第51話 留め

 ブラッディワスプの後端に垂れさがるとっくり型の腹部が身じろぎをした。その先端には注意しなければ見落とすほど小さな毒針が頭を出している。そしてその針の先端がエリーレに向けられたその時、空気が勢いよく抜ける音がした。

「なっ!」

 エリーレは反射的にキュースラを虚空に振るう。刀身に小さな火花が一つ散って、両断された毒針が足元に落ちた。

「あー残念。かすりでもすればアンタなんかイチコロだったのに」

「何ていやらしい攻撃なの」

 そして二撃目が発射される。エリーレは華麗に宙返りを舞って毒針から退いた。

「キャハハ! そんなにはしたない恰好で逃げ回っちゃって。大事なところが丸見えだったわよ」

 エリーレは戦闘中でさえ、ミニスカートを気にしながら戦う。彼女が相手にして来た幻鬼はせいぜいその程度の力量だったからだ。しかしノルガの選んだ精鋭であるユリネに対して今まで通りというわけにはいかない。

「ほらほら、どんどん逃げ回りなさいよ」

 ブラッディワスプはエリーレにいかなる反撃の手段も絶えないつもりで毒針の射線を引きも切らず浴びせてくる。エリーレはただ、左右に、そして時には後ろに身を滑らせつつ避け続けるだけで、最初の一撃以来、彼女は目立った反撃をしていない。

「そこまでよ!」

 エリーレが三連発で発射される毒針を回避したその時、彼女は気が付けばデリトリオン神殿の壁際に追い詰められていた。ブラッディワスプの次の毒針を如何に避けようとも、その次の毒針で確実に仕留められるという絶体絶命の状況である。ブラッディワスプもそれを見越したのか、動けないエリーレに対して上からじりじりと間合いを詰める。

「あなたの命運もこの壁の手前までのようね」

「どうかしら?」

 羽音の雑音が徐々に大きくなる。忙しなく働き続ける翅の巻き起こす風を額に受けた時、エリーレは一か八かの策に出た。策というより、危険な賭けである。知略も機転もなく、ただ敵より先じて攻撃を仕掛けるという無謀な反応だった。当然ブラッディワスプも追い詰められたエリーレがこのような行動に出ることを予想していただろう。神威衛士が剣で円弧を描くより早く、鋭利な毒針が発射される。

「っつ!!」

 毒針はエリーレの肩を掠め、一方でエリーレの放つ《発散》のエッセンスがブラッディワスプの腹をつぶした。照り輝く丸い腹は爆ぜ、紫色の体液が勢いよく飛散する。

「往生際の悪い女ね」

 額に汗を浮かべて何とか立ち上がるエリーレを見て、ユリネは歯ぎしりをした。

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