第2話
謎の落下物から、謎の少女と喋る謎の剣を連れてバギーで走ること一時間。サヴェロは自らが住む街であるナウィートの首都バハマに到着した。
ナウィートは国土のほとんどが砂漠に覆われているが、首都のバハマでは近代化が進み、大きなビル群が建ち並ぶようになっていた。道路もきれいに舗装され、数多くの自動車が行き交っていた。
そんな街中を荷台に布被せた一台のバギーが疾走する。サヴェロは手慣れた運転で、網の目のように張り巡らされた道路を移動し、民家が隣接する住宅地へと入っていった。この一帯に建てられている家屋はどれも年季の入ったものばかりで、訪れた者をノスタルジックな気分に浸らせる。そんな場所だった。
バギーを走らせていたサヴェロであったが、とある民家の前でバギーを停車させる。この家も周辺の民家同様、大分年季が入っていた。
「到着……したのはいいんだけど」
サヴェロは辺りをキョロキョロと見回し、誰もいないことを確認すると、急いでバギーを家の横にある小屋の中に移動させた。
「ふぅ、誰にも見られてないよな」
そう言うと、サヴェロはバギーの荷台に掛けられた布を取った。
「ごめんよ。こうでもしないと、荷台に眠った女の子と抜き身の剣を乗っけて走ってたらめちゃくちゃ怪しまれるからさ」
『問題ありません。我々も目立つ行為は極力控えたいので、むしろありがたいです』
サヴェロの行為に感謝の意を返すアイオス。
『こちらはサヴェロ様のご自宅ですか?』
「様はいいって言ってるのに……そうだよ。ここが俺の家。その子を匿える場所っていったらここしかないし。一応母親と二人暮らしなんだけど、母さんは働きに出てるから今はいない」
サヴェロはそう言うと、アイオスを腰に差し、眠っている少女を抱え上げた。
「母さんに見つかるといろいろ面倒になりそうだから、今のうちに家の中に移動させる。そんで、この子が目を覚ますまで俺の部屋で寝かせておくよ」
サヴェロは少女を抱えたままきびきびとした動きで玄関を開けると、二階にある自室へと移動した。机と本棚とベッドしかない殺風景なサヴェロの部屋。本棚は歴史に関する書物と国外に関する書物で埋め尽くされていた。
サヴェロは自室のドアを足で閉めると、そっとベッドの上に少女を寝かせる。
「あんまりいいベッドじゃないけど、とりあえずここで我慢して。アイオスは机の上に置くよ」
サヴェロがアイオスを机の上に置くと『ありがとうございます』という返事が返ってきた。
「そんで悪いんだけど、俺この後バイトに行かなきゃならないんだ。だから、少しの間ここにいてちょうだい。三時間くらいで戻るからさ」
『了解しました。それではお気をつけて行ってらっしゃいませ』
丁寧なアイオスの対応に、何だか固いなぁと苦笑いをするサヴェロだったが、サヴェロも「行ってきます」と答え自室を後にした。
「いや~一時はどうなるかと思ったけど、とりあえずこれで一安心かな?」
ぶつぶつと独り言を言いながら家の横の小屋に停めてあるバギーにまたがりエンジンをかけるサヴェロ。ヘルメットを被ってスロットルを握ったところでサヴェロの頭に何かもやもやした考えが浮かんだ。
「う~ん。なーんか気になる事があるんだけど……まぁいっか。それよりも早く行かないと」
サヴェロはもやもやした考えを頭を振って吹き飛ばし、そしてスロットルを捻ってバギーを発進させた。
サヴェロが家を出で一時間ほど経った時だった。
「ここは……」
白い全身タイツのようなスーツを身に纏った少女の瞼がゆっくりと開かれた。ぼやける視界に何度か瞬きをする少女。日も暮れて、薄暗くなった部屋を眼球だけを動かして見渡す。
『お目覚めになられましたか? メリダ様』
少女の寝ているベッドの真横から少女に話しかける女性の声が聞こえた。
「そこにいるのは誰? 私を知っているの?」
人の気配はないが、メリダと呼ばれた少女はその声のする方へ問いかける。
『はい。よく存じております。……メリダ様は私を覚えていらっしゃいませんか?』
「ごめん。思い出せない」
メリダがそう言うと、アイオスは『そうですか』と特に悲しそうにするでもなく冷静な声で言った。
『それでは、メリダ様ご自身については思い出せますか?』
「うん。それは覚えてる。だけど、どうしてここにいるのか……その過程が思い出せない。確かカーボニアは……」
そこまで言ったところで、メリダは激しい目眩に襲われ言葉をつまらせた。それを察知したのか、アイオスは間髪を入れずに声をかける。
『貴女はとても長い間眠られていました。まだ身体が順応していませんので、無理をなさらなくて結構です』
アイオスの言葉が伝わったのか、メリダは目を瞑ったまま軽く頷いた。そして、ぐるぐるとした目眩が治まり、気持ちが落ち着いたところで、メリダは再び目を見開いた。
「ねえ、知っているなら教えて。私はどうしてここにいるの? 確かカーボニアは戦争中で……」
