第54話 償い

「コトミさん!!」

 傷つき、崩れ落ちようとするコトミはタイチに受け止められる。

「・・・・・・ごめんね」

 コトミを支えたタイチの手が生温かく、赤く染まった。

「何で、何でコトミさんまで!」

「理由なんてわからないよ。ただ、あの日から、私がダン=ギストリを殺したあの日から、全ては復讐に動かされていたんだろうね」

「コトミさんは悪くない! 俺の村を滅ぼした幻鬼を倒してくれたのに、こんなの逆恨みじゃないか!」

「違うよ。どんな理由であれ、復讐を繋ぐこと自体が間違いだったんだ。十年前のあの日、私はテトラを奪われた憎しみに燃えてダン=ギストリを討った。そして今、彼の息子がこの赤の帝都の神威衛士を滅ぼそうとしている」

「俺は、結局同じことを繰り返そうとしていたのか?」

「やっとわかってもらえたね。君をここに連れて来たくなかった理由を」

「まさか、今まで俺をカニバリズムから遠ざけていたのって」

「・・・・・・正確には、私がマクスファーに頼んで適当な口実をつけさせていたんだ」

「どうしてテトラ姉ちゃんもコトミさんも」

「・・・・・・私達、神威衛士には神玉以上に守らなければならないものがあるからよ」

それが最期の言葉となるのだった。コトミの手が生気を失って静かに落ちた。

「ノルガ! お前どういうつもりだ!」

 さっきの一撃でどれだけの死傷者が出ただろう。コトミが盾にならなければ赤の帝都の五分の一が吹き飛ばされていたのは間違いない。そう思うと、タイチは幻鬼を正当化するノルガに怒りの矛先を向けずにはいられなかったのである。

「俺にも分らぬ」

「ふざけんな!! お前は、今さっき関係もない人を何人も殺そうとしたんだぞ」

「そうではない。幻鬼の行動は、指の動き一つまで幻鬼術師によって完全に統御されているはず。だが今のダーケスト・フォーの攻撃は、俺の指示ではないのだ」

「何だって?」

 ダーケスト・フォーの耳にノルガの声は届いていないのか、金属の軋む音を立てながら幻鬼は第二撃に備える。そして振り下ろされた剣はまたしても帝都に甚大な被害をもたらすと思いきや、正面に立ち塞がったタイチのヴィルテュに阻まれる。

「めちゃくちゃしやがって! おい、ノルガ! こいつを何とかしろ!」

「馬鹿な。いや、そんなはずがない」

 ノルガは早口で独り言を続けながら頭を抱えている。

「何やっているんだよ!」

「その幻鬼とは一切の意思の疎通が出来ぬ。こんなことは、俺にとっても初めてだ」

 タイチの恐れていた予感が現実のものとなってしまった。

「まさか、これが幻鬼の暴走とでもいうつもりかよ! 十年前みたいに」

「退け! タイチ=トキヤ!」

 ノルガはまなじりを決すると鬼招杖と呼んだ自身の杖を勢いよく地面に突き立てた。そこから同心円状に魔法陣が広がって、それと同じものがダーケスト・フォーの足元にも作られていた。

「幻鬼の召喚を強制終了する。こんな魔物は人界に存在させてはならん。タイチ=トキヤ、そこに立っていればお前も異界に道連れだぞ」

 タイチはダーケスト・フォーと剣を交えるのを止めてノルガの後方まで退避した。それと同時に魔法陣から円柱状の光の壁が天まで上る。中心に立つ幻鬼の鎧姿は少しずつ光の中に霞みかけた。

「行ったか?」

 ノルガが杖を傾けかけた時の刹那のことだった。円柱から飛び出した何かがノルガの横をすり抜け、闘技場に烈風を巻き起こした。少し遅れてノルガは肩口からおびただしく出血して膝まずく。手にしていた杖は真っ二つに切断されていた。

「ぐ、こやつ、俺に刃を向けるとは」

 傷口を抑えながら振り向くノルガの背後に回り込んだダーケスト・フォーはノルガの首を狙って両手で剣を振りかぶる。しかし更に背後を取ったタイチがヴィルテュを地面に水平に滑り込ませたのを見つけて、一旦剣を縦に構えて攻撃を受け止めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る