第41話 理由
「タイチ=トキヤ。僕は君に二度とカニバリズムの出場を禁じたはずだ。なぜここに居る?」
マクスファーの抗議を歯牙にもかけず、タイチは隣で幻鬼術師と対峙する。
「少なくとも俺の目の前で幻鬼術師に人殺しはさせない」
「君は、カニバリズムに対する不当な介入をしているんだぞ! 大体君の神玉は!」
マクスファーは司儀官を一瞥した。カニバリズムに乱入者が現れるなど前代未聞だったらしく、司儀官は困惑した表情でマラダイトの顔色を窺った。
「新手か、よかろう」
マラダイトは土壇場でのタイチの出場を認めた。当事者が認めた以上、司儀官が異を唱える理由はない。
「タイチ=トキヤだ。そっちのノルガ=ギストリという幻鬼術師に話がある」
「何だ、小僧」
「ミュートフ村を襲ったのはお前か?」
ノルガは顔色を変えた。傷の残る顔にしわまで寄ったので、その表情を正確に分析するのは至難の業だが、大雑把に言えば怒っている。
「貴様のような若造まで我が父を愚弄するか?」
「愚弄?」
「ミュートフ村を襲ったのは俺でもなければ我が父でもない。それは貴様ら神威衛士だ」
「でたらめだ!」
タイチは反射的に叫んだ。
「俺はミュートフ村の生き残りだ。十年前、蛇の頭を持った巨人の幻鬼が俺の村を焼き尽くしたのをこの目で見た。そして俺自身でさえ、その幻鬼に殺されそうになったところを一人の神威衛士が助けてくれたんだ。でもその人も幻鬼術師に殺された。俺がその証人だ」
「小僧、それはお前が単に神威衛士との戦いに巻き込まれただけだ。別にお前は村の建物を幻鬼に殺された所を見たわけではないのだろう?」
確かに、タイチが村に戻った時は村は火の海に変わっていた。誰がその様に変えたのかを、タイチの記憶だけで断定することは出来ない。
「それに、我が父は貴様らを守るために幻鬼術の研究を始めたのだ」
「どういうことだよ?」
「知らぬのか? 教えてやろう」
「耳を貸すな! タイチ!」
マクスファーの忠告をよそに、ノルガは語り始めた。
「幻鬼術が発明されたのは、今から二十余年も前に遡る。その中軸に居たのがマラダイト=キングレー殿と我が父、ダン=ギストリだった。その頃は神威衛士が幅を利かせていた時代で、たとえ泥濘に足を踏み入れても神威衛士に道を譲らねばならないし、神威衛士から食事や宿泊の賃金を取り立てるなど恐れ多いこととされていた。それだけ、帝国防衛の要である奴らの存在は大きかった。だがそれだけ優遇されていたにもかかわらず、神威衛士が守ったのは、この赤の帝都の近郊までだった。国境に近い辺境の村にも、駐在の神威衛士はいたが、彼らは帝都の監視の目が届かないのをいいことに、村を野盗から守ろうともせずに野放図の毎日だった。だから村は幾度も盗賊に狙われ、死者が出ることもまま有った。故に父とマラダイト殿と父は自衛の手段として、幻鬼術の研究を始めたのだ。神威衛士達は研究に没頭する父をせせら笑ったのを覚えている。いつしかそこには村人の姿も混ざっていた。神威衛士でもない一般人が神玉を使いこなせるはずはない。そんな絵空事よりも生計を立てる畑仕事をしろと。真剣な表情で神玉と浩瀚な書物を手に取る父と、それを指さし笑うあの神威衛士共の面。その二つがあまりに対照的過ぎて、不可解に思った幼少の俺は母に聞いたのだ。父の研究は、取るに足らないものなのかと。母は良妻賢母にして、実に寛容だった。ただ、俺を守るために必死なのだと静かに狂奔する父の背中を見守り続けていた。そして村人はそんな母を、ダン=ギストリには出来過ぎた妻だと後ろ指を指したが、俺はそう思わなかった」
「懐かしい話じゃ」
マラダイトはノルガと同じ時の流れを感じるように半目を閉じた。
「そして父の幻鬼術は紆余曲折を経ながらも着実に完成に近づいていた。その時に訪れたのが二十年前のロタニア王国の侵攻だった。戦に駆り出された神威衛士共は威張る割にろくな戦功を挙げることなく、敵軍を前にして醜態をさらしながら逃げまとった。そしてロタニア軍の本隊がいよいよ赤の帝都の目と鼻の先まで進撃した時、テイセリス帝国は風前の灯火にあった。その時マラダイト殿が言ったのだ。今こそ幻鬼術師の黎明期なのだと。こうして我が父とマラダイト殿はわずかな手勢を連れて神威衛士に加勢することとなった。加勢どころか、ロタニア軍を撃退したのは幻鬼術師だったといっても過言ではない。この働きにより皇帝陛下をはじめ、幻鬼術師は輝かしい名声を得たのだ。だが、一番の恩恵を受けたはずの神威衛士は感謝の代わりに嫉妬を買ったのだ。そしてあの夜がやって来た。父の留守を狙って心無い神威衛士が俺と母を連れ去ったのだ。俺達は身に覚えのない非難と中傷を浴びせられながら、理由も慈悲もなく殴られた。母は傷つきながらも必死に俺だけは守ろうとして、神威衛士に殺された。俺の顔に残る傷はその時のものだ。全てを知った父は復讐の業火にその身を焦がした。人格が変わったように神威衛士を呪い続け、幻鬼術の研究をさらに加速させた。最早それは暴走というべきものだった。自分達を守るために優遇されてきた神威衛士が無辜の民を傷つける。隣国の侵攻さえ防げなかった奴らに存在価値はない。復讐心に燃えた父はその信念を行動で示した。それが十年前、お前が見た光景だ。言っておくが、父は最後まで村人を守ろうとして死んでいったのだ。そんな父が意味もなく村を焼くはずがない。神威衛士が狡猾な手段で父を討った後、濡れ衣を着せたに違いないのだよ」
「何だよ、それ」
聞き終えたタイチは静かに語り始めた。
「確かにテトラ姉ちゃん以外の神威衛士が威張っていたのは俺も覚えている。だけど、あんな小さな村で神威衛士と戦えば、そのつもりがなくても犠牲者が出たのは予想できたはずじゃないか!」
「いや、我が父の幻鬼術は完璧だ。犠牲が出たとすれば、それは神威衛士側の過ちによるものだろう」
「アンタとは、言葉以外で語り合わなきゃならないみたいだな」
タイチはヴィルテュを構えた。
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