第43話 裏切り
「ノルガ? お主何のつもりじゃ?」
その時の一人の幻鬼術師による弑逆はタイチとマクスファーの前で公然と行われたのである。だがそれは、戦闘中に闘技場を遮る黄塵によって三人だけの密室となったのだった。
「心外だ。俺が恨んでいないとでも思ったか? この痴れ者め」
マラダイトはノルガの言葉に込められた毒と、裏切りによって顔の血の気が引いた。そしてその目から次に生気が消え、マラダイトはノルガの前に崩れ落ちる。それと同時にシェルリザードもけたたましい地鳴りの音と同時に、本物の岩の塊と化したのだった。血に濡れた剣を隠したノルガはシェルリザードの体内からこぼれ落ちた紫位の神玉を手中に収め、闘技場の混乱に収拾がついたのを見計らって声高に叫ぶ。
「マラダイト殿が神威衛士に斬り殺されたぞ! これは明らかなカニバリズムの規定違反である!」
「マラダイト様ぁ!」
「神威衛士の奴らめ」
観戦者、あるいはマラダイトの側近としてその場に居合わせた幻鬼術師達は悲憤慷慨の声を上げた。
「何を!」
マクスファーも黙ってはいない。ところが彼の目の前に思わぬ妨害者が現れる。黒光りする甲冑をまとう堅甲利兵の群衆が神威衛士を槍の穂先で隔絶したのである。それは皇帝の身辺警護を仰せつかる近衛兵の徽章である。一方でノルガは観衆に呼び掛け続ける。
「マラダイトは我が父ダン=ギストリの良き友人であると同時に、幻鬼術の礎を築いた崇高な木鐸であった。そのマラダイト殿を騙し討ちにする神威衛士を我らは断じて許さぬ。このノルガ=ギストリが全同胞の怒りと憎しみを受け止めよう! 司儀官殿、マラダイト殿が横死された以上、このカニバリズムは中止だ。だが、俺はここに新しいカニバリズムを申請したい」
「何なりと申してみよ」
司儀官は粛然と答えた。
「このノルガ=ギストリ以下、四名の精鋭の幻鬼術師により、全神威衛士を相手にカニバリズムを申請しよう」
「全神威衛士を相手にだと?」
これには神威衛士も、長年に渡りカニバリズムを取り仕切る司儀官も、帝都中の観戦客も言葉を失った。
「それじゃ、事実上の全面戦争じゃないか! アイツは、ノルガは神威衛士を本気で皆殺しにするつもりか?」
ノルガの表情は、戦う前から神威衛士に勝利したかのような満足感をにじませていた。彼をそうさせているのは、マラダイトから奪い去った紫位の神玉なのだろう。
「ノルガ殿は斯くの通り申しておるぞ。神威衛士よ、返答は?」
一斉に注目がマクスファーに浴びせられる。マクスファーは前後不覚に陥ったように戦慄を全身で表現していた。
「受けます」
全神威衛士の命運に関わる一言を、彼はうわ言のような小声で発したのである。
「出ろ」
暗闇の奥から声がしてタイチは日の光の下に出された。カニバリズムの永久出場停止を命じられたにもかかわらず、マクスファーのカニバリズムに乱入した罪で、生還するとすぐに身柄を拘束されてしまったのである。マクスファーも手傷は追っているが命に関わる程度ではなかった。
「少しは反省した?」
明りになれないタイチの前にスラリとした背筋が立っている。それはエリーレだった。
「全く。もう少し自重するように言ったじゃない」
両手をくびれた腰に当てて彼女は溜息をつく。
「エリーレさんが出してくれたのか?」
「何言っているの? 君がマクスファーに加勢しなければ、幻鬼術師側には二つの紫位の神玉が渡っていたわよ。私はその事実を頭の固い上にわからせただけよ」
「どっちにしてもありがとうな。それでマクスファーは?」
「生きてはいるけど、暫くは戦えそうにないわね。少なくとも、あのノルガとの戦いは」
「アイツとの戦いは・・・・・・」
「今そのことで上は汲々としているわよ。誰を死地の戦いに向かわせるかってね。もうすぐその最終調整の会合が開かれるわ。この会合では君達神威衛士候補生も参加が認められているから、遅れずに出席しなさい。場所は一階の講堂よ」
「俺達を戦わせなかったくせに、今更それかよ」
タイチは吐き捨てるように言った。
「それ以上言わないでよ。皆、生きるか死ぬかで切羽詰まっているんだから」
エリーレはなだめるように言う。斯く言う彼女はこの状況に全く動揺していないようである。
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