第10話

 飛行機の到着時刻が過ぎ、そろそろ律子が到着するのではないかよ思い、美和は辺りを見回していた。人が大勢行き交っていて発見するのは難しいとわかってはいたが、待ち遠しくて仕方がなかった。

 雄太の恋人でもあるが、美和にとっては大切な友であり恩人だった。直接会うのは、海外留学で日本を発つ日以来だ。

 高校で知り合い仲良くなった。律子と雄太が恋人同士になったのも高校で、律子は女子高生に人気があったため、恋人ができたというのは大きなニュースとなってしまった。

 綺麗というより凛々しいという言葉が律子には合っていた。

「元気かしら、律子さん」

 待ちきれなくなってきた。できれば搭乗口に行きたいところだったが、それは雄太に譲るのが一番いい。滅多に会えない恋人同士の邪魔をしてはいけない。

「……美和さん?」

「佐々木さん」

 律子とに再会を待ちわびる美和の前を通り過ぎようとしたのは、海外旅行に行くために移動していたレイラだった。背後にはボディーガードと思わしき人物が立っている。海に罵声を浴びせた女ではなく、屈強な男が二人控えている。

「ちょうど良かったですわ」

 店内に入り、空いている椅子に腰掛けるレイラ。あまりの素早い行動に、美和は首を傾げた。

「あの」

「……この間は本当にごめんなさい」

 謝罪の言葉に、美和は少し驚いてしまった。大学ですれ違う度に、海と結婚すると宣戦布告し、プライドも高い彼女が謝るという姿は初めてみたからだ。

「私のボディーガードが失礼をしましたわ。たとえあなたがライバルであっても、あのようなことを言うのは、人として失礼に当たります」

「佐々木さん……」

 人の話を聞かないと海はよく憤慨していたが、そんな彼女であっても、昨日の罵倒は失礼極まりないと判断したらしい。

「海様まで傷つけて」

「ありがとうございます佐々木さん」

「私のために謝ったのですわ」

「はい」

 悪い人ではないのは知っていた、海が好きで執拗に言葉で攻撃してくることも知っていた。それでもレイラを嫌うことはなかった。

「あの方はどうされたのですか?」

「解雇しましたわ。あれでは私の品格を貶めます。佐々木家としても迷惑です。そしてこれを書かせました」

 そう言って、高級そうな鞄から封筒を取り出し美和に手渡した。

「謝罪文を書かせましたの。中身は確認しておりません。もし書いている内容がまた罵倒した内容であれば、私におっしゃってください。何らかの制裁を加えます。読まなくても構いません、破り捨てていただいても問題はありません」

「制裁……」

「ボディガードとして、制裁を加えるということです。ボディーガードが主人を守るのは当然ですわ。同時にある程度の教養なども必要になるのです。甘い世界ではありません。朋美の行動と発言は主人を辱めました。私が解雇したところで、他の主人に仕えることになったとしても、同じことを繰り返すでしょう」

 海に執拗に攻まるときとは違うレイラの態度に、美和は何も言うことができなかった。

 彼女はそれなりに地位の高い人物だ、その世界で生を受けて生きてきた。美和には想像もできない世界だ。

「あなたが考える酷い制裁はありませんから」

 そういい残して、レイラは立ち上がってその場を去っていった。ボディーガードも後を追っていった。

 そして渡された封筒を眺める美和。海はまだ戻らない、空港内のトイレは予想以上に混雑しているのかもしれない。戻ってくる間の暇つぶしに、と封筒を開けて手紙を取り出した、二枚綴りだった。レイラがあそこまで激怒して書かせたものならば、そんなに失礼なことは書かれていないだろうと思ってしまった。

「あ……」

 書かれている内容に、美和は体を震わせる。自然と瞳から涙が零れ落ちる。

「おとう、さま……おかあさ……」

 思い出される悲しい記憶、学校で授業を受けていただけだった。突然両親が事故で亡くなったと知らされて、信じられないまま病院に連れていかれた。

 霊安室には生々しい傷を残したままの両親が横たわっていた。同時に美和は半狂乱になって叫んでしまっていた。

 混乱し悲しみの海に沈む美和を救ったのは、身近な人たちだった。クラスメイトや教師、友人である律子や雄太、その家族たち。

 そして幼い頃からずっと一緒に遊んできた幼なじみであり、恋人である海が現実へと引き戻してくれた。

 それなのに。

 なぜ、こんなにも酷いことを書き連ねることができるのか。

「っ、いやぁーっ!」

 ようやく過去を思い出しても、大丈夫になったのに。

 どうして、また――。

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