第45話 決意
定例集会に集まった神威衛士は百人に満たなかった。集まったのはいずれも真正身分の家柄の良い神威衛士達。逃げたい思いを抱えていても、家の名誉を鑑みればこの場に足を運ばずにはいられなかった者達である。
「お集まりの諸君」
中央の壇に壮年の神威衛士が上る。名前はわからないが、マクスファーの代役を引き受けたのが彼のようである。
「ここに集まってもらったのは他でもない。我々には今、大きな脅威が立ち塞がっている。ノルガ=ギストリという幻鬼術師だ。奴は神威衛士に異常なまでの敵愾心を抱いており、僭越ながらも我ら神威衛士全員を相手にカニバリズムを申し込んできた。幻鬼術師ごときの分際で神威衛士を愚弄した罪は重い。今日はそのカニバリズムにおいて、奴に挑む代表を選抜したい。自ら進み出る者は挙手を」
誰の手も上がらない。神威衛士は咳払いをした。
「我ら神威衛士はその身に神玉を宿し、帝国に命を賭することを条件に繁栄を許されてきたのだぞ!」
必死に良心に訴える彼の眼前で一つの手が挙がった。若い男の神威衛士が立ち上がる。
「確かに神威衛士は帝国に命を捧げる覚悟が出来ている。だが状況は違うではないか。我ら神威衛士はエンゲルト家の因縁のために無用の戦いを強いられ、宥和政策論者であるマラダイト=キングレーも今はいない。カニバリズムに望むのはエンゲルト家の中から選抜するのが筋であろう」
壇上の神威衛士は顔をしかめる。その反応で彼がエンゲルト家の身内であることはすぐにわかった。
「レキグラン家の若造が過ぎたことを言うな! 貴様らはエンゲルト家の庇護の中で繁栄を約束された家柄だぞ。その恩義を忘れたか?」
「恩義だと? 我らレキグラン家は本来、ヒクスハルフ家の正当な末裔だったのだ。貴様らエンゲルトの家の者がその地位を奪うまで、神威衛士の頂点に立つ高貴な家柄だった。お前達こそ身の程を知れ」
いつしか大人達が次々と勝手な理屈を持ち出して、静粛な議論は罵声と抗議の飛び交う戦場と化した。
「皆、怖いんだよ」
神威衛士達の醜い争いを傍観するタイチの横でイシュメルが囁いた。
「誰もがこの戦いで散って、神玉を奪われるのを恐れているのよ。ニューギル家と同じ末路は辿りたくないってね」
「結局、皆自分が大事なんだな」
タイチが前に出ようとしたその時、見覚えのある一つの繊手が上がった。それを見た神威衛士達はすぐに罵り合いを止めた。誰もが待ち望んでいた瞬間が訪れたからである。
「私がやるわ」
エリーレが落ち着き払った声で言った。
「本当に、よいのか?」
期待交じりの声がエリーレを質す。
「いいも何も、敵は紫位の神玉を持っているのよ。現時点でそれに対抗できる戦力は私だけ。私が行くしかないじゃないの」
「そうだ、よくぞ申した、エリーレ殿」
いがみ合う神威衛士達は満場一致でエリーレを讃える。その中にタイチが割り込もうとした。
「待ってくれ、俺も行く」
「お前がか?」
神威衛士達はどうでもいいというような顔をした。
「君まで一緒に死ぬ必要はないわよ」
「でもいいのかよ、これは俺達神威衛士全員に関わる問題なんだ! それをエリーレさん一人に押し付けていいのか?」
神威衛士の何人かが視線を落とした。
「いいわよ。どうせ私は呪われた剣鬼なのよ。私の神威衛士としての力は奪い取ったもの。だからこれは私の罪滅ぼしよ」
「そんなの関係ない。だって、エリーレさん一人で戦って勝てるとは限らないだろ? それに俺の神玉は・・・・・・」
「彼女の言う通りよ」
議場にもう一つ、エリーレの他に冷静さを保った声が聞こえてきた。
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