第48話 最後の日

 そしてノルガ=ギストリのカニバリズムの日は訪れた。

「覚悟はいい?」

 闘技場に立つコトミ=ハウスタインは剣を静かに鞘から走らせるとエリーレに目配せをした。

「問題ないわ」

「ノルガは私が相手する。エリーレさんには取り巻きをお願いしてもいいかしら?」

「承知したわ」

 エリーレは前に進み出る。そこには異形の幻鬼四体が半円の陣形を築いて彼女を待ち構えていた。

「へっ、カモがのこのこやって来たぜ」

 闊達な幻鬼術師の一人が哄笑した。

「悪いな! この女は俺がやる! どんな目に遭わせようと俺の勝手だ! いいな?」

 左端に控える二本足立の熊のような幻鬼が咆哮を上げてエリーレに襲い掛かる。図太い拳が彼女に容赦なく振り下ろされようとしたその寸前、エリーレとの間で銀色の閃光が瞬く。

「何だと!」

 熊の幻鬼は千鳥足のまま、標的であるエリーレとすれ違う。幻鬼術師の制御も及ばなくなったその幻鬼が早くも退場を余儀なくされたと知ったのは、その体躯が縦一線に断斬されたのを認めた時だ。

「へっ、緑位の幻鬼を一撃で仕留めやがったよ」

 戦いの素人ならばエリーレの技量をそのように評価するだろう。しかし、観戦するタイチは、一瞥もくれずに強敵の幻鬼を仕留めたエリーレの力に瞠目したのだった。

「さ、次は誰が来る?」

 エリーレはすました表情で残る三体の幻鬼を見渡した。

「私が行こうかしら」

 名乗り出たのは金髪の妖艶とした女の幻鬼術師だった。他の幻鬼術師と同じく黒外套をまとうが、その下は過激に露出したレオタードで、時折のぞく白肌が際立っていた。

「キングレー一門のユリネ=ケーベレよ」

「《呪われた剣鬼》こと、エリーレ=クレイゼルです」

「あら、あなたが」

 ユリネは厭らしく嗤う。

「人を殺してまで神威衛士になるんだから、殺される準備は出来ているわよね?」

「覚悟はずっと前から出来ているわ。でもそれはこの時のためじゃない」

 ユリネの顔がわずかにひきつった。

「あら、私と戦って生き残れるとでも思っているの?」

「考えてもないことを口走る馬鹿とは違うのよ、私」

「面白いわ。じゃあ教えてよ、あなたの考える勝算ってやつを!」

 ユリネの周囲を旋風が舞い、低い唸りの振動が耳を覆う。彼女の背後から現れた赤と黒の極彩色に彩られた人と等身大のスズメバチが降下する。

「ブラッディワスプ、それが私の手塩にかけて仕立てた幻鬼よ」

 宝玉のように精彩を放つ複眼の一つ一つが、敵であるエリーレの顔を鮮明に映す。

「さあ、獲物はアンタの好きにしていいわよ」

 エリーレは空中の敵と対峙した。


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