第12話

 美和が過去の記憶を強引に引き戻させた原因である手紙を読み終えて、雄太と律子はそろって大きく息を吐いてから出された麦茶を口に含んだ。

 海は美和を寝室で寝かせた後、ひとまず二人に麦茶を出して、もう一度美和の様子を確認してきている。

「帰国早々にすまないな、こんな……」

「いいのよ。タイミングが悪かっただけでしょう? それよりも美和は」

「しばらく起きないよ」

 少し疲れた顔でリビングにやってきた海は、空いたソファーに乱暴に座った。睡眠薬の効果は抜群だ、飲んでから六時間は確実に目覚めない。

 海に何かを言おうとした雄太だったが、律子がそれを止めた。

 酷く自分自身を攻めている海に、これ以上追い打ちをかけても仕方のないことだった。

 少しでも離れている間に何かが起こってしまう。対処しようがなかった。半日以上離れていることは日常だ、学生で学校も違うのだから当たり前だった。

 今回はトイレに行ったほんの数十分の話で、何か起こるとは考えもつかなかった。

「……油断したなぁ」

「油断も何も予測不能な事態なんだから仕方ないでしょう?」

 一気に麦茶を飲み干してから、律子は立ち上がった。

「今日はゆっくり休みなさいよ? 美和の側にいること。ほら、行きましょ」

 雄太の腕を引っ張り、そのまま家を出ていった。深く詮索しない律子の態度に、海は苦笑しつつも感謝をしてしまうのだった。



 車を走らせながら、昨日までの出来事を雄太は説明した。聞き終えて後部座席に座る律子はふっと軽く息を吐いた。

「相変わらず落ち着かないわね」

「まあな。結婚前よりはまだマシだけど」

「学校を卒業して就職すれば、周りは黙るんだろうけど」

「……今回の件に関しては、極端すぎるな」

 誹謗中傷が書かれた手紙には名前も記載されていた、すぐにその名を思い出して雄太は頭を抱えつつ海に怒ってしまっていた。

 俺とは違う、あんなに近くに好きな人がいるのに、悲しませているのだろう、と。

「ユウ、海を攻めちゃ駄目よ?」

「わかってる」

 空港にいるときよりは落ち着いていた。律子が止めてくれなければ、海にまた説教をしているところだった。

 何よりも打ちのめされているのは海自身だというのに。

「私たちとは違うもの、あの二人は……お互いに傷が癒えてないのよね。特に海のことは、ユウが一番知ってるでしょ?」

「だな……本当に」

 久しぶりに再会したのに、こんなことになってしまって、話す内容は海と美和を心配する言葉ばかりだった。

「俺たちはとことんお人好しだな」

「あら、それは違うわよ。お人好しじゃなくて、友達のために何とかしてあげたいのよ。ただそれだけ」

 大切な友達が苦しんでいて、みて見ぬ振りなどできるわけがなかった。

「ユウも一生懸命助けるでしょ?」

「ほっとけないからな」

「うん、それでこそユウよ。私が好きになった人ね」

 あっけらかんと言われて、一瞬照れてしまう雄太。赤信号で良かった。

「明日は午前中は二人の家にいって、午後は私の家で過ごしましょうか」

「家族は?」

「父さんは仕事、母さんは夕方まで外出だって。兄さんは明後日帰ってくるみたい。異存はある?」

「ないな」

 それからようやく、恋人同士として他愛のない会話をし始めた。直接会って話をするのはやはり楽しい。

 アメリカでの友人や教師、ホームステイ先の話、海の父親に会ったなど話題は尽きない。

「日本とアメリカの違いもたくさん体験したけど、あれはびっくりしたわね」

 一番驚いた出来事を話す律子、その内容に雄太は少し考え込む。

「ユウ?」

「なあ、それ日本でできないか?」

「日本で? できなくはないと思うのよね……あ」

 雄太の考えに、律子は大きく目を見開いた。

「しましょう。あと二週間で」

「それなら俺たちでもできる範囲だろうし、もう少し調べれば何とかなるかもな」

 二人そろって満面の笑みを浮かべ、近場に本屋がないかどうか車内から観察し始めるのだった。

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