第3話

「ごめん大将。遅刻した」




 大きな声で謝りながら、サヴェロはとある一軒の居酒屋に入っていった。サヴェロの住む家からバギーで十分程行った所にある飲み屋街。その一角に、その古びた居酒屋はあった。




サヴェロの両親(主に母親の方)がこの居酒屋の常連であった為、その伝手で居酒屋が忙しい時間帯はサヴェロがアルバイトとして手伝いに来ていた。




「おう、どうした? サヴェロ。また遺跡発掘に夢中になっちまって時間を忘れてたか?」




「ああ……うん、まあそんなとこ」




 サヴェロは黒いエプロンを身に着け、黒い三角巾を被りながら、居酒屋の主人の質問に曖昧な返事を返した。




「とにかく、ちゃーんと働いてくれればウチとしては問題ねぇ。しっかりたのむぞ」




「もちろん。まかせてよ」




 夜が深くなるにつれ、居酒屋には多くの客が入ってくる。見た目は古いナリをしている居酒屋ではあるが、店内はそこそこ広い。サヴェロは次々に入ってくる客から注文を取っては主人に伝え、主人が作った料理やつまみを客のもとへと運んで行った。




ひっきりなしに入れ代わり立ち代わり客が出入りする為、サヴェロは息つく暇もなく客と主人の間を行ったり来たりする。そして、サヴェロが働き始めて二時間後、ようやく客の出入りが落ち着き始めた。




「ありがとうございましたーまたのお越しを―」




 サヴェロが客を見送って、店に戻ると主人がサヴェロに話しかけた。




「おーいサヴェロ。店の方はもう大丈夫そうだから上がってもいいぞ」




「うん、わかった。じゃあテーブル片付けたらそうするよ」




 そう言ってサヴェロは、客が帰った後の散らかったテーブルを片付け始めようとした時だった。ガラッという店の戸が開かれる音がした。それを聞いたサヴェロはテーブルを片付ける手を止め、振り返って客を出迎えようとする。




「いらっしゃいま……せ」




が、そこでサヴェロの動きが止まった。サヴェロが振り返った先、店の入り口にいたのは軍服を着た二人の帝国兵の姿であった。




帝国兵が居酒屋に入って来ること自体は珍しい事ではない。近隣の飲み屋にも帝国兵の姿はちらほら見られる。しかし、それはもちろん私服姿であって、軍服を着たまま店に入って来ることはなかった。サヴェロは何かあったのだろうか? と一瞬疑問に思ったが、さすがに声をかけないままいるのは失礼だと思い、帝国兵に話しかけた。




「ええっと、二名様ですか? 只今テーブルを片付けますので少々お待ちください」




 サヴェロが帝国兵にそう言うと、帝国兵は片手でサヴェロの動きを制した。




「待て、我々は飲み来たわけではない。情報収集の為にこの店に立ち寄らせてもらった」




 帝国兵はそう言って上着の内ポケットから何かを取り出し、それをサヴェロに見せた。その途端、サヴェロの表情が一気に凍り付いた。




帝国兵が取り出したのは一枚の写真だった。だが、そこに写っていたのは先程までサヴェロが介抱していた、銀色の落下物の中から現れた少女の姿であった。




写真に写るその少女の姿は、銀色の落下物から出てきた時とは違い、豪奢なドレス姿で高貴な雰囲気を醸し出している。




「この者を知らないか? 見かけたとかでも何でもいい。知っているなら隠さず教えろ」




 威圧的な態度で帝国兵はサヴェロに問いかける。その問いに、身体を硬直させながらも、サヴェロはある言葉を思い出していた。




『我々を匿っていただけないでしょうか?』




 その時はサラッと流してしまっていたが、今になりサヴェロはその言葉の意味を理解した。あの二人は帝国兵に追われている。でも何故? そう考えたところでサヴェロに答えは出せない。そして、そんな考えを巡らせている余裕も無かった。




「おいお前。何故さっきから黙っている? まさか、何か知っているのか?」




 いつまでも顔を伏せて黙りこくっているサヴェロを訝しんだ帝国兵が語気を強めて詰め寄る。と、そこで、




「いやぁ、知らないっすねぇ」




 サヴェロは顔を上げるとにやけた表情でそう答えた。




 サヴェロは咄嗟に嘘をついた。もしかしたらあの二人は何か悪い事をして追われている身なのかもしれない。しかし、落ち着いた声であったが必死に懇願するあの時のアイオスを思い出したサヴェロは追われている理由を訊くまで彼女達の事を他言するのは控えようと考えた。




「こんなかわいい子、一度見たら忘れないっすよ。大将はこの子見たことある?」




 サヴェロは帝国兵から写真を借りると、厨房にいた店の主人に見せ、写真を見た主人は「知らん」と短く答えた。




「だそうです。すいませんね力になれなくて」




 サヴェロはそう答えながら借りていた写真を返した。帝国兵はそれを受け取ったところで、「ところで、店先に停めてある四輪バギーはこの店の物か?」ともう一つ質問をする。




「俺のですけど、何か? もしかして邪魔でした?」




サヴェロがその質問に正直に答えると、帝国兵は「……いや何でもない、邪魔をしたな」と言って店を出て行った。




 サヴェロはその後ろ姿に笑顔で一礼をするが、帝国兵が出て行った瞬間、その表情が険しいものになった。




「ごめん大将。ちょっと急用を思い出した。テーブル片付けてる暇がないや」




 サヴェロは被っていた三角巾を取り、エプロンの紐を解きながら足早に更衣室に向かう。店の主人もサヴェロの言動で何かを察したのか「おう、あとは任せろ」と言ってサヴェロを見送った。




 サヴェロは店を出ると、バギーのエンジンをかけ、急発進させた。いつもは安全運転を心がけているサヴェロだが、道路を走る車と車の隙間を縫うように走り抜け、いつもの半分の時間で自宅に到着した。




 バギーを家の横の小屋に停め、降りると急いで玄関を開けるサヴェロ。すぐさま二階の自室に行こうとしたところで居間から話し声が聞こえてきた。あまりに賑やかだった為、不審に思うサヴェロであったが、すぐに嫌な予感が頭を過った。




「まさか……」




 サヴェロは慌てて居間に向かい、勢いよく扉を開けた。すると、そこには……




「おっ、帰ってきたな」




「あっ、お邪魔してまーす」




 テーブルに着いて目の前の料理を食すメリダと、次々にテーブルに料理を運ぶサヴェロの母ジェリーの姿があった。




「……何してんの?」




 帝国兵が自分の家に乗り込んでいたわけではなかったが、サヴェロのもう一つの嫌な予感は的中した。まだ家には帰ってこないだろうと思っていた母ジェリーの早期帰宅。もし少女メリダが母に見つかってしまえばややこしくなるとわかっていたのにもかかわらず、心のどこかで多分大丈夫だろうと高をくくっていた結果がこれであった。




 幸せそうに食事をするメリダと嬉しそうに食事を運ぶ母親を見て、サヴェロは呆気にとられてしまうが「ハァ~」と大きなため息を吐いて項垂れた。


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