第49話 問答

 その時、デリトリオン神殿に集う観客達の視線は二つの戦局に分散されていた。一つはエリーレとユリネによるカニバリズム、そしてもう一つの戦端がここに開かれようとしていた。

「ノルガ殿、ここは俺に任せてくれないか? 俺は神威衛士が憎いんだ。自分の居場所を奪った奴らが」

 若い幻鬼術師の一人が気勢を上げてノルガに詰め寄った。

「いや、コイツだけは俺の手で殺さなければならない。邪魔する者は、たとえ幻鬼術師であっても容赦しない」

 ノルガの炯眼とひけらかす紫位の神玉に、若い幻鬼術師は恐懼して引き下がる。

「久しぶりね。十年前のミュートフ村以来かしら?」

 コトミは離れて暮らす親類のように優しく語りかける。

「そうだな。ここに立つこの日まで、俺は帝国東の辺境、トークチカに押し込まれていた。貴様ら神威衛士が父に汚名を着せたばかりに、その息子である俺は幻鬼術師から異端視扱いされたのだからな」

「汚名?」

「父との闘いで村を巻き添えにしたのは貴様らだろう! 神威衛士は神玉を持たぬ人間を虫けらのように扱ってきた。幼少の俺はずっと、その光景を見てきたのだ!!」

「違うよ」

 憤激するノルガをコトミはなだめた。

「私達は、君のお父さんを止めようとしただけだ」

「この期に及んで偽りを申すか! 父は村を守るために幻鬼術に手を染めたのだ! その父が守るはずだった村を焼くはずがない」

「確かに君のお父さんは村を守るのに必死だったよ。でもね、その手段として神玉を使った幻鬼術に手を染めたのがまずかった」

「おのれ! どこまで父を愚弄すれば気がすむ? 父は幻鬼術師としても至高の存在だった」

「それでも勝てなかったんだよ。神玉の魔力に」

「神玉の、魔力?」

「私達神威衛士は神玉を既に同化しているか否かに関わらず、必ず神威衛士養成学院を修了しなければならないのは知っているでしょ? その目的はね、神威衛士にエッセンスの使い方を習得させるほかにある大事な目的があるの。それは、神玉の魔力に毒されないすべを身に着けること。神玉からエッセンスの力を引き出すにはね、その力を望む強い感情が必要なの。丁度宝箱を開ける鍵みたいなものよ。その感情が強ければ強いほど、たとえ赤位の神玉だとしても強大な力を引き出すことが出来るわ。それが出来るとなれば、神玉等級による力の序列なんて意味がなくなる。でもその力があまりに強すぎると、神玉からエッセンスの力を引き出したまま、それが止まらなくなる。つまり、堤の決壊した川みたいに力の氾濫にさいなまれる。そうなった人間は、この世界の条理なんてどうでもよくなるわ」

「それが俺の父だとでもいうのか!」

「あなたのお父さんは正統な神玉の使い方を知らなかった。そして、神威衛士に対する異常なまでの憎悪を紫位の神玉に注ぎ込み、結果として幻鬼を暴走させた。それが真実よ」

 その時、コトミの目が機敏に動いてノルガに定まると、彼女は身を翻してその場を飛び去る。少し遅れて剽悍な衝撃波が地面を削り取る。それは一つの黒い鎧姿が巻き起こした神速の一撃だった。黒い甲冑といっても帝国の近衛兵とは違う。そもそも切れ味鋭いさっきの一撃を人間が成し得るはずもないのだ。全身にまとう禍々しい黒の甲冑、紫色の精彩を秘めた両手用の曲刀、そして召喚した主人に酷似した敵に対する異常なまでの殺気。

「これが我が幻鬼術の真髄。名は、そうだな。ダーケスト・フォーとでも呼んでおこうか」

「どうしても、神威衛士の仕業に仕立てたいわけだね。いや、君はそうしなければならないんだ。君はこの十年間、自分の信念を支えにここまでやって来たんだろう。その支柱を、今更こんな所で抜くわけにもいかないか」

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