪我なんざ負う機会無かったんだよ!」

「…何?」

「言った通りだよ!」

「…やっぱ眼がおかしいのか。脳味噌もおかしいみてぇだし治してやんよ」

「俺はどこもおかしくねえっての!」

 ―――同時刻、ガインズ帝国にて―――

「ガインズ4世殿、あの忌々しきSoDが、不敬の国ヴァーデンへと向かいました」

「…フン、国力の欠片ほどとは言え、我らはあのヴァーデンに一度退けられた。酷い街ではあるが、SoDが落としきれるとは到底思えん」

「なるほど…」

 レッジは考え込む。

「先見の明が働きました。僭越ながら意見させて頂きます」

「宜しい、遠慮なく言え」

「先程、短くは有りましたが、B3とSoD間で戦が発生しました。その後、O.Wは西方、即ちヴァーデンの方へ進んでいったわけです」

「それは知っている」

「あのO.Wは、謂わばSoDの空中都市です。実際、そのサイズは並の空中都市を遥かに凌ぎます」

「確かにあれは大きい」

「ですが巨大であるというのは、裏を返せば隠蔽性がないということ。そしてあの組織の評判はもうご存知のとおりです」

「…なるほど!」

「そう、接近するだけで国家が警戒態勢に入るのです。このため、SoDから見れば、奇襲という行為は意味を成さないものとなっています」

「O.Wからスカイマシンを出せばいいではないか」

「それは無理です。あの船は、マーガネとヴァーデンが共同で作成した探知迎撃砲によって、四六時中監視されています。出せば撃ち落とされるうえ、運良く突破できたとしても、早期に捕捉され迎撃されます」

「では奴らは回りくどいことはせず、純粋に仕掛けに行くと?」

「恐らくは」

「その予想が当たっていれば良いな。で、作戦は?」

「はい。簡単な話です。B3本拠から西へ向かったということは、そのまま行けばヴァーデンの東側で衝突が発生します」

「…西側から挟み撃ちか?」

「さすがガインズ様…そこまで見抜かれていたとは」

「ありがとうな、レッジ。もう少し様子を見るぞ。念のため斥候を向かわせ、状況次第では即座に編成を組む!」

「伝達は?」

「まだするな、確定してからだ!」

「了解しました」

 レッジは部屋を出る。

「SoD…ヴァーデン……面白くなってきたじゃねえか…!」




十神宝剣:所有者の刻印の練度を引き上げ、加えて剣に応じた特殊な刻印、神印が使用可能となる剣。


消印イレイザー:十神宝剣の一つ。刀身に刻印無力化が付与されている。神印は《無力の刻印》。刻み付けられると神印も含めて刻印が一切使えなくなる。


命令装置:言語を介さず、特定の信号を送ることで一斉に命令が可能となる装置。モールス信号のようなもの。

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