第22話

 目に入るもの全てに興味が湧くのか、マイカは興奮しっぱなしだった。


「あ! シチリ、あれも見て良いですかっ?」

「うん、いいよ」


 マイカは雑貨店の軒先に駆け寄り、積まれた木彫りの置物や人形を見て顔を上気させている。


「シチリ、見てください! こんなにちいさなクマさんですよ!」


 目を輝かせながら、手の平に乗せた小さなクマの金工品を僕に見せる。


「ほんとだ、鉄製か……良くできてるなぁ」

 ふわっとした毛並みまで丁寧に再現されていた。


「かわいいですねぇ……」

 気に入ったのか、マイカはじっとクマを見つめている。


「お土産に買って帰ろっか?」

「えっ⁉ い、いや……でも……」


「部屋に飾ればきっとかわいいと思うなぁ」

「うっ……そ、それは……」


「大丈夫、そんな高いものじゃないし平気だよ。それに作業も手伝ってもらってるからね」

「その、ではシチリさえ、よければ……」


「じゃあ、僕はこっちの鹿にしようかな」


 隣に置いてあった子鹿の置物を手に取る。

 小さいながらもずっしりとした重みが良い。


「あ、そっちもかわいいですよね!」

「ふふ、そうだね」

 と、その時――。


『おい! あっちだ!』

『早く医者を呼べ!』


 何やら外が騒がしい。

 店の外を見ると、遠くに人だかりが出来ていた。


「何かあったんでしょうか……」

 マイカが心配そうに眉をひそめる。


「ありゃ……誰か倒れたみてぇだな」

 一緒に様子を見ていた店主がボソッと呟く。


「シチリ、大丈夫でしょうか?」

「うん……」


「あの、行ってみませんか? もしかしたら、なにか手助けできることがあるかもしれません」


 真っ直ぐな目で見つめられ、僕は返答に窮した。

 なるべくなら、あまり目立ちたくないというのもあるし、もし仮にここでマイカの力が発揮されてしまったら……。


 考えただけでも恐ろしい。

 そうなれば、きっと、もう普通の生活は送れなくなってしまうだろう。


「シチリ、だめですか?」

「わ、わかった、でも……」

 僕はそう切り出して、マイカに小声でささやくように、

「手助けできるとしても、直接何かをするのは僕だけにしよう」と言った。


「え……」

「ごめん、これは僕のわがままなんだけど……マイカにあまり目立って欲しくないんだ」


「そうですか……わかりました。では、シチリのお手伝いだけでもさせてくださいね」

「うん」


 僕は急ぎ置物を買って背嚢に仕舞うと、人だかりのあるところへ向かった。



    *



『おいおい、爺さん大丈夫か……』

『急に倒れたらしいぜ』

『あれ、ヘンリー爺さんじゃねぇのか』


 人だかりをかき分けて中心に向かう最中に、不穏な言葉が耳に入る。

 ヘンリーさん⁉ まさか⁉


 人混みを抜けると、二人組の男女に介抱されているヘンリーさんの姿があった。


「ヘ……ヘンリーさん!!」

 僕は慌てて駆け寄り、名前を呼ぶ。


「ヘンリーさん! 僕です! シチリです!」

 真っ青な顔のヘンリーさんがわずかに反応した。


「君は……この人と知り合いなのかい?」


 男の人が尋ねてきた。女性の方も心配そうに僕を見つめている。


「はい、ヘンリーさんにはいつも良くしてもらっていまして……あ、僕は薬師をしているシチリといいます」

「まぁ、薬師さん? あなた、じゃあこの方にお任せした方が……」


「え? あ、うん、まぁ……」

 男の人が横目で僕の顔色を伺っているのがわかった。


「大丈夫です、僕に任せてください。家も知っていますし、きちんと送り届けますので」

「そ、そう? じゃあ、悪いけど後はよろしく頼むよ」


「はい、本当にありがとうございました。すみません、ヘンリーさんが目覚めたら、きっとお礼を言いたいと思うので、良かったらお名前を教えていただけませんか?」

 二人は顔を見合わせ、少し悩んだ様子だったが、


「君、町外れにある渡し船を知ってる?」と男が尋ねてきた。

「はい、乗ったことはないですけど……」


「私達が営んでいるんだ。元気になったら遊びに来るといい」

「あ、はい! ヘンリーさんとご挨拶に伺いますので」


 二人に礼を言い、マイカとアイコンタクトを取る。


 ここじゃ見世物だ。

 ひとまず、静かな場所に移動しよう。


 僕はヘンリーさんの脈を取り、熱やその他の異常がないか調べた。

 特に外傷もない。脈は少し弱いけど途切れてはいない。


 貧血……かな。

 口の匂いを嗅いでみる。特に変な臭いもしない。


「ヘンリーさん、聞こえますか? 聞こえたら僕の手を握ってください」


 すると、ほんの僅かだが、反応があった。

 よし、意識はある――。


「マイカ、すぐ近くだから、ヘンリーさんを家まで運ぼうと思う。悪いけど背嚢を持ってもらえるかな」

「は、はい! もちろんです」


 マイカに背嚢を手渡し、僕はヘンリーさんを抱きかかえた。


 いわゆるお姫様だっこになってしまっているが、今は非常事態だ。

 きっと、ヘンリーさんも許してくれるだろう。


 マイカに道順を教えながら、僕は小走りで家を目指した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る