第8話
夕飯を食べ終え、冷めた焼き菓子もきれいにラッピングを終えてから、居間で談笑をした。懐かしいと美和が見守るかのように、海と雄太の言い争いを眺めていた。高校生のときも、教室でこんな二人を見かけたことがあったからだ。
明日は少し早く起きて、雄太の車で空港に向かうことになっていた。順番にシャワーを浴び、雄太は一階の客間に、海と美和は寝室にいた。
髪を乾かし終えて、ベッドに横たわる海の側に美和は歩み寄り、美和は静かに隣に寝転んだ。
「海さん」
「ん?」
「大好きです」
「俺もだ」
互いに微笑み、軽いキスをする。美和を抱き寄せて、静かに謝った。
「ごめんな、今日迷惑かけて」
「いいえ、迷惑ではありません。あれは相手が失礼なだけですから」
慰めるように、海の頬を優しく撫でる美和。ほんのりと暖かいのは、シャワーを浴びたせいだろうなと思いながらも、その温もりを味わう。
「……言われる覚悟はあったんだけどさ」
「海さん」
少し怒ったように名を呼んでから、美和は唇を静かに重ねた。
「あれは誰が聞いても、相手が悪いとわかります。だから気にしては負けです。海さんが傷つく必要はどこにもありません」
お手洗いから出て、海を発見すると、酷い言葉を浴びせかけられていた。
結婚するまで、海も美和も散々嫌なことも聞いたが、それは二人を心配しての助言でもあった。
けれどあの女の人は違う。単に海を言葉のナイフで傷つけたかっただけだ。自己中心的にもほどがある。
美和の気遣いに、海は笑みを浮かべた。
「ありがとう、美和」
「海さんは笑顔が素敵です。だから悲しんでは駄目ですよ」
「それは美和にも言えることだろうが」
腕に少し力を加える。美和の体温を感じて、軽く息を吐いた。
「まだまだ人生長いわけだし、これから悲しいこともあるもんな」
「楽しいこともたくさんありますよ」
「だな」
もう一度見見つめ合ってキスをする。濃厚な口づけに、美和は体を震わせる。積極的なキスは、結婚してからたくさんするようになった。結婚前だからと互いに遠慮しあっていたが、夫婦となった以上遠慮など必要はなかった。結婚前でも問題はないはずなのだが、二人の理性が軽いキスまで止まりとなっていたのだ。それ以上は、異性としての箍(たが)が外れてしまう。
一線を超えるのは、結婚してから、と互いに約束をしていたのだから。それは古い考えだといわれてしまうかもしれない。けれど互いに大切だからこそ、決して超えないようにしていたのだ。
「……美和」
潤んだ瞳、今日は我慢しなくても怒られないだろうか。
「今日は駄目です。明日早いですから……疲れます、んっ」
首筋にあたる海の吐息、感じてしまう美和。
耳元で、甘い声で囁かれる。
一度だけ、と懇願する海の声はわずかに震えていた。
明日起きられるだろうか、そんな心配をしながらも美和は海を拒むことができなかった。
何かあった日は、海は子供のように甘えてくることを美和は知っている。
強くて優しく見えても、傷つきやすい一面がある。
海は美和に、側に居続けるし必ず守ると言った。
でも守られてばかりではいられない、と美和は決意していた。
時には、愛しい人を傷つけさせないために、自らも戦わなければいけないことを。
「約束していただけますか?」
「ん……?」
「明日になったら今日のことを忘れて下さい。海さんの笑顔が見たいです」
「約束する、よ」
美和の言葉を封じるかのように、唇を唇で塞ぐ。甘えさせて欲しい、と請う海を美和は優しく抱きしめたのだった。
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