第52話 加勢
「エリーレさん・・・・・・」
タイチは観戦席の外側を囲む見張り塔の一つから神威衛士と幻鬼術師の死闘を複雑な心境で見下していた。
「いいんですか?」
塔の階段を上ってきたエリーレの言葉がタイチの胸に突き刺さる。
「仕方が無いんだ。俺の神玉は結局、エリーレさんやコトミさん、それにノルガには叶わない」
「確かに神玉等級は大事です。でも、私はタイチさんに神玉等級を超える強さがると信じています。タイチさんは幻鬼から皆を守るために神威衛士になったんですよね?」
「それもそうだ。でも、あそこに居るコトミさんは俺を守るために自分からカニバリズムを引き受けたんだ。ここで俺が参加すればコトミさんの覚悟は・・・・・・」
「止めて下さい!」
取り乱す様に叫んだミハは深い失望の目でタイチを見据えた。
「タイチさん、いつから人の命を理屈で片づけるような人になったんですか? 私、タイチさんが自分の危険を冒しても神威衛士の命を救う姿に憧れていました! この人は他の神威衛士とは違うって、心の奥底から信頼していたんです!」
「他の神威衛士・・・・・・」
「・・・・・・私、タイチさん以外の神威衛士が嫌いなんです!」
「どういう意味だよ?」
「私の親はここからクルセノス平原を越えた先に有った小さな名もない集落の出身です」
「クルセノスって」
「そうです。その村は二十年前のロタニアの大遠征によって消滅しました。当時、テイセリスの領土を席巻するロタニア軍に対し、神威衛士は戦力の温存を理由に、辺境まで出て戦おうとはしませんでした。私達の村は彼らの都合で見捨てられたんです。家族を殺された母は命からがら赤の帝都に逃げ延びて、苦労を重ねながら私と弟を産みました。でも田舎者の中の田舎者だった母にとって、帝都ではまともに生計を立てることができませんでした。今の私がこんな仕事をしているのもそういう経緯です。私達の運命は、神威衛士の自分勝手な理由に振り回されたんです」
「それで神威衛士が憎いと?」
「憎んでいたとしても、私のような並の人間に神威衛士を糾弾する力はありません。だから神威衛士がそうしたように、私も彼らを商売に利用しようと思って、カニバリズムで彼らの情報屋稼業を始めたんです。そんな時に出会ったのがタイチさんだった。タイチさんは現にあの時神威衛士じゃなかったし、何といってもあなたの目は他の神威衛士とは違っていた。神玉等級の色が何であれ、どんな幻鬼にも屈しない強さを持っていました。私は、タイチさんならば誰一人として死なせることなくこの戦いを終わらせることが出来ると信じています!」
痛切に訴えるミハの言葉を受けて、タイチは闘技場を振り返る。エリーレが壁の隅で巨大な昆虫に追い詰められていた。
「ごめん、そうだよな」
ミハの話を俯いたまま聞いていたタイチが顔を上げた。
「正直言うと、俺は甘えていたんだ。紫位の神玉を持つノルガの力に怖気づいて、皆を守れる自信がなかった。でも、今は違う。今後皆にどんな災厄が降りかかろうと、俺が全力でそれを払ってみせる!」
タイチの力強い言葉にミハは愁眉を開いたようだった。
「ちょっと行ってくる」
タイチは塔の手すりから身を乗り出して足をかけた。
「ちょっと、タイチさん?」
タイチはそのまま、すり鉢状のデリトリオン神殿の直上目がけて飛び降りる。慌てたミハの姿がどんどん小さくなる。落下するタイチの身体はどんどん速度を増し、全身を冷え切った風が吹き抜ける。タイチがヴィルテュを鞘から引き抜くと、銀色の光を尾に引きながらブラッディワスプの頭上を取った。
「腹は潰れてもブラッディワスプにはデリト石をもかみ砕く強靭な顎があるんだ。これで終わりだな」
空から馳せ参じたタイチに気が付かない幻鬼術師が余裕の表情を浮かべた。
「させるか!!」
地表付近のタイチの動きは音速を超えていた。言葉より早く斬撃がブラッディワスプの頭から腹を両断し、翅や脚がもげて飛び散った。
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