メリダは自分の記憶を辿っていくが、頭に靄がかかったみたいに思い出すことができない。呻くような声を出しながら思い出そうとするメリダを見ていたアイオスはその手助けをするように、メリダの問いに答えた。
『メリダ様。率直に結論から申し上げますと、我がカーボニア王国は滅亡しました』
アイオスは言い淀む事無く、躊躇もせず、冷静な声でメリダに真実を伝えた。その答えにメリダは特に驚いた様子もなく「そう」と頷いた。
『貴女は戦争を生き残る為、冷凍睡眠状態で宇宙空間に退避し、二千年もの間眠り続けていたのです』
「……私、二千年も眠ってたんだ。はは、そりゃ国もなくなっちゃうわけだ」
メリダは乾いた笑い声を出した。それはどこか呆れた風でもあった。
「ああ、少し思い出した。私、お父さんに無理矢理銀色の卵みたいな乗り物に乗せられたんだった。それじゃあ結局お父さんもあの後死んじゃったのかな……」
すると、メリダはゆっくりと上半身だけを起こすと、改めて自分のいる部屋を見渡した。ベッドと机と本棚だけのシンプルな部屋。メリダの口から「なんも無い」と正直な感想が漏れた。
『まだ体を動かされるのは早いかと』
「大丈夫だよ。もう目眩はないし、身体にも力は入るから平気……ってうわ! 剣が喋ってる!」
ざっと部屋を見渡したメリダがふと、自分の話していた相手に視線を移した瞬間、メリダは素っ頓狂な声を上げた。
「人気がないから不思議だとは思ってたんだけど、まさか剣が喋ってるなんて」
『私の事を覚えていらっしゃらないようなので改めて、アイオスと申します。私に出来る事は限られますが、お役に立てるよう尽力します』
メリダは驚きながらも「こちらこそ」と目を丸くしながら答えた。
「ええと、そういえばここはどこだっけ? どこかの部屋みたいだけど」
『ここは私達を助けてくださった方のお部屋です』
「私達を助けてくれた人? どういう事?」
『先程まで砂漠の真ん中に放り出されていた私達をこの部屋まで運んできてくださったのです』
「へぇ、そうだったんだ。確かに、そのままいたら私干からびてたかもね。で、その人は?」
『お仕事があるそうなので、出かけて行きました。後二時間ほどで戻られるそうです』
「ふ~ん。それじゃあ戻ってきたらお礼を言わないとね」
メリダがそう言った時だった。下の階からガラガラと玄関の戸が開かれる音が聞こえてくると同時に「ただいま~」という女性の声が家中に響き渡った。
「あれ? 誰か帰ってきたよ? 私達を助けてくれた人?」
『いえ、恐らく違うと思います。私達を助けてくださったのは男性です。今の声は明らかに女性のものでした』
二人がそう会話をしている間に、トントンと階段を上がってくる音が聞こえてきた。
「サヴェロ~帰ったわよ~いないの~?」
その女性の声はメリダ達のいるサヴェロの部屋にどんどん近づいてくる。そして、次の瞬間、バンと勢いよくサヴェロの部屋のドアが開かれた。
「もう、いるなら返事をしなさ……いよ?」
「……」
『……』
サヴェロの部屋のドアを開けた女性はサヴェロのベッドの上にいたメリダの姿を見て沈黙し、メリダもいきなり入ってきたその女性の姿を見て沈黙してしまった。サヴェロの部屋は暗く、部屋の外は明るかった為逆光になりメリダからはその女性の顔がよくわからなかった。
そして、互いに見つめ合う事数秒。沈黙に耐え切れなくなったメリダがこの間をどうにかする為「お邪魔しています」と声にした瞬間だった。
「うっそ! あの子が女の子を自分の部屋に連れ込んでるなんて!」
そう言ってその女性はサヴェロの部屋に入ると、メリダにものすごい勢いで近寄って行った。
「アナタどこから来たの? お名前は? お腹空いてない? 何か食べる?」
マシンガンのような女性の質問攻めにメリダは引き攣った顔で「ええっと……」と声を漏らした。
そんな女性の勢いにのまれつつあるメリダであったが、ふと顔を上げると向こうから近付いてきてくれたおかげでその女性の顔がはっきりと見てとれた。セミロングの黒い髪に、大きな目、整った顔立ちに、皺のない素肌。そんな容姿からメリダは二十代くらいかな? と女性の年齢を予想する。
「ああっと、ごめんごめん。私ばっかり喋っちゃって。嬉しくなるとつい止まんなくなっちゃうんだよねぇ。まぁいいわ。それよりもこんな暗い所にいないで居間にいらっしゃい。ご飯作ってあげるから」
「いや、別にお構いなく……」と断りを入れようとしたところで、メリダのお腹がグゥと音を立てた。
「ほらぁ、遠慮なんてしないの。いいからいらっしゃい」
半ば強引にその女性はメリダをサヴェロの部屋から連れ出した。しかしメリダ本人は特に嫌がる事なく、素直にその女性について行った。
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