第21話

 ――一週間後。


 僕はマイカとふたりで畑の拡張作業や、薬の量産スケジュールを相談したりと、慌ただしい日々を過ごしていた。でも、マイカが手伝ってくれているお陰で、作業は順調そのものだった。


「シチリ、これはどこに置きますか?」

「この棚に並べていこう」


「わかりました」

 マイカはてきぱきと薬瓶を棚に並べていく。


 薬瓶の整理を終え、僕達は次の作業に移った。


 練り終えた軟膏を一日寝かせる。

 そして、翌日に練り終えたものと混ぜ合わせていくのだ。


 こうすることで、薬効が3割~4割程度あがる。


 これは、父から教わった方法で、薬師には知らない者も多いが、山に生きる猟師達の間では至極当たり前の技法だった。


「――自然は偉大ですね」

 軟膏を練りながら、マイカが呟くように言った。


「そうだね、薬草ひとつとっても、それぞれに効能があって……自然の中で無駄なものなんて何一つないのかもなぁ……」


 二人で黙々と軟膏を混ぜ合わせていく。

 作業が一段落したところで、僕はマイカに言った。


「ねぇ、マイカ。作業も一旦落ち着きそうだし……そろそろ、モーレスさん達と食事しない?」

「え、あ、はいっ! が、頑張ります!」

「え……?」

 


    *



 食事に行く日、僕は家の前に停めた荷馬車に乗って、マイカを待っていた。

 家の扉が開き、マイカが飛び出してくる。


 あの白いブラウスに水色のスカートを着てくれていた。

 ぱたぱたと走ってくるマイカを見て、あまりの美しさに息がとまりそうになった。

 マイカの周りだけ、空気が澄んで見える。


「す、すみません、お待たせしましたっ!」


 息を弾ませるマイカの頬が、ほんのり朱く染まっていた。

 僕は内心でその可愛さに身悶えそうになりながらも、至って平静を装い、マイカの手を引いて隣の席に座らせた。もちろん、座席にはマイカが痛くないように毛布を敷いてある。


「毛布ありがとうございます」


 にこっとマイカに笑みを向けられ、思わず顔が熱くなった。


「あ、うん……じゃ、じゃあ行こうか」


 ぎこちなく手綱を引くと、ピウスがゆっくりと走り出した。



    *



 モーレスさんの店を訪ねると、アンナさんが出迎えてくれた。

 アンナさんはマイカを見るなり、興奮した様子で色んな角度から彼女を見ようと顔を動かす。


「まぁ、まぁ、まぁ! 何て綺麗な子だよ……まるでお人形みたいじゃないか! シチリ! あんた、どこでこんなお嬢さんを見つけたんだい⁉ まぁー、良く来たねぇ、さ、あがってあがって、もう、汚いところだけど我慢してねぇ」


「そ、そんな……、お招きくださってありがとうございます」

「ちょっと、よしとくれよ~、変な気なんて遣わなくていいんだからさ」


 まるで猫をあやすように、アンナさんはマイカを気遣ってくれている。


 だが、次の瞬間、キッと僕のことを見て、

「ほら、シチリ! さっさと案内しないかい!」といつもの口調に戻った。



 カウンターの裏から居住スペースの方に入ると、モーレスさんがテーブルに料理を並べていた。


「お、来たか、まぁ座って……くれ」


 マイカを見た瞬間、モーレスさんが固まってしまった。

 まずい……もしかして、聖女様と似てることに気付いたのかな……。


「あ、あの、モーレスさん、紹介します、マイカです」

「マイカです、本日はお招きくださってありがとうございます」


「お……おぉ、よく、来てくれたな、そこに座ってくれ」


 ぎこちなく勧められた席に座り、並んだ料理を眺める。

 迫力のある七面鳥の丸焼きにサラダやバゲット、スープ……かなり奮発してくれたんだなぁ。


「豪華ですね……」


 マイカが僕にそっと耳打ちする。


「うん、たのしみだなぁ」


 二人でふふっと笑っていると、アンナさんが部屋に入ってきた。


「さてさて、それじゃ始めましょうかねぇ、あんたも早く座んなさいよ」

「あ、あぁ……」


 四人で向かい合って席に着く。

 モーレスさんはチラチラとマイカを見ている。

 小さく咳払いをして、アンナさんが口を開いた。


「二人とも、今日は集まってくれてありがとうね。初対面だし、私達の紹介をしておくね。私はアンナ、この人はモーレス。私達はシチリの両親と親しくてね、この子がひとりになってから、何かと世話を焼いてるのさ。本人はどう思ってるのか知らないけど、育ての親みたいなもんだね」

「アンナさん……」

 そんな風に思っててくれたなんて……。


「ま、そういうわけで、最近、この子の肌つやも良いし、機嫌も良さそうだし、これは女でも出来たんだろうってピンと来たってわけ。それにしても、こんなに可愛い子だなんて……あんたも中々捨てたもんじゃないねぇ」

