第55話 ループ

「飛べぇ!」

 タイチの剣には《撃力》エッセンスによる膨大な運動エネルギーが蓄積されている。それをまともに受けたダーケスト・フォーは数歩後ろへ飛ばされるが、両足で踏ん張って体勢は維持できた。ようやく前に進めるようになった騎士の正面にはタイチの追撃がすぐそこまで迫る。騎士はそこからしばらく防戦に専念した。タイチは剣筋に変化を利かせて、ありとあらゆる角度で剣を激突させる。頑強な鎧の敵と戦うには、まず相手の武器を跳ね飛ばさなければならない。そして相手が反撃不能になったところで鎧の搦め手に確実に剣を突っ立てるのだ。それが甲冑をまとう敵に対する有効な戦術だが、相手が幻鬼ともなれば事情が違う。タイチが身を削る思いで繰り出す渾身の斬撃は敵の剣を左右に揺るがすばかりで手と一体化したように一向に離れなかった。《撃力》の反動で手の骨が何本か痛み、掌からは鮮血が滲み出る。これではまるで、攻撃をするタイチの方が負担を強いられていた。

「止まれ!」

 命令的な口調がタイチ、あるいはダーケスト・フォーに向かって発せられた。闘技場には再び皇帝の眷属である近衛兵の一個大隊が駆け付けていた。闘技場どころかその外側の市街地まで巻き込んだ幻鬼の凶行を聞きつけて派遣されたのだろう。しかしその言葉はタイチには届いても幻鬼には届かない。タイチを軽くあしらった幻鬼は防御陣形を構える近衛兵達に向かって突き進む。

「来る・・・・・・」

 その言葉を言うまでもなく、槍衾の一員となっていた近衛兵の三人が幻鬼の騎士に一刀の下に倒された。彼らの隣に居た同胞達は返り血と恐怖心に塗れて、陣形はあっという間に崩壊した。

「化け物め!」

 隊長らしき近衛兵が抜き打ちざまにダーケスト・フォーの背中を斬りつけた。剣と鎧が青い火花を散らし、中身が人間だったならば金属の伝える衝撃で既に意識を失っているはずだった。

「馬鹿な・・・・・・」

 ダーケスト・フォーは足並みも乱さず、その黒い鎧は傷一つ作らずに近衛兵の剣をへし折っていた。戦意を喪失した近衛兵が背中を向けて敵前逃亡に転じた途端、彼は悶絶して地面に突っ伏した。彼が斬られる間際に顔を合わせた兵士達は、背後の幻鬼がいつ斬りかかったのかさえ分からなかった。

 近衛兵達は幻鬼に斬られに来たようなものだった。逃げ惑う彼らは確実に一人ずつ仕留められ、数多くの仲間を犠牲にして逃げ延びたのは十人にも満たなかった。

「止めてくれ!」

 倒された近衛兵の中から無傷の一人が起き上がって半狂乱の叫び声を上げた。倒された仲間の下敷きになっていたところを這い出たのだろう。ところが既に仲間は斬られるか逃げるかのどちらかに分かれていた。

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