カージオイド

荻原ツユ

カージオイド

 その日授業で習ったこと、参考書で知ったこと、あるいはテレビやラジオや本や(媒体はなんでもいいんだけど)で見つけた面白い事を、それがどれだけ美しくて素晴らしいか語ると露骨に嫌悪感を示す人がいる、って高一の僕はもう気づいてた。そう、だから、僕らが仲良くなったのは必然だった。三年間一度も同じクラスにはならなかったけど、部活は最後まで一緒で、今もFacebookでゆるく繋がってる。

 その時はまだSNSが流行ってなくて、LINEも無くて。メール打つのも面倒だし、僕らは専ら、直接会って話した。昼休みも土日も、三人集まってはよくだべっていた。

 別に勉強の話ばかりしていた訳じゃない。部活の話が多くて、あとはゲームとか漫画とかの話をしていた。そこにちょっとだけ、習いたての用語とか、法則とか、慣用句とか、そういうのを織り込む。内輪ネタみたいなものさ! テンション上がるのは当然だろう⁉︎

 でも二年生になる頃には、僕はひとり、距離感を覚えていた。どう考えても、二人は僕より賢かった。二人が夢中になって作成している曲線達を、僕はちっとも面白いと思えなかった。

 秋には初めての彼女が出来て、二人に誘われても断ることが増えた。デートの定番は行先を決めないまま駅で待ち合わせするやつ。僕と佳奈とひとりひとつサイコロを振る。出た目の数だけ電車に乗る。大きい目が出れば定期圏の外にも行く。ただ散歩するだけなんだけど、もう最高に楽しかった。吉祥寺駅が出た時に、僕は初めて井の頭公園を知って、タダでこんな凄い公園行けると思わなくて、アガりまくったテンションで奮発してボートに乗った。

 干渉する波の強め合い弱め合いが面白くて、回折するのが面白くて、見上げたら花粉光環が出来てて! 太陽光の回折‼︎ それで、早口で捲し立てる僕を見る佳奈の目がどんなか、気づくのが遅れた。

 その後も何度かデートしたけど、なんだろう、科学を匂わせた途端に佳奈は嫌な顔をした。隠さなくなったのか、僕が気づくようになったのか、それは分からなかった。そんな話題口にしなきゃいいだけなのに、思った途端それは口をついていて、言ってる途中でハッとする。そんなだったから、受験期には僕らの中は冷え込んでいて、でも別れ話に使う体力が勿体無くて、ダラダラと続いていた。

 活性化エネルギーが越えられるなら別れた方が安定だな、って考えてるのに気づいて自嘲するしかなかった。秀祐相手にボヤいて来ようかなと思って、鳩尾がぐるんとした。

 秀祐や優子が僕よりずっと賢いことは、もう僕だけが知っている事じゃなかった。二人がT大を受けることも、この前の模試で何判定取ったかも、みんな知ってた。ってか優子でもBとか、T大は化け物の巣窟かよ……。

 あーあ! 優子だったら笑って聞いてくれるだろうなって思って、瞬間本人が話しかけてきたから、図書室だってのに変な声が出た。

「おどろきすぎw」

「ごめん、どしたー?」

 流石にこの時期ここで会話とか無理無理、ジェスチャーと筆談。

「我息ヌキヲ希望ス……orz」

「何それwww」

「お茶しない?」

「さんせ! シュースケさそおうぜ!」

 今度こそ胃がズキリとした。


 部活が無くなってから、こうして三人で集まるのは久しぶりだった。冬支度が進む枯れ木ばかりの校庭を抜けて、すぐ近く、個人経営の埃っぽい喫茶店に入る。文化祭の出し物より少しマシって感じの店内。それでいて、ドトーノレよりだいぶ高い。この店に来るのは初めてだったけど、優子はそうじゃないらしい。

「ミルクティーひとつ」

「僕はブレンド」

「じゃあブランドふたつで。あとお手洗い借りていいですか? あざっす! じゃあ俺ちょっとお花摘んでくるわ」

「雉じゃなくて?」

「んんーこれは花かな。なんつーか、大輪?」

「アンタら……ここ食事するところ」

 こうして馬鹿やって、優子に叱られるのがお決まりだった。変わんないなぁ。魔法魔術学校の三人組みたいって言われたこともあったっけ。ねぇ、あれの最終巻ってもう出た? えっネタバレやめて、急ぎ読むから。ああ、それ? そっちは毎週買ってる!

 二人で週刊漫画の続きを予想し合ってるところに注文が運ばれてきた。

「ここね、ちょっと照明暗いでしょ? だからよく見えるんだ〜、カージオイド」

「えっ……」

「ラッキー、今来たとこ?」

「そうそう、ここねカージオイド見えるの」

「マジ⁉︎ 見せて!」

「待って、席変わる。ここがベストだから」

「うわっスッゲェ!」

 そこからは何を話したかよく覚えていない。

 

 佳奈は指定校推薦で、秀祐は前期で受かって、優子は後期で受かって、漫画は連載打ち切りになって、僕は滑り止めに引っかかった。

 秀祐も優子も一年目から進振りの点数稼がなきゃで大変そうだったけど、こちらは単位さえ取れればいいので簡単なくらいだった。でもどんなに頑張っても万年二位だった。

 今でも妻には敵わない。今日は子供を預けて久しぶりのデート。行先を決めるのはいつも妻の方。せっかく二人だってのにただ散歩して、ふらっと入ったお店でまた子供の話をして、まだ性別も分からないお腹の子の名前を相談して、それが楽しくて幸せで、手招きされれば僕の方が席を詰める。

「見て見て、この角度。ね⁉︎ カージオイド!」

 ああ、君の方が綺麗だよなんて言えっこないことを思いながら、この曲線の美しさは、僕には一生理解できないと思った。

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カージオイド 荻原ツユ @suzushiro775

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