「もういいから、料理が冷めちまうぞ? さ、食べよう」

 モーレスさんが横から割って入った。


「それもそうね、さぁ、どんどん食べてちょうだいね」

「ありがとうございます、いただきます」

「いただきまーす」


 スープに口を付けたマイカが目を丸くして、

「おいしい!」と僕を見た。


「あら、気に入ってくれた?」とアンナさん。

「はい! とっても美味しいです。さらっとしているのにコクがあって、香りもいいです!」


「たしかに美味しいなぁ、アンナさんが作ったんですか?」

「この人よ、私は料理できないからね、あっははは!」


 モーレスさんの肩をパシンと叩いて豪快に笑う。

 そうか、モーレスさんは料理も得意だったもんな。


 モーレスさんは恥ずかしそうにしているが、まだ、マイカのことが気になるようだった。

 ふと、僕と目が合ったモーレスさんが、口を開いた。


「その髪……」


 サッと背中に冷たいものが走った。

 どうしよう、やっぱり気付いてたのかも⁉


「地毛なのか?」

「え、あ、はい……出身がエスタニア地方なので」


 マイカの口から聞き慣れない単語が……。

 エスタニア地方ってどこだっけ?


「あぁ、なるほど……あっちは銀髪が多いそうだな」

「はい、こちらではちょっと珍しいみたいですね」


「そうだな、珍しいとは思うが、たまに行商人や旅団の中で見かけることもあるからな」

「え⁉ そうなんですか⁉」


 思わず大きい声が出てしまった。


「なんだシチリ、そんなことも知らないのか?」

「あ、いや……」


「まったく、あんたはもう少し他人と関わりを持った方がいいわね。ずっとウチと家の行き来だけしてたんじゃ、ただの馬鹿になっちまうよ?」


 アンナさんがやれやれとバゲットをちぎった。

 なるほど、じゃあ、マイカを連れて町で買い物したりしても、そこまで目立つことはないのか……。


「――しかし、見惚れるほど美しいな」


 モーレスさんの口からぽろっと出た言葉に、その場の全員が凍り付いた。

 慌ててモーレスさんが否定する。


「ち、違う違うぞ! 髪色のことだ! ったく……変な意味に取るなよ?」

「まったく、紛らわしい! もう少しであんたをこのバゲットで殴り倒すところだったよ!」


「す、すまん……」

「ふふ……」


 笑いを堪えていたマイカが小さく吹き出した。


「あらまぁ、笑うと本当に天使様みたいだねぇ。シチリ! あんたこの子を泣かせたら承知しないよ!」

「ちょ……僕にだけ当たりがきついですよ」


 場が和やかになり、僕達は何気ない会話に花を咲かせた。

 食事も終わり、皆でお茶を飲んでいるとモーレスさんが尋ねてきた。


「そういや、マーカスの件、上手く行ったようだな?」

「そうなんです、お陰様でかなりの受注があったんです! あ、聞こうと思ってたんですけど、マーカスさんって何者なんですか?」


「マーカスは情報屋でもあり、商売人でもあり、用心棒でもあり……ま、何でも屋で、オルディナの町の顔役ってところだな」

「そうなんですね、ちょっと怖い人かなって思ってましたけど」


「まあ、実際、裏にも顔が利くし、怖いってのは間違ってねぇ。でも、昔から町の人間に理不尽な要求はしねぇからな、だからお前に紹介した。マーカスが間に噛めば、他から面倒な嫌がらせを受けることもない」

「あ、そうだったんですね……ありがとうございます」


 モーレスさんは短く鼻で笑って、

「なぁに、気に入られなかったらそれまでの話だった。でも、お前の薬は彼奴のお眼鏡にかなったんだ、自信を持っていいと思うぞ?」

「はい……へへへ」


 モーレスさんに言われると、何だか照れくさいな。

 よぅし、頑張らなきゃ。


「この後はどうするんだい?」

「えっと……」


 アンナさんに聞かれたマイカが、僕の方を見た。


「特に決めてなかったです」

「なら、演劇場でも案内してあげな?」


 その言葉に、マイカの目が期待に満ちたように輝く。


「演劇場ですか……僕も行ったことがないなぁ」

「このお馬鹿っ! だから一緒に行っておいでって言ってんじゃないか!」


「あ……」


「シチリ、気の利かない男は捨てられるよ? 今日はその言葉をよ~く胸に刻んで帰りな」

「わ、わかりました!」


 アンナさんにほらほらと席を立たされる。


「じゃ、じゃあ、モーレスさん、今日はご馳走様でした」

「ご馳走様でした。とっても美味しかったです」


 二人で頭を下げると、

「いいから早く楽しんでおいで、シチリ、ちゃんとエスコートするんだよ」と、アンナさんが手を振った。


 僕とマイカは何度も頭を下げながら、町の演劇場に